第37話「浴衣の下には下着を付けないものだと思ってました」
そうして、ひとしきり抱きしめられた俺は三苫さんを
……ってそうじゃないよな。もう。
涼音か、ちょっと恥ずかしいし少しまだ慣れない。
今まであまり女性を名前呼びしたことがないのがここにきて響いているな、まったく。強いて言うなら妹と元カノだけってところだし。流される必要はないかもしれないけど、本人に言われた以上むげにすることもできないから呼ぶしかないんだが。
「ふぅ……涼音」
「……?」
「あぁ、いや。なんでもないよ」
「ふふっ……」
リハビリがてらに名前を呟くと当の本人は嬉しそうに笑みを浮かべていた。そんな表情を見て否定するとムッとした顔を見せてくる。
若干頬が赤くなっているように見えたのは見間違えかな。
「いや、そういうことでもなくてだなぁ……その、名前を呼ぶのにまだ慣れなくてっていうか……」
すると、涼音は拍子抜けしたように素っ頓狂な顔になった。
「慣れないんですか?」
「……まぁな」
「へぇ……そうだったんですか」
「妹と元カノだけしか呼んだことないし……」
「また元カノ、そこまで言うなら本気で殺しますけど?」
「っちが、もう気にしてないからやめろって」
「むぅ……なら、先輩が話に出すのをやめてください」
ごもっともでもあるが、さすがにだ。
真面目なトーンで言うのはそろそろやめてほしい。
「とにかく、慣れないだけだから。気にしないでくれ」
「いやです。気にします」
「えぇ……」
「だって、それじゃあ私の名前を呼んだ数が負けちゃうじゃないですか」
「それは、俺が頑張るから……でもどっちみち深雪には勝てないぞ?」
「——嫌です。元カノおろか深雪ちゃんにも勝ちますから、絶えず言ってください」
絶えず、か。
ふと、ムキになった表情を見せてくる涼音を見つめていた。
「……あの?」
「え、あぁ……すまんっ。涼音の顔が可愛くてだな……っ」
「っ——い、いきなり。でも、嬉しいですっ先輩!」
すると、さっと身を寄せてくる彼女。
「あ、あの……これは?」
「何がですかぁ?」
ニコッと楽しそうな笑み。
涼音の可愛らしい笑顔はとても嬉しいのだが、なぜだか腕にむにゅりと柔らかい感触。
温かく、そして目と鼻の先にいる彼女からはいい匂いがして俺はぎゅっと拳を握り締める。
気づいたときには遅かったがこれは確実に涼音の手のひらに乗ってしまったようだ。
「あ、あの……胸、当たってますけど」
「ふぅ……ほら、耳かしてください」
恐る恐る腰を下げると耳元に吐息が当たり、次に甘い声でこう言われた。
「——っ当ててるんですよ」
「っ⁉」
思わず肩が震える。
顔が一気に熱くなって、隣にいる涼音がさっきと同じような圧力で胸を押しつけてきた。
いつもとは違う恰好で、外注したやっすい大学祭用パーカーのせいもあってその形がはっきりと伝わってきた。
それに、視線を下げるむにゅりと変形した胸の頂上には突起があった。隆起して小さな山が一つ、そしてもう片方に二つ。
それを見て背筋がぞっとして体が固まる。
「……ま、まさか」
目を見開いてゆっくりと目を合わせるとさっきまでムスッとしていた嫉妬顔だったはずの涼音が今度はいやらしい視線と艶めかしい身体をくっ付けながら再び耳もとでこう言った。
「——————のーぶらですっ」
「ふぎゃ⁉」
勘付いていたが、耳元で聴くその7文字にはすさまじい破壊力があって俺は一瞬だけ記憶が吹っ飛んでしまった。
揺らめく視界と足元。すぐさま持ち直して、俺は涼音に耳打ちする。
「お、おい!! まじか⁉」
「まじですよ~~」
ほら!
と呟きながら胸を張る涼音。
あまりにも目立つそれに思わずバッと腕で隠した。
「な、何するんですか……」
「いや、だって! それはいくらなんでも!」
「別にいいじゃないですか? 服は着てるんですよ?」
そう言うことじゃないだろう。
てか、これじゃあ少しでも見つめられれば丸見えなレベルだ。
「そ、そうじゃなくて——あれじゃん! これじゃあ見えちゃうだろ、いろんな人に!」
「それはあれです、もう一枚Tシャツ着ればいいじゃないですか?」
「じゃ、じゃあ早く来てくれ!」
「急かさないでくださいよぉ、良いんですよ? せっかくならこのままホテルでも……まだ3時間ほどありますし?」
「馬鹿なこと言うな! 明日一緒に行かないぞ?」
「え、それは嫌です!」
「だろ……頼むから、早く来てくれ……」
「でも、一応明日浴衣着るからなと思って下着付けてないだけなんですけどね……下見と言いますか……」
「え?」
「いや、だから浴衣の——」
おっと、まさか涼音って……。
「浴衣の下に下着は付けるぞ……」
「……え、そうなんですか⁉」
「そうに決まってるだろ……それに着物の下にも着ることも忘れてんじゃないだろうな?」
「え、そっちも本当ですか……?」
ぺこっと首を傾げながら訊いてくる彼女に俺は淡々と頷いた。
「……知りませんでした」
「まさか、いや……どこで聞いたんだよそれ」
「いや、その……そう言うのを勉強するときにエッチな漫画で……」
「……ばかたれっ」
「うげっ」
「ほら、いいから着て来いひとまず」
「うぅ……痛いですよぉ……」
頭にチョップをくらわせると情けない声が聞こえて、さっきの元通りの涙目になった涼音はてくてくとバックを片手にトイレの中に入っていく。
「ふぅ……」
軽めのため息が漏れて、周りにいた大学生や外部の人たちが俺の方を見ていた。
あんなことやってくるから、こうして人目が増えるんだよないつも。
軽く咳ばらいを済ませて人目を戻し、トイレ横にあるベンチに座ってスマホを開いた。
<あとがき>
お久しぶりです。
なんか最近完結に向けてかきかきし続けているのですがおかげでPV数が上がってきたせいか星野和也フォロワーさんも増えてランキングがちょっとずつ上昇中です。マジでありがとうございます。
これからも☆評価、フォローとまだコメ付レビューが無いので時間がある方は是非よろしくお願いします!
PS:気持ちを打ち明けてから涼音ちゃんのヤンデレがどっかに飛んでいった気がします。
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