第36話「大ピンチ⁉」
——と、始まった途端。
俺と三苫さんは最初のシフトまで時間があるので他の出店で食事をしていたところ、一通のラインが来た。
『焼き鳥の装置が動きません!』
とのこと。
サークルの出し物が焼き鳥、串カツ店だけあって焼く装置が動かなければどうにもならない。それにうちの大学の大学祭では社会勉強のためにもある程度の費用は自分たちで投資して自らの出し物で利益を得る必要がある仕組みになっている。そのため、ここで焼き鳥を提供できないとなるとみんなの財布を圧迫してしまうのだ。
この屋台の責任者は形式上、ムラと俺になっているため、ここで俺がすべきなのはまずムラに連絡してこの場からすぐに屋台のある場所へ向かうこと。
さすがにここで知らないふりはできないため、三苫さんの方を向くと彼女は先程買ったフランクフルトをパクパク食べていた。
「……ん、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと意味深だなと——ってそうじゃなくて」
「意味深……? うわぁ、先輩したいんですかぁ?」
「だ、だからそういうことじゃなくてなっ! ちょっと急用ができたっぽい」
変に緊張したせいで口が滑ってしまい変な言葉が出てきたが俺の顔の色から何か感じ取ったのか声色を変えて心配そうに声を掛けた。
「……なんか、あったんですか?」
「え、あぁ。屋台の方でトラブルがあったぽくてだな」
「TOLOVEる? 漫画の?」
「あぁそうそう俺はナナちゃんが推しでな、あの貧乳具合とツンデレ具合が好きで~~」
「分かります! でもやっぱり私は金色闇ちゃんの強化版ツンデレと結局エッチな感じが物凄く好きなんですよねぇ~~」
「闇かぁ……それならモモとかララと古手川の方がよくないか?」
「えぇ~~私のおっぱい小さい方が好き……ってあれ、先輩ってもしかして貧乳派? ひ、ひどい……私でっかいのに、これじゃあ……よし、いっそのこと世界中の貧乳を殺してっ——」
「おいそれはやめろ――――――って違う! そうじゃないよ!! てかなんでTOLOVEるの話してるんだよ! そっちじゃなくてまじもんのトラブルだ!」
「……っちぇ、私だけ見てくれるようにしようと思ったのにぃ」
「そうじゃなくてだな、ほんとにヤバいんだってこれじゃあ皆自腹で色々と払わなくちゃいけなくなっちゃうから確認に行かなくちゃいけないんだよ」
「自腹? どうしてなんですか?」
「あぁ、色々と話す暇はないから――とにかく、色々回ってて待っててくれ!」
時刻はすでに10時。
そろそろ昼食を食べに大学生以外の人も足を運び始める時間帯に突入する。それまでには直さないといけないと考えると3,40分ほどで解決する必要がある。
さすがにこれ以上、話の延長戦をしている暇はなかったので俺は適当に吐き捨てて飛び出した。
いやほんと、三苫さんまじごめん!
走り出してすぐにムラから連絡が来て、「責任者がいないと業者さん呼べないから早く来てほしい」とのこと。
「まじか、もう呼んでくれようとしてんのかっ! さすがだなっ……はぁっはぁ」
こういうときだけはやけに行動が早いのが腹立つがこればっかりはナイスプレイだ。俺も早く行かなくては。
そう呟いて現役時代の頃の動きを思い出す様に駆けだした。
————そうして自体は色々と急変しながらも時刻12時03分。まさに昼時真っ貞中にしてなんとか直すことができた。
コンロ自体が弱っていたらしく、修理はできなかったために新しいものを借りていた業者さんから新しく頼んで来たらしく、今回は業者さん側の落ち度だったためかお金はいらないと言われたので幸いな形で一件落着となった。
「ふぅ、まったく忙しくさせてくれるよなぁ」
業者さんを見送り、早速一本目の焼き鳥を買ったムラが汗をぬぐいながら声を掛けてくる。
「まぁそういうこと言うなって」
「だってよぉ、俺だってせっかく朱音ちゃんとデートしようと思った最中だぜ? タイミングが悪いにもほどがあるっての!」
「あぁ、馬鹿。やめろ。それを言うのは俺も一緒だし、ほら後輩が気まずくなるだろっ!」
「分かったよぉ。ってやっぱりお前もか!」
「あぁ。色々覚悟は決めてきたよ」
「へへっ。ようやく一皮抜けたのかよぉ! 俺が食っちまったのになぁ、もう少し長引けば……ははっ‼‼」
腹抱えながら笑い出すムラにジト目を向ける。
ほんと、何いいやがるんだこいつは。これだからヤリチンは困るな。まぁ三苫さんことだから一発殴って追っ払うだろうけど。
「はぁ、はいはい。いいからいいから。それにムラはまだ仕事残ってるだろ?」
「仕事? 何が?」
「トラブルがあった場合は本部に提出するって規定だろ、馬鹿」
「え、まじ?」
「あぁ、おおまじだ」
すると、徐々に顔が青ざめていくムラ。
さすがに椎名さんにはお気の毒と伝えてあげたいが、ここは会長の務め。しっかりやってもらわないと困る。
「——んじゃ、俺は戻るんで」
「え、おい! 待てよ!」
「色々決めたんだし、このくらい一人でやれよ!」
「っちょ、それずるい!」
遠のいていくムラの声ににやけ顔が止まらなくなりながらも俺は三苫さんがいる場所へと向かった。
やばいな、さすがに結構時間経っちゃったし……謝らないとかな。
大学グラウンド際のベンチにて。
11時ごろから始まったグラウンド上にある特設ステージでの軽音楽部などの野外ライブが見通せるベンチに三苫さんはちょこんと一人で座っていた。
ラインで連絡を送ると「むぅ」とだけ返ってきて、その返信のありようにあまりにも彼女らしくないためびびってしまったがその寂しそうな背中を見ると少しだけ安心した。
怒ってはいなかったようだ。
恐る恐るゆっくりと近づきながら声を掛ける。
「み、三苫さん?」
そう言うと彼女はバッと振り向いて、俺の方に寂しそうな涙目を見せつける。
「あぁ……その、ごめんな。急に」
「うぅ……ひどいです。私の事、ほったらかして!」
すると、ベンチから立ち上がり俺の胸に飛びついてきた。
「す、すまん……まじで」
「いいですよぉ、別に怒ってませんから、もう」
「さ、さっきまでは怒ってたのか」
「先輩を分捕る業者さんには怒りましたけど、もういいです。治ったんで」
「え、あぁ」
「じゃあ、先輩。今日はシフト最後ですよね?」
「そうだけど……三苫さんは15時からだろ?」
「それまでです。それまで私を連れまわして下さい!」
涙目で耳元で呟く彼女。
いつもは見せない余裕のない声に胸が高鳴る。
結構楽しみにしてくれていたんだろうと思い、あまりにむげにするのも嫌なので頷いた。
「よし、それじゃあ行くぞ」
「はいっ」
動こうと身体を離そうとしたが——しかし、三苫さんの手は俺の祭り用のパーカーをがっしりと掴んでいた。
「あ、あの……三苫さん?」
「名前……」
「名前?」
「この前、どさくさに紛れて涼音って呼んでましたよねっ」
「えっ……」
正直、記憶にはなかった。
しかし、声色的に頷かざる負えなかった。
「ま、まぁ……」
「これから名前で呼んでくださいっ。私のこと、じゃなきゃ先輩のこと殺します」
「こ、ころ――っていや」
「本気です、言ってください」
「……じゃ、じゃあ」
さすがに殺されるのは嫌なので俺は一度息を吸った。
「す、涼音さん?」
「呼び捨てにしてください」
「……涼音」
「っ……へへ」
「見るからに喜ぶんだな……」
「はい、嬉しいので。先輩も上出来ですね?」
「ありがとよ。それで、俺の事は名前で呼ばないのか?」
「うーん、先輩は先輩なので。それは……付き合った時に取っておきますよぉ」
するすると手が抜けて離れるとそんなことを自信気に言いながらにひっと笑みを浮かべる彼女。
その表情がどうしても可愛くて、顔が少しだけ熱くなった気がした。
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