第31話「もう、面倒なので言っちゃいますよ!!」
「別にいいじゃないですかぁ、そこまで怒らなくても……」
「よくない、人前だぞ」
浴衣のお店を向かう道のり、エスカレーターで上の階に行く途中、俺の前の段に立っていた三苫さんが少しムスッと頬を膨らませていた。
まったく、こっちのことも考えてほしい。
公衆の面前で近づいて来たり、抱き着いて来たり、別に付き合っているのならまだしも俺たち二人は付き合っていない。なんら普通の関係だ。その上、手を出さないために気を張り続けている俺にも何か配慮してほしい気持ちもある。
まぁ、最近はその枷が外れてきたところもあるけど、だからと言って後輩を使い物にしたいとは思わないので自制させている。最近は三苫さんにもいい所が見えてきたし、本気でそう言う関係になることもないわけではないと思っている。
むしろ、あっちから積極的だし。
ていうか、なんなら三苫さんが俺の事を好きだなんて分かり切っている。だいたい、さっき言ってたしな。抱き着きながら、顔擦りつけながら「好き」だって。
もう、俺は鈍感キャラではない。
しかし、それとこれでは話が違うのだ。俺ももう大人で考えることが色々とあって、あの失敗から学んだことを一時の気の迷いで帳消しにするほど何も考えてない人間ではない。
なれるものなら俺だってムラみたいにとっかえひっかえできるようになりたいものだ。
ただ、それもまた話が違うのだ。
「——むぅ、先輩のけちんぼぉ。私みたいな女の子が抱き着いているのに何もしてこないし。怒るし……」
「当たり前だ。勘違いする奴だっているんだぞ。ていうか、人前の話だから、そういうことじゃない」
「じゃあどういうことなんですか! 私は勘違いしてほしいんですよ!!」
「……三苫さん、隠す気ないでしょ。本当に」
「え、何がですか?」
「三苫さん、さっきから漏れてるよ」
「……?」
すると、自分の股を確認しだす彼女。俺はすぐさま肩を揺する。
「ち、違! そっちじゃない!」
「こっちじゃないんですか? 私はてっきり、お股からエッチなつゆが漏れだしたのかと……」
「いや、そっちでもないわ」
言ったそばから公衆の面前で言い出した。
さすがに怖いぞ。お母さんは三苫さんに何を教えたんだ。
「言葉がだ。さっきから俺のこと好きって言ってるだろ」
「好き……?」
「先輩の事が好きって言いまくってるぞ」
「……」
すると、しばらく黙りこけた。
数秒ほど後ろを向き、何やら納得した表情で手に拳をぽトンと落しながら俺の方を見つめ直す。
「——はい、私は先輩の事が好きですよ?」
「……んなっ」
「大好きです、大大大好きです。なんならチョー好きです。地球が爆発するほど好きです!」
「きゅ、急に積極的だなぁ……」
「だって、そうなんですし……仕方ないですよ。あ、もう、そういうことですよ? 私が散々アピールしてるのにまったく手を出してこない先輩が悪いんです! だいたい、何ですか? 私がここまでくっついて、家に行って、ご飯まで作って、二人で寝てまでやってるのに手すら出してこないし!」
「一回失敗してるからな……もっと、大切にしたいんだよ」
「私の気持ちだって大切にしてください、じゃあ」
「それとこれとは違う。どうするんだよ、もし別れでもしたら……その時は辛いぞ」
「そんなことはあり得ませんよ。私と先輩なので別れたりなんてしません!」
「どっから出てくるんだその自信は」
「運命ですっ!」
大きな胸を揺らして、自信気にそう言う彼女。運命なんか感じても上手くいかないことは実際あるというのに。
ただ、彼女のその純粋な視線は少しだけ胸にチクりと刺さる。
「……それで、先輩の答えはどうなんですか? 先輩から仕掛けてきたんだから言って下さい」
俺の答え。
そんなのはきまっているわけがない。
「もちろん、決まってない。だいたい、いいのかよ……こんなので」
「先輩が言ったんですよ?」
「う……そ、それはそうだけど」
「私がこれから時間をかけながら言おうかなって思ってたのに、今、先輩がぶち壊しましたぁ……あぁ、先輩がOKしてくれないとやだなぁ……」
「……口がにやけてるぞ」
「……っち。バレましたか」
舌打ちで誤魔化す。
ただ、三苫さんの頬は若干赤くなっていた。
それを見て尚更だった。
「それで、どうなんですか?」
「……まだ決まってない。もっと待ってくれ。真剣に考えたいんだ、俺は」
「そうですか……まぁ、いいですよ。先輩がそう言うなら私は待ちます」
「あぁ、頼む」
そう言うと少しがっかりとした表情で三苫さんは前を向いた。
しかし、すぐに振り替えってこんなことを言い出した。
「もしかして、元カノさんのせいですか?」
「——え」
「いや、それが原因なら私が消してあげようかと……」
「……消して?」
「はい、元カノさん殺せば変わりますか?」
「おい、やめろまじ」
「……だって!」
「だってじゃねぇ! 物騒なこと言うんじゃないって!!」
結局、三苫さんは変わらない。
どうやら、俺の心配もあまり意味がないのかもしれないな。そう思った瞬間だった。
「あ、先輩! 浴衣です!」
「お、おぉ」
「ほら、行きましょう!」
手を掴まれて引っ張られて足が動く。
大事な会話もまるでなかったかのように、俺たちの恋愛は終わったようで始まったのだった。
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