第29話「特別なことがしたいんです」


 にゃんにゃんメイド事件から2日後。

 俺は大学祭準備の話し合いのため、ムラと椎名さんと三笘さんを家に呼んでいた。


 一番早く家に来た三笘さんがいつも通り慣れた様子でくつろぎながらこんなことを言ってくる。


「せんぱーい、私と先輩の二人だけでやりましょうよ〜〜」

「何言ってんだよ……俺たちだけじゃできないお金のこととか話したいから呼んだんじゃないか」

「えぇ……別にいいじゃないですか、どーせあの会長さんですよぉ」


 言われてみれば確かにそうではあった。

 会長は会長の仕事があるので一概には言えないが今のところサークルの活動では俺がほとんどの仕事をしている。あいつは隣でうたた寝をしたり、終わったら遊びにいっているだけだし、あのムラがしっかり仕事をこなしているとは思えない。


 それに会計を務めてくれることになった椎名さんに色々やらせてそうだから心配でもある。


 ただ、一応大学の規則ではサークルのトップが色々と大学側に許可取りに行かないといけないし、しっかり話は聞いておくべきだろう。


「ま、まぁ……それでも一応トップなんだ! 来てはもらうよ」

「うげぇ」

「なんだよ、そんな嫌そうな顔して……」

「だって、先輩と二人の空間を邪魔されるのが嫌なんですもん……っ」

「別に二人の空間じゃないだろう」

「二人の空間ですよ、ほらっ」


 すると、彼女はそう言いながらソファーの後ろに立っていた俺の腕をぐっと引っ張って大きな胸の谷間に挟ませる。


「おっ、おい!」

「ほらぁ、だって二人きりだったらこう言うことだってできるんですよぉ〜」

「うっ」


 ニヤァと悪戯な笑みを浮かべながら身を寄せ、前に乗り出した俺の耳にふぅーっと息を吹きかけてくる。


 それにびくついて腕を揺らすと挟まれていた大きな胸がたぷんと左右に揺れる。豊満なそれが柔らかく俺の腕を包んでいて、まるで大きなマシュマロかのように弾力で腕の揺れを跳ね返す。


 反動でなんとか手を引いてその魔境の谷から抜け出すと三笘さんは俺のほうを見ながら口に指を当てて笑っていた。


「ちょっ、や、やめろって!」

「にひぃ〜〜、せんぱいは可愛いですねぇ」

「あ、あのなぁ……三笘さんももう少し自分の体を大切にしないとっ」


 ほんと、一緒に寝た時といい、初めて俺の家に来た時といい、この前のにゃんにゃんメイドパンケーキの時といい……どうしてこうも俺に対して体を張ろうとしてくるのか。


 さすがに俺のことが好きだとしても、そこまでしないだろうってことを平然とやってくるのでこっちとしてはかなり戸惑っている。まぁ、そう言う性格なんだと言われたらその通りなんだけど。


 こっちとしてはわりと困るんだがな。


 しかし、そう思っている俺に対して彼女は振り払われた腕でもう一度俺の身体を掴む。


「な、なに」

「いえ、別に……ただ先輩?」

「な、なんだ?」

「こっち来てくださいっ」


 手をこまねいて俺が気を抜いて近寄ると、きゅっと耳元でこう囁いてきた。


「先輩にしかしませんよっ」

「っ——」


 温かい吐息とある種の言葉の暴力が俺の耳を介して脳みそにダメージを与える。うぐっと狼狽えているとさらに追撃がやってくる。


「だから、安心してくださいっ」

「っ!」


 跳ねた最後の言葉で吐息が一気に吹きかかり、背筋を震わす温かな誘惑が身体を巡った。


 思わず首を振って彼女の方を向くと目を見つめながら嬉しそうな笑みを浮かべていて、何か言おうとしても何か言われるんじゃないかと思い込んでしまって何も言い返せなかった。


「み、三苫さんっ……」

「かわいーですねぇ……照れてます?」

「て、照れてるんじゃないからっ」

「あ、それじゃあ恥ずかしいんですか?」

「……そ、そうだよ」

「へぇ……先輩は耳攻めが好きと」

「ち、違う」

「——ふぅ」

「うぐっ⁉ な、何を――!?」

「ほら、弱いですね」


 にひっ。

 揶揄ってくる彼女に俺は終始言い返すことができなかった。



 ピンポーーン、ピンポーーン!


 突如、インタホーンが鳴り、俺の元に救いの手が差し伸べられる。


「あ、きたっ」

「うぇ……もっと話したかったのにぃ」

「ほ、ほら話し合うんだからっ」

「はぁーい」


 気の抜けた返事を返す三苫さんの腕から抜け出して、俺は玄関に二人を迎えに行ったのだった。








 それから2時間ほど大学祭の準備を話し合い、椎名さんのおかげで色々とお金の話も凝り固まり、余った時間で日程決めも進んで家にやって来た二人がイチャイチャし始めたところで今日は解散となった。


「ちょ、ちょっと……むーちゃん、そう言うのはあとでお願いしますよぉ。せ、先輩と涼音さんが見てますぅ」

「まぁまぁ、いいじゃねえかよ。くっつくぐらいさぁ」

「だ、駄目ですってぇ……恥ずかしいですよぉ」

「またまたぁ。口角あがってるんだけど?」

「そ、それはぁ」


 玄関扉を閉めた後にも聞こえてくるイチャイチャに俺は少し溜息を吐いていた。


「随分と仲良くなったんだな、あの二人」

「羨ましいですねぇ」

「え、羨ましい?」

「まぁ、私は気づいてもらえてないみたいなのでいいですけど……」

「……あ、あぁ?」


 そう言うと三苫さんは少しばかり俯きがちに呟いた。


「それにしても先輩」

「ん?」

「来週中に買い出し行くって話になったじゃないですか?」

「あぁ、そうだな」


 今日の話し合いで、サークルの人たちを班分けできたので各々で買い出しに行ってもらうことにしたのだが実際料理に使う食材は俺たち役員が用意することにしたのでその辺含めて買いに行こうことになったのである。


「その、それでなんですけど……私行きたい場所があるんですけどいいですかね?」

「行きたい場所?」

「はい。せっかくのお祭りなので、それに先輩と大学祭回る約束もしましたし、色々と服装どうしようかなって考えてて」

「あぁ~~、別にサークルの出店服でいいんじゃないか?」

「嫌ですよ、そんなの。せっかくなので特別な服着たいです!」

「特別って別にそこまでしなくても……」

「ほら、夜は花火もあがるんですし、浴衣とかもいいじゃないですか?」

「浴衣か……」

「はい。それに先輩も最近色々とあったのでこれで心機一転してくれたら嬉しいですしね!」

「別に大丈夫だけどなぁ」

「いいんです、私がやりたいんです!」

「そ、そうか……ならいいんだけど」

「じゃあ、約束ですよ? 会長さんたちと解散したら行きますからね?」

「お、おう」


 と、俺は流れでちゃっかりデートの約束を受けてしまったのだった。







<三苫涼音>


 告白するなら、特別なものを着ていた方がいいですし。

 せっかくなんです。一生の思い出にしないとです!


 えへへぇ、先輩はどんな感想言ってくれるんですかねぇ。

 というか、告白なんてどんな風に返すんでしょうか。


 





 まぁでも、結果は知ってますけど……っ。



 とにかく今はこつこつ準備しないとですね!



 




 


 

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