第28話「ハートを描いて萌え萌えキュンっ!」


 十数分ほど話しているとメイド服姿の(さきほど苦笑い顔を浮かべていた)店員さんが両手にパンケーキを持ってやってきた。


 二人きりの席に座っていたため、危うくまたくっつかれるところだったのでタイミングが良かった。


「っちぇ、先輩と私の時間を……」


 小さな声でボソリと呟く彼女。店員さんには聞こえていないからいいものの若干殺意を感じいられて、目の前にいる俺がとても怖い。


 しかし、そんなことも知らずに二人席の暖簾を開いて入ってくる店員さん。


 優しい笑顔で先ほどのことを忘れたかのように和かに声をかける。


「抹茶パンケーキとチーズパンケーキをお持ちしました〜〜」


 手に持っていたのはパンパンに膨らんだパンケーキが二つ。俺は男なのでそう言う甘いものに興味があったわけじゃないがここまで主張が激しいと話も変わってくる。


 黄緑色と白色の生地がミルフィーユのように重なっていて、まるで抹茶フラペチーノをそのままパンケーキにしているようでとても美味しそうだった。鼻を刺激してくる生地の甘い香りとどことなく薫ってくる抹茶の風味。合わないわけがない匂いに鼻腔をやられて呼吸を忘れる。


「うぉ……」


 そして、三笘さんの方にもふんわりとした生地のパンケーキが置かれる。近くでみないとわからないが、少しだけしなやかにきめ細やかに入り込んだチーズケーキがいい色合いを醸し出している。加えてチーズの独特な風味とチーズケーキの甘く不思議な香りが織りなす奇跡のハーモニーが少し怒っているようだった三笘さんの頬を赤く染めていく。


「すっごぃ……」


 一通りテーブルに置くと店員さんは厨房の方に戻り、頼んでいた飲み物とパンケーキにかけるソースを持ってきた。


「こちらが抹茶ソースと粒あんと白玉のドレッシング、チーズパンケーキの方にはこちらのチーズソースをお掛けください。掛け方はテーブル横の壁に書いてある魔法のおまじないを唱えてからお願いしますね」


「は、はい」

「はーい!」


 ニコッと悪戯な笑みを浮かべながら、メイドさんのようにトレイを膝下に下げておじきして去っていった。


 すると、去っていく背中を確認して目の前の猫耳三苫さんが「にひっ」と嬉しそうな声を漏らす。俺の顔を見ながら頬杖をつき、桃色のリップを塗ってある唇を動かした。


「せーんぱいっ」

「な、なんだよ」

「いやぁ、ほら。さっきの店員さんが言っていたじゃないですか?」

「——な、何を」


 もちろん、何を言ったかは知っている。そんな一瞬で記憶を忘れるほど俺はやわではない。しかし、分かっていても知らないふりをしていることには理由が伴っているわけで。俺は全力で気づかないふりをしていた。


 そう、今俺の右側。

 つまりは壁側に張られている一枚の紙に気づかまいと視線を逸らしていた。


 だが、この後輩はそう簡単に撒ける女の子ではないことを俺はよく知っている。


「——なんか、妙に視線を左側にしてますね?」

「え、いやぁ……別に」


 ふつうにヤバい。

 というか、この感じなら絶対に気づいてるよな。俺もただずっと一緒にいるわけでもないからな。だんだん何を考えているのかを分かっているつもりだ。


 しかしまぁ、やっぱりこの感じは慣れない。


「ふぅん……別にいいですけど、正直になってくれた方がいいんですよ?」

「っぐ……」

「あ、今受けましたね?」

「う、うるさい……」

「あはぁ。かわいいぃ」

「で、な、何がしたいんだよっ」


 これ以上馬鹿にされるのは嫌だ。

 さすがにずっといじめられるのはきつすぎるため、はやく終わらせてほしくそう訊くと三苫さんはニヤニヤ顔のまま壁に張られたあったその紙を読み始めた。


「えっとぉ……店員さんから頂いたソースの掛け方。その1、まずは何もないパンぺーきに愛を注入するため、パンケーキの上で手でハートを作って一言。『おいしくなーれ』。その2、パンケーキの上にもらったソースを待機! 『愛をこめて、美味しくなってね~』と語りかけます。その3、最後はハートを描いてかけていくだけっ! 『萌え萌え、キュンっ! おいしくなーれっ!』もしっかり言って完成! だって、先輩?」


「だ、だって……てな、何が言いたいんだ?」


 無論、何が言いたいかも何となく理解していたがやっぱりどうしてもやりたくはない俺は一度問う。


 しかし、やはり三苫さんは予想通りの言葉を返してくる。


「そんなに言ってほしいなら言ってあげますけど……先輩、やってみてくださいよ」

「うぐっ……だ、誰がこんなの」

「私にそうやって言ってほしかったわけじゃないんですか?」

「ま、まさか。予想してただけで言ってほしいなんて思ってないぞ」

「へぇ……じゃあ、もう先輩にお料理とか作ってあげるのやめちゃおうかなぁ~~」

「んな⁉ ず、ずるいぞ! それはっ……」


 痛い所に言葉がぐさりと刺さる。

 ただ、三苫さんの表情はとてもうれしそうで変わらない。


「そうですよねぇ……作ってもらいたいんですよねぇ?」

「……っく、や、やらなきゃダメか?」

「はいっ。是非やってください?」


 状況は変わらない。

 結局、俺は意を決してやることとなり——————





「てゃははは‼‼‼ 先輩、めっちゃ可愛いです! 明日から真似してもいいですよね!」




 ——————とこの始末。全力でやったら大笑いされ、翌日から夕飯を食べる際には三苫さんに真似をされることになったのだった。








<三苫涼音>


 やっぱり、先輩はいじめ甲斐がありますねぇ。

『萌え萌え~~きゅんっ!』ってちゃんと本気でやってくれるところとか、すっごく可愛かったですし、私のためにしっかりやってこなしてくれるのがもう、たまらなく好きですぅ……。


 こんなふうにいじめてくれるだけですっごく気分がいいですし、なんだかんだ私についてきてくれるところとか、許してくれるところなんて最高に愛おしいですし。


 あははぁ。

 私たち、すごく相性がいいです。

 帰ったら是非、先輩の枕の匂いをかがせてもらいますっ。


 今日は色々準備をすることがあるんですし……寝落ちする言い訳でも作って、先輩のベットで寝ます!

 

 せ、せっかくだし、お股いじったりなんかしちゃってもいい気がしてきました。


 ……なんて考えてきたら、ムラムラしてきました。


 

「先輩」

「ん、なんだ?」


 パンケーキを食べていく先輩に一言声を掛けて、こう訊ねる。


「あ、あの……トイレ行ってきてもいいですか?」


 すると、勿論いいぞと頷く。


「ありがとうございますっ」


 私は小走りで向かっていくのだった。








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