第26話「にゃんにゃんパニック大作戦ですっ!」
三苫さんと再会してからかれこれ3カ月ほど、一緒に帰るのももう両手で数えきれないくらい経験していたが未だ彼女のグイグイ来る距離感には慣れない。
「あの、やっぱり腕を組むのはどうかと思うんだけど」
「別にいいじゃないですかぁ……嫌じゃないですよね?」
「——こう、周りの視線っていうものがあってだな」
先程から通行人が俺たちの隣を通り過ぎる度に見てきて、こっちは気が気ではない。まともな恋愛をしていない俺にとってその光景はまだ胸に来るものがある。
何より、俺たちは付き合っていないし、大学のやつとすれ違ったら誤解されそうで怖い。
「私たちは私たちですよ? 周りなんてただのノミ虫だと思えばいいんですよ?」
「言葉を選んでくれよ」
悪気ない、まるで子供のような純粋な眼で平然と言う台詞が前よりも厚みが増していると感じるのは俺だけだろうか。
「——まぁ、先輩がそこまで言うならいいですけど」
「あ、あぁ頼む」
「まったく、先輩は恥ずかしがり屋なんですねぇ」
当たり前だ。
誰だって付き合ってもない女の子に胸を押しつけられながら腕を組まれて平気でいられる奴なんているわけがない。
嬉しいと恥ずかしいはまた意味が違うしな。
「まぁ、時間も時間ですからっ——早く買っちゃって帰りましょ!」
「そうだな……あ、でも、今日くらいは外食でもいいんじゃないか?」
思えば最近は毎日夜ご飯を作ってもらっている。
色々と世話になっている後輩をこき使っているつもりはないが、必然的にそうなってしまっている気がして俺は提案してみる。
すると、彼女は少し困惑した表情で言った。
「え、外食ですか?」
「あぁ。いっつも三苫さんに作ってもらってるし、負担も多いだろうからさ。たまにはって」
「——別に私は苦痛だと思ってませんよ? むしろ、尽くしてあげたいんですから!」
「それはありがたいけど……ほら、俺だってたまには恩返しがしたいというか」
「恩返し……それなら、一緒に寝るのでも?」
「……あれはなしだ。あの日だけだからこれからはないって思ってくれ」
それに、あんなの刺激強すぎて寝れてもんじゃないからな。
ドキドキで集中も出来ないし、ある意味拷問だ。
幸せなこともそれが大きすぎると時に毒になる。 三好一馬 2002~
なんて名言が広まりそうなくらいに毒すぎた。
「えぇ……私的には一番の恩返しなんですけど」
「そう言うの以外だ。そういう、体で支払うの以外」
「私は先輩のためだったら何でもしますけどね……セッ〇スとか、キスとか、ハグとか、添い寝とか!」
「おい、こんなところで言うんじゃねえ!」
一瞬、視線を強烈に感じた。
やっぱり、三苫さんはちょっと怖いな。
「——むぅ」
「だから、外食はどうだって聞いてるんだ? ほら、今日は俺の驕りにするから」
「え、ほんとですか?」
「あぁ、今日だけだぞ?」
すると、顎に手を当てて少しだけ考えるそぶりを見せて、彼女はぐぐぐっと身を寄せながらこう言い返してきた。
「——じゃあ、気になってるパンケーキ屋さんがあるんですよ。そこでもいいですか?」
「え。まぁ、いいけど——」
「良いですねぇ、先輩。言質、取っちゃいましたからね?」
「な、なんだよ……急にニマニマと」
「いえ、何でもありません! ではでは、早速行きましょう!」
すると、急に手を掴まれ、抵抗する暇などなくそのパンケーキ屋さんに連れて行かれる俺であった。
それから連れていかれる事、10分と少し。
家からは真反対の方向に走って、着いたのは大きな幹線道路に接する見ず知らずのパンケーキ屋さんだった。
「お、おい……これはどういうことだ」
「え、どういうことってコスプレパンケーキ屋さんですよ?」
「し、知らないものを……ていうかさっき言って他の聞いてたか⁉」
「うーん、別にぃ……私はパンケーキ屋さんと言いましたけどね? どんなパンケーキ屋さんかは言っていないですし?」
確かに、パンケーキ屋とは言っていたがその内容までは言っていない。
ただ、しかしこれはあからさますぎる!
店舗の名前は「にゃんにゃんPancake!!」。名前からしても分かるが普通に大学生が行くようなパンケーキ屋さんの名前ではない。
加えて、外から見える大きなガラスの向こうではメイド服を着ている店員さんに、テーブルに座っている人たちも何かしらのコスプレをしているのか一般的にはおかしな格好をしているのが窺える。
ほとんどが女性同士のお客さんだが、中には男女のカップルも見受けられても凄く盛況していた。というか、なんだこの店! めっちゃ人気じゃねえか⁉
「——お、おい。まさかここじゃないだろうな?」
辺りを見渡すがパンケーキ屋さんはここしかない。
「ここですけど?」
「お、俺に……コスプレをしろってことなのか?」
「はいっ! だって言いましたよね? 恩返しがしたいって?」
「うぐっ……言ったけど、それとこれとは話が違うといいますか」
「言い訳無用ですよ? とにかく、恩返し――じゃなくて私にご奉仕してくださいね⁉」
「え、おいっ————ちょ、あ、ァ、ァアアアアアアアアアアアア!!!!」
再び、強引に腕を掴まれて店内へ。
そして、これまでの人生において最も騒がしく、厚い夜が幕を開けたのだった。
<三苫涼音>
先輩の執事服姿、絶対に写真に収めなきゃいけませんねぇ。
それにしても、最近。
妙に先輩からのおかしな視線を感じますし、これは大学祭で押して押して押しまくれば告白して付き合えるのではないでしょうか?
まぁでも早まる必要はありません。とにかく今は準備期間。
先輩も優しいですが、所詮男。
可愛い可愛い私が押せばきっと落ちるはずです。
えへへ……それならいっぱいアプローチするのみ。
きっと、先輩はまだまだ折れないでしょうから、限界まで限界まで押しまくって弱らせてから……いただくとしましょう……。
あ、そう言えば……深雪ちゃんにお話しした約束も言わなくちゃですね。
将来の夫のためにはまず、家族から!
そんな風な言い伝えもありますし、大学祭が終われば先輩の実家にもお会いしてご両親に気に入られて……一緒に。
あぁぁ‼‼
考えたら止まらないです!!!!
ぐへへへぇ……もう、涎が出ちゃます。
そんな妄想をしながら先輩のコスプレを待っていると奥の方にある更衣室から恥ずかしそうに頬を赤らめながらこっちに歩いてくる一人の執事。
黒く綺麗なタキシードに、シンプルな手袋。
先輩のいい所が表面化していて、何とも言えない姿に私は発狂しちゃいました!
「きゃあああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」
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