第23話「先輩とごろ寝」
三苫さんの入った風呂に浸かってから10分ほど。
上がって髪を乾かしてリビングの方に戻ると、少し暗めの照明にしてソファーで座りながらアイスを食べている彼女がいた。
「こんな時間に食べてたら太らないのか?」
「私の体重は45㎏ですよ?」
「かるっ……まじか」
「はい。だから、先輩もいっぱいおんぶしてくれていいんですよ?」
「……別に軽いこと理由におんぶはしないぞ」
「またまた~~」
ニヤニヤする彼女を見て少し安心する。
これから一緒の部屋で寝ると言うのに安心していいのかと思うが、正直今そんなこと考えたって未来は変わらない。
ひとまず、何か起きたら起きたで――あとは神のみぞ知るってことだな。
風呂場でそんな結論にたどり着いて、変に冷静だったのである。
「歯磨くんだぞ」
「はい、分かってますよ……あ、でも歯ブラシって私のありますかね?」
「あぁ~~一応、洗面台のところにあったはず」
そう言うとパクっとアイスを平らげて洗面台に向かう。数秒ほど待っていると廊下の反対側から顔がひょっこり出てきてこう言った。
「コップの中のやつですか?」
「あぁ、そうだぞ」
「えっと……これです?」
「それは俺のだ……新品の方だよ」
「別に先輩のでも私はいいのに……」
「え、何?」
「いえ、何でもないです……仕方ないのでこっちにします」
「あ、あぁ……しっかり磨いとけよ~~」
「はぁ~~い」
一瞬、とんでもない言葉が聞こえた気がするがまぁ気のせいだと思っておこう。
ひとまずこっちはベットの準備だな。さすがに同じ場所に入るわけにはいかない。俺はベット横に布団敷いて眠るとしよう。
10分後。
夜も更けてきて、丁度よく俺にも三苫さんにも眠気がやってきたところでベットと布団に入った。
「——おやすみ」
「お、おやすみ……先輩」
静かな声が返ってきて、案外何もなく寝れそうだと期待したところでベットの方から普通に声を掛けられる。
「あの先輩、やっぱり……こっち来なくていいんですか?」
「え?」
「こっちです、こっち。やっぱり、先輩のベットを一人で使うのはちょっと罪悪感ありますよ……」
「いや、俺が言ったんだし気にしなくていいんだぞ?」
「うぅ……私はするんですよ? 価値観の押しつけはよくありませんっ」
まぁ、気持ちは何となく分かる。
いらないおせっかいってやつだと感じているかもしれないし、どうせ三苫さんの事だからそこまで気にしてなさそうでもある。
「じゃあ、いいのか? 俺がそっちのベットいっても」
「いいも悪いもこれは先輩のなんで先輩が決めてください!」
「いってきたのはそっちからだろっ……」
「でも決めるのは先輩です」
「頑なだなぁ……もう」
「うぉ、来てくれるんですか?」
「じゃあ戻るぞ?」
「いやいや、どうぞぉ~~」
結局、後輩の謎理論に言い負かされる形で俺は三苫さんが寝ている俺のベットに入った。
背中を刺す視線。
くっつくわけにもいかずに反対側の壁を見つめていると後ろでもぞもぞと何かが近づいてくる。まぁ、何かではなく言うまでもなく三苫さんなのだが——なぜか彼女の手が俺の背中に触れた。
「ちょ」
「先輩ってこう見ると、背中おっきいんですね……」
「……ま、まぁな」
雰囲気が打って変わった。
そんな流れに俺はさっきまで変に冷静だった気持ちががらりと崩れる。
「ふぅ……」
徐々に音をあげていく心臓に、冷や汗がだらり。
一体全体、俺は何をしていたんだ?
なんで後輩と、一緒のベットで、一緒の掛布団の中に入っているんだ?
てか、なんかさっきからうなじに息があたるんですけど!?
どうやら一線を越えてしまいそうだ。
「い、息をかけないでくれっ……」
「えぇ、駄目なんですかぁ?」
「だ、駄目……さすがにこれはまずいって」
「でも先輩からこっちに入ってきたんですよ?」
ぐうの音も出ない。
しかし、そんな俺に追撃のように三苫さんは近づいてくる。
そして今度は変な感触が背中を襲った。
「——っ」
「どうしたんですかぁ、先輩?」
「おま、わ、分かってるだろ……」
「何をですか、私分からないです?」
言葉ではそう言っているが端々が笑っていた。確実に分かっている。やっぱり、やめればよかった……そんな後悔はもう遅かった。
「……くっ。お、俺も男なんだぞ」
「男ですねぇ……」
「わ、分かってるだろ……言いたいこと」
「何をですか?」
見えなくても表情はなんとなく感じられる。
「——っ」
「ひゃっ」
さすがにいてもたってもいられなくなった俺はぐるりと身体を捻り、寝返りをして肩を掴んだ。
「なっ……え」
「俺も男だから、襲う時だってあるんだぞ? 優しい先輩じゃないからな、ずっと」
「……」
真剣にそう言うと三苫さんは強張ったのか肩を竦めた。
顔がみるみると熱くなっていくのを感じて、さっきから何をしているのか分からかったがここまで来たら引き返せない。
「い、嫌ならやめていいんだぞっ……」
そこまで言ってふと俯瞰する自分がいる。
なんかこれ、セクハラなのではないかと。
さすがにヤバい気がして「嘘だ」と言って撤退しようとすると——肩を掴んでいた手をガシッと掴まれた。
「……っ」
「——嫌じゃありませんよ」
「え……」
「むしろ、先輩ならいいです……先輩だからいいんです」
まじまじと見つめてくるまっすぐな視線。
呆気に取られて、というか面食らって体が固まった。言葉が出ない。
え、何?
いきなり?
こういうのって恥ずかしくなって逃げだすのが相場じゃないのか?
しかし、三苫さんは身を寄せる。
「っちょ――」
「今日は抱きしめてください」
「で、でも俺――」
「いいから、やってください……言い出したのはそっちです」
「うぐっ……じゃ、じゃあ」
俺はゆっくりと三苫さんの背中の方に手を回した。
むにゅりと、胸元を刺激する彼女の豊満なそれに心臓をバクバクさせながらぎゅっと抱きしめる。
「ありがとうございます、先輩」
「は、はいっ」
なぜか返事をしてしまって、もはや壊れかけのロボットのようになってしまった俺はこれから6時間ほど眠らずに固まっているのを続けるのを知らないのだ。
いや、いい匂いすぎだ。俺の家のシャンプーってこんな匂いしたっけ?
これがいわゆる女の子補正なのか?
髪の匂いっていうか、体の匂いっていうか……ほのかに暖かくて余計に刺激してくる。
毒だよ、これ。
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