第21.5話「七夕の日(特別編)」


 1年前。

 これは俺が大学に入学したての1年生だった時の話だ。


「よぅ、一馬っ——!」


「いてっ——」


 学食で一人昼食をとっていると後ろかどついてくる奴がいた。

 後ろを振り向くとそこに立っていたのは同じ学科の友達、ムラだった。


 ちなみにこの頃はまだ俺たちはサークルをまとめ上げる立場にはいないためただの会員だった。


 しかしまあ、この頃もムラの女のとっかえひっかえ度は凄くて、すでに一度付き合って別れてをしている。


 考えてみたら椎名さんは本当に大丈夫なのかと少し心配になるな。


「なんだ、ムラかよっ」


「なんだってなんだよ~~、礼儀知らずな奴だなぁ~~!」


「礼儀も何もあってきて急にどつきかます奴がいるかよ。まずは自分を見直せってんだ」


「ははっ! 俺に見直すところなんてね~よ! 冗談きついぜ~~」


 直すところはたくさんあるけどな。自覚なしとはたちが悪い。


「——」


「——って無言やめろ。ガチで言ってんのかぁ?」


「当たり前だろ。女の子を大切にしろって言う話だ」


「お前には言われたくはないなぁ~~」


「んぐっ……あ、あれはいいだろ。俺はもう足を洗って反省してるんだ」


「はいはい。まぁ心の傷を抉るほどゲスじゃないからな。ただ、一馬ももうちょっと異性と触れ合う機会を増やしたらいいんじゃないか?」


「異性とねぇ……」


 女子と遊びまくっているこいつに言われるのは少々癪だが、自分でも何となく分かっていた。


 高校の時に付き合っていた彼女とあんな別れ方を経験して以来、俺はあまり人とつるまなくなった。特に女性。別に恐怖症とかではないが、何か勘違いでもしてしまうのではないかという不安で極力自分からは行かないようにしていた。


「ほら、最近塾講師始めただろ? いたじゃん、美人な人がさ」


「美人? あぁ……木下先輩の事?」


「そそ! めっちゃ胸でっかくて美人じゃん!」


「まぁ、それはそうだけどただの先輩だよ? 別にそういうのの対象じゃないし」


「対象じゃないとか対象だとか、めんどくさい考え方するよなぁ……俺がもらいたいくらいだぞ」


「今はフリーだからってか? ほんと、自分も言えたことじゃないだろうて」


「ははっ! 俺は青春したいからなっ。大学生で出来るのも終わるし、社会人になったら結婚とか真面目な話になるだろ?」


「それを相手に言ってみろ。ブチ切れ案件だぞ」


「いいだろ~~、ヤリチンってわけじゃねえんだから。俺は恋愛したいだけだ」


「そっちだってしてるだろうが」


「あ、バレてた?」


「当たり前だろ、いつからの仲だと思ってるんだよ」


「ははっ。これは困ったもんだぁ~~」


 ニヤニヤ爆笑しながら隣に座るムラ、手持ちバックからコンビニのおにぎりとパンを取り出した。


「んじゃ、俺も昼とるとするかね」


「そうか」


 黙々と食べていく。

 スマホを見ながら今日のニュースを眺める。


 すると、ムラは思い出したかのようにこう言った。


「あ、そう言えば今日って七夕じゃん!」


「え? あぁ、そう言えばそうだったな……」


 7月7日、つまり七夕の日。

 俺らが通っている大学は北海道にあるので基本的には8月7日に行うのが普通ではあるのだが、ここの大学は全国から生徒が集まるために本州に合わせた7月7日に七夕を祝っている。


 まぁ、なんで8月7日なのかは諸説あるのでいいとして、この歳になって七夕なんて考えてもいなかった。


 高校の時からお願いごとに意味はないことは知っていたし、親に強引に連れられた受験前の神社参拝もピンと来ていない俺にとってはあまり気にするような行事ではなかった。


「願い事、なんかするのか?」


「え、そういう一馬こそ何願うんだ? 彼女できるようにとか?」


「馬鹿言え、お前じゃないんだ。それに、全員が全員彼女欲しいわけじゃないだろ」


「あ、お前ってそっち系? 俺は無理だぞ?」


「違うわ。女の子の方が好きだ。てか、そっちでもムラは狙わん、そのくらい自覚しろ」


「え、俺ってイケメンだと思うけどなぁ~~」


「中身の問題だよ」


「……ひど」


「あたりまえだ」


 まったく、どの口が言うんだ。

 色々と通り越して、怒りたくもないぞ。


「——でも、確かにあれだな。どうしようかなぁ~~何か叶わそうなこと願うのがいいし、こういうのはさぁ」


 おにぎりを片手に頬杖を突きながらぼそりと呟く。


「別に考える必要もないんじゃないか?」


「まぁ一理あるけど、せっかく短冊もあるんだしやろうや」


「あるのか?」


「あるぞ、ほらあっち見てみろ」


 村が指さした方を見ると、そこには5メートルほどある笹が置かれていた。短冊が何個もかけられていて、今も麓で女子たちが願い事を書いていた。


「——ほらな。せっかくなら参加しようぜ、ああいうの」


「まぁ、それもそうか」


 特段願い事はないが書いてみるのも悪くはないのかもな。


 

 ご飯を食べ終えた俺たちはその場所へ向かう。すでに100枚以上の短冊が掛けられていて、ダイエットに成功するようにとか、この大学に合格できますようにとか、留年しませんように、など色々な願い事が書かれてあった。


「これは自分で叶えるものだろ」


「マジレスはやめとけよ……そういうもんなんだからさ」


 にしても、何にしようか。

 白紙の短冊を手に取り、ペンをとる。


 特段叶えたいことも願いたいこともない。今のところは。


「あ、すみませんっ——」


 すると、何かが肩にぶつかった。

 ペン先がぶれて、短冊に一本線が引かささった。


 俺も慌てて頭を下げながら隣を向くとそこにいたのは知らない高校の制服を着ていた女の子だった。


「——い、いえ」


「あ……」


「だ、大丈夫ですか?」


「こ、こちらこそ大丈夫ですかっ」


「俺はなんとも……大丈夫」


「ごめんなさいっ……私ったらよそ見してて」


「いやいや、気にしないで。俺もだからさ」


「お、お互い様ですね……」


「だな」


 ニコッと笑って、彼女は書き終えた短冊を笹に括り付けていた。試しに何を書いたかを訊ねてみると。


「私、ここの大学に通いたいんです……憧れてる人がいて」


「そうなのか?」


「はい。結構そばにいるんですけど……」


「? まぁ、頑張ればきっと入れるから」


「そ、そうですねっ! 先輩っ!」


「え?」


「あ、いや——何でもありませんっ! それじゃ私は勉強しなきゃなんで——!」


 彼女は少し頬を赤らめて食堂の外に走っていく。

 少し面食らっていると、後ろからムラがこう言ってきた。


「——惚れたな」


「馬鹿言え! 高校生だぞっ」


「ははっ! 恋に年は関係ないぞ?」


「うるせぇ、俺は違うからな」


「まぁまぁ……それで、結局何書くんだ?」


「え、あぁ……そうだなぁ」


 別に何かしたいわけでもないが……先程の短冊に目を向ける。


「強いて言うなら……あの子に受かってもらうことかな」


「やっぱり恋してるじゃん」


「何かの縁だ。いいだろ、これこそお願いって感じがしてよ」


 ニヤニヤと笑われるがまぁ、自分自身に願うことはないから別にいいだろう。


 結局、俺は「」と書いて短冊に飾ったのだった。


「んじゃ、俺たちも次の授業いきますか」


「だなっ」





 そして、この頃の俺は知らなかった。

 翌年にしっかりと合格して俺の元に来る存在を……まだ。


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