第21話「たまには一緒に寝ますか?」



 カツ丼を平らげて、俺と三笘さんは台所で食器を洗っていた。最近はあまり手伝ってあげられないことがあったために、先ほどのくだらない話を兼ねた埋め合わせとしてやることにした。


 隣に立つ彼女。

 まるで結婚したての夫婦の様で、一瞬だけ想像してしまった。


 綺麗で優しくて、少しエッチでいたずら好きな大人びた三苫さんが見える。

 そこまで考えたところで俺はぶるぶると頭を振る。


「ふぅっ」


 息を吐いて精神統一。

 とりあえず今はお皿に集中しよう。


 すると、彼女はこっちを見てクスクスと笑っていた。


「——っふふ。かわい」


「な、なんだよっ」


「……いえ、別に」


 そう否定するわりにはお腹をプルプルとさせていた。

 俺はこれでも人の感情には敏感な方だ。


「笑ってるだろ」


「先輩が可愛いなと思って笑ってるんです……別に大したことじゃありませんよ?」


「か、可愛いって……」


 そう言えば、よく三苫さんは俺の事を可愛いと言ってくる。俺は女子でもないし、そんな風に言われても嬉しくないので少々どう答えればいいか困る。なんなら、馬鹿にされているのではないかとさえ思ってしまう。


 でも、なんとなく分かる。

 とても嬉しそうな笑顔を見れば少なくとも馬鹿にしているわけではないくらい。



「凄く可愛いです。飼ってあげたいくらいには……っへへ」


 まぁ、飼うのはやめてほしいけどな。

 目が怖い。きっとヤバいことをされそうだ。


「……それは遠慮するよ」


「えぇ、いいと思ったのになぁ……」


「いいから、ほら次拭いて」


「はぁーい」


 そう言って皿を渡すと棒読みが返ってくる。

 まったくな、と思いつつ。同時になんで作ってもらっているのに偉そうにしているのだろうと疑念に駆られる。


 どうやらまだ、動揺しているようだな、俺は。


 それから5分ほど皿を洗い、終わるとソファーに再び腰かける。すると、彼女は少しだけがっかりした表情でこう言ってきた。


「……先輩に彼女がいたなんて聞いてませんでした」


 確かに言ってなかったかもしれない。

 

「悪かったな。言ってなくて」


「ほんと、いきなり言うからびっくりしましたよ?」


「まぁ、言う必要がないかなって思ってたし」


「私には必要ありまくりです。だいたい、どんな理由があろうと先輩の事を否定して、悲しくさせるような女なんて根絶やしにさせてやりますよ」


「ね、根絶やしって……冗談だよね?」


 そう訊ねると彼女は真顔で目を合わせて答えた。


「————え、真剣ですけど?」


 いや、真剣なのはいけないだろ。

 さすがにそこまでしなくていい。

 というか、目が怖いし。


「さすがにそれはやめてくれ……真面目に言うのは」


「だって、先輩の事不幸にする女なんてロクな女じゃ——」


「大丈夫だから、俺は気にしてないしさ」


「まぁ、先輩が言うならしませんけど……そいつもしっかり先輩にお礼言わないとですね。あ、そうだ。言わせましょうか。ほらカ〇ジの利根川さんみたいに焼き土下座でも」


「——まじでやり過ぎだ! 気持ちだけでいいから!」


「だいたい……俺も言えた話じゃないじゃん。ほら、気持ちが移ってたしさ」


 正直、何も簡単に相手を責めるような話じゃない。

 確かに始めたのは相手だったが、それに乗ったのは紛れもなく俺なのだ。あんなに怒っておいて、自分がしでかすとは思っていなかった。本当に付け上がっていた。


 やっていることが俺の方が小さいとか、相手の方はキスだったりハグもしているとか——最初はそう言う風に言い聞かせていたけど、それをやったら惨めな気分になるからやめたのだ。


 やった時点で、俺も彼女も同じなのだと。

 

 しかし、三苫さんは顔を覗き込みながらこう言い返した。


「じゃあ、次は失敗しないだけじゃないですか?」


 そんな言葉に少し面食らっていた。

 あまりにも当たり前のことで、見落としていたというか。


 心の底では分かっていたのかもしれないけど、言葉には出てこなかったものだった。


「あ、あぁ。そうだ、よな……」


「はい。それにです。もしも先輩がまた失敗してしまったら私がいるので……安心してくださいっ……思う存分、絞ってあげますから」


「し、絞って……?」


「癒してあげるってことです」


「……そうか。ごめんな、ありがとう」


 彼女なりの言い方ではあったが、少し元気が出た。俺もそろそろトラウマとは決別しなくちゃいけない。いつまでも囚われているわけにはいかないもんな。


 ソファーから立ち上がって、浅く深呼吸してから時計を見つめる。


「もう20時になるなぁ……そろそろお風呂沸かすよ」


「ほんとですね、もうこんな時間っ」


「三苫さんもあまり夜遅いとあれだし、俺が送ってあげるよ。色々やることだってあるでしょ?」


「そ、そうでs——————いや、先輩。わがまま言ってもいいですか?」


「わがまま?」


 はて? と首を傾げると彼女は俺の近くまで来て、耳元で囁くようにこう言ってきた。


「たまには……一緒に寝ましょうか?」


「——えっ⁉」


「あはははっ! ちょっと先輩、驚きすぎですよ?」


「え、いやっ——だって。そんなこと言ってくるとは思ってなかったから……」


「あれです。先輩が悲しそうだったので。色々あって心も疲弊しているでしょうし」


「ま、まぁそうだけど……さすがに悪いよ」


「悪くないですよ?」


「いや俺、男だよ? ほら、もしかしたら臭いかもしれないし、寝息だって聞こえるだろ? 近くで寝たらなおさらだよ」


「————むしろそのほうがいいですけどね」


「えっ」


「いえ、なんでもないです。一応、我がままなので無理なら帰ります」


 少し笑みを浮かべていたが、若干悲しそうな顔を見せる彼女。そんなもの見せられたら断りずらい。


「今日は深雪だって来てるし……寝る場所、地面しかないし」


「ベットはダメですか?」


「ぎゅぎゅうだろ……ていうか、嫌だろほんとに」


「なんで嫌なんですか? 匂いとかも直に嗅げちゃうんですから特等席ですっ」


 変態みたいなことを言われて、何を返せばいいか分からない。

 ただ、何となく伝わってきたのは俺が何を言っても折れない意思だった。


「——わ、分かったよ。じゃあ、好きにしてくれ」


「やった! ありがとうございますっ……」


 ニコッと嬉しそうに笑って、さらに近づきこう囁いた。


「JDの匂い嗅いじゃってくださいねっ……」


「————んなっ⁉」


 どうやら俺はやばい予定を立ててしまったかもしれない。






<三苫涼音>


 先輩の事は私が癒します。

 先輩の嫌なことは私が食べちゃいます。

 先輩の幸せは私が作ります。


 全部、私から生み出してあげるので心配なんていらないんですよ。


 いっぱい、嗅いでほしいな。

 それに、先輩の寝顔見れるの楽しみです。どんな顔して、どんな寝方をして、どんな寝相で、どんな寝息をして、どんな感じでどのくらい寝るのか。

 たくさん観察出来ちゃいます。


 でも、先輩と一緒に寝てしまったら、きっと気持ちいし、すぐに目を閉じてしまいそうです。


 きっと、先輩はドキドキして寝れないでしょうけど……あはは、想像したらすっごく可愛いです!


 なんならいっぱいおっぱい当てちゃおうかな。

 ドキドキさせぱなっしも悪くないかもですねぇ……。


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