第20話「先輩に元カノがいたんだ……よし、ヤろう」


 ルンルン気分の三苫さんに連れられて近所のスーパーへ向かう。最近はよく二人で来ているため、おばちゃん店員さんにニコニコ笑みを向けられて凄く気まずい。


「仲良しさんだねぇ~~」


 そんな一言に三苫さんは嬉しそうに言い返す。


「はいっ! 先輩大好きですっ!」


「あらあら……カップルさんかいなぁ。にしても、あんたも男になったんだねぇ~~」


「ちょ、別にそう言う仲ではないですって!」


「またまたぁ、せんぱい?」


 どうして耳元で囁くんだよ!

 そんな心のツッコミに相反して、俺の頬がボっと赤くなる。


「やっぱりねぇ。可愛い彼女さんなんだから、大切にするんだよぉ~~」


「されてるんで大丈夫です! ね、先輩?」


 腕を組み、大きな胸をむにゅりとくっつけられる。それを見て余計に笑うおばちゃん店員。もはや、俺の逃げ場はなかった。


「————それじゃ、私たち買い物するんでまた今度!」


「あいよぉ~~頑張りやぁ~~」


 手を振られて連れて行かれる俺。

 変な勘違いを植え付けられたのだった。



「先輩、今日は何食べたいですかっ?」


「今日かぁ……って、さっきのこと流せると思ったら大間違いだぞ?」


「なんのことですか~~?」


「あのなぁ~~っ」


 勢いで三苫さんの肩を掴もうとすると、逆に彼女の方からスゥっと身を寄せる。


「え」


「なんですか? 触らないんですか、先輩?」


「え、いやっ……その……ち、違くて」


「——なにが違うんですかぁ? 先輩、今、触ろうとしてましたよねぇ~~。いっつも先輩からは触ったりしないのにぃ~~」


「うぐっ……そ、それはそうだけど」


「じゃあなんですかぁ?」


「~~~~っあ、あれだ。その血迷っただけだ。俺は手を出してない。許してくれ! すまなかったよ……別に、三苫さんとそう思われるのは嫌じゃないからっ」


「素直でよろしいですねっ。それに可愛いです」


「か、かわ——?」


「はいっ。ほら、とにかく何食べたいか言ってください!」


「え——んと、そうだな……かつ丼が食べたいかな?」


「かつ丼っ? お、中々ないチョイスですね? まぁ、二人っきりですし、いっぱい食べちゃいましょうかっ」


「あ、あぁ」


 結局、押され気味な俺は何も言い返すことが出来ずに三苫さんについて行く羽目になった。




 その帰り、いつもの俺なら自ら三苫さんと話していくのだが——今日はなぜだか気分が乗らず、三苫さんに引っ張られていた。


 すると、数十メートルほど歩いたところで彼女の方から声がした。


「あの、先輩?」


「——ん、な、何?」


「昨日今日で何かありましたか? ちょっとテンション低めですけど……」


「えっ」


 思わず声が出た。

 彼女の一言で昨日会った出来事が一気に頭の中に戻ってくる。


 ジワリと額から汗が垂れてきて、あからさまに動揺してしまっていた。


「大丈夫ですか? 顔色……悪いですけどっ」


「え、あぁ……だ、大丈夫だ」


 大丈夫ではない。

 あれは過去のトラウマなのだ。あんまり思い出したくはなかった。


「——隠し事してるんですか?」


「いや、そうじゃないんだ」


「……心配してるんですっ。何か困ってるんなら言ってくださいよ?」


「あ、あぁ……うん」


 寄り添って心配してくる三苫さんを見てふと思う。やっぱり、俺はダメだなと。また人を心配にさせるようなことをしようとしている。


 なら、信用している彼女になら話してもいいのかもしれない。


「——帰ったら、話してもいいか?」


「……はいっ、お願いしますね」







 家に帰り、時間はまだ19時前。深雪は外食しているので21時までは帰ってこないのでのんびりと夕飯の支度をする。


 今日も今日とて三苫さんのシェフ顔負けの早業だった。俺もなんとか手伝いながらカツを揚げて、卵とじも作り、あとはご飯が炊くのを待つだけ。


 そこで話すことにした。


「先輩、辛かったら遠慮なく言ってくださいね……」


「あぁ」


 ソファーに二人で座り、隣で寄り添ってくれる彼女。やっぱり今日も距離が近かったが、いまさらそんなことは気にならなかった。


「俺には昔……彼女がいたんだ」


「彼女……?」


 少し目が鋭くなる。

 しかし、続ける。


「あぁ」


 彼女のことは10年前から知っていた。


 まぁ、いわば幼馴染と言う関係が当てはまる気もするのだが実際に話すようになったのは高校一年生からだったのだ。


 もちろん、小学生の頃からどんな性格でどんな容姿なのか、なんとなくは知っていたが実際に会話をしたことはない。微妙な仲と言われても仕方ないが話すまでは俺は一方的に興味があった。


 顔は結構可愛いし、体型も太くもなく細くもない。ちょうどいいくらいで、静かな女の子が好きだった俺にはぴったりだった。


 結局、すぐには付き合うことがなく、高校が一緒の高校になって運命を感じた俺が話しかけたところから始まったのだ。


 付き合い始めたのは高校1年生の夏。


 告白したのはもちろん俺からで、一緒に見に行った豊平川の花火大会で余韻に浸りながらだった。それはもうロマンチックで、今思い返しても凄く良かったと思う。


 女子もイチコロ、そんな気がするくらい自信がある。


 そんな告白を彼女は受け入れてくれて、次の日から付き合うことになった。


 今まで見てきた姿とは相反するように心を許してくれて色々な姿を見せてくれるようになった。学校帰りには一緒にゲームセンターで遊んだり、休みの日にはお互いの家に行って遊んだりもした。


 たまには公園に行って遠足もしたし、自転車で海まで走ったこともあった。


 とてもアクティブで楽しい経験をした。


 もちろん、恋人らしくキスもした。初めては付き合って1カ月くらい。もちろん、大人なこともしたさ。


 そういう経験をたくさんして、学校祭や文化合宿もして、2年生になり、修学旅行先でもデートをして、あっという間に3年生。


 事件はその時だった。

 

 俺と彼女の進学先には違いがあった。俺は地元の国立大学で、彼女は道外の芸術大学。勉強はできていたのでその部分は問題なかったが、イラストや絵画を描くのが得意だった彼女は絵を専門的にやりたいとのことでそういう進学先になった。


 もちろん、別れる気はなかった。受験期だし、お互い関わらないようにすることにしていた。話し合って決めたことだ。大学に合格して、その後に二人で抱きしめ合ってたまっているものを発散しようと決めたのだ。


 だが、彼女はそうじゃなかった。


 俺が毎日のように勉強している最中。イラスト描きの男友達に浮気してしまっていたらしい。


 もちろん、最初きいたときは怒ったさ。お互い頑張るために距離を置いたのに、彼女はしてくれなかったのだ。


 でも必死に謝る彼女を見て俺は許した。

 真面目な彼女ならもうしないと思っていた。

 だって、信用していたんだ。


 でも、それが間違えだった。


 あれから俺も別にいいよね、と思うようになった。

 だって、そっちもやったんだからと。


 まさに思い上がり。

 ほんとにくだらないけど、若かった俺には色々と難しかったのかもしれない。

 昔の人を助ける俺ではなく、加か減かでしか考えられない人間になっていた。


 そして、都合がよく俺は違う女の子とも一緒に話そうようになった。

 まぁ、もちろん付き合ったりはしていないが心が揺らいだ。

 少しだけ。


 しかし、彼女も同じだった。


 言えない立場だと言うのに俺は激怒した。

 多分、怒りに身を任せて言ってはいけないような怒号を吐いていたと思う。そのくらい心がやられていたんだ。


 しかし、その声は彼女には届いていなくて、目の前にいたのはただただ恋愛に飢えている、ビッチになった女子だった。


 そしてそれを見つめる俺は最低な男に成り下がっていた。


 その光景を客観していた俺に。


「あっそ、じゃあね。もう一生いたくないわ」


 ことを言ってきた。


 その言葉が鮮明で、自業自得の化身に思えた。

 何度も冷静になって考えて俺はその経験を胸に刻んだ。


 少し女性に苦手意識も芽生えていたのでサークルに入って克服しようとしていた。

 だんだんとそれも薄れていたときだったのだ。


 彼女と再会したのは。


 トラウマを呼び起こし、もしも三苫さんに心を許したらそんな風になるんじゃないかと怖い気持ちが蘇る。


 別に嫌とかではない。三苫さんは凄く家庭的で、たまに怖い所もあるけど可愛い後輩だと思っている。


 でも、そう簡単には克服はできない。


 俺が一通り話し終えると、三苫さんは俺の手を包み込んだ。


「先輩……私は、大丈夫ですよ……」


「え、あぁ」


 別に付き合っているわけではない。

 俺に囚われる必要はないんだ。


「私は好きで先輩と一緒にいますから……気にしなくていいんです」


「……ありがとう」


「えぇ、いずれ、行く末はきまっています。だから、大丈夫です」


 柔らかい表情ではにかむ三苫さんに面を食らっていると、丁度炊飯器が鳴った。


「あ」


「……食べるか?」


「はい。食べて元気出しましょうっ」








<三苫涼音>


 彼女さん、か。

 最低な彼女さんですね。


 ほんと、次に現れたら私がやっつけてやります……地獄の底に引きずり込んでやる。


 



 


 


 

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