第17話「嫌な予感」


「なんで……ここに」


 そう口で呟きながらも俺は嫌な予感を昨日から感じ取っていた。

 

 俺の大学のオープンキャンパスはゴールデンウィーク初日から始まっている。ゴールデンウィークは三日前からなので、その日から高校生や中学生が研究内容を見に来ているのだ。ただ、その日はまだ講義があるので大学生もいて、よりリアルな学生生活を生で見られるために多くの人たちが身に来ていた。


 そこで、見たのだ。友達と歩いていると見覚えがある子に。


 


『なぁ、ムラさぁ。後期の授業何取るか決めてる?』


『え、後期? 馬鹿言え、こんな時期から決めてるわけないだろっ』


『まぁ、そうだとは思ったけど……後期は忙しいって聞くからさ、不安になったっていうか』


『言うてだろ。安心しなって……そう言えば一馬って最近あの子とどんな感じなんだ?』


『あの子?』


『ほら、サークルに来てたじゃん。しーちゃんの後に一馬に話し言っていた子』


『あぁ、三苫さんか。って、しーちゃん……』


『しーちゃんねぇ、いいだろ! めっちゃ可愛いんだよなぁ……あいつ』


『急に惚気かよ』


『一馬だって一緒だろうがよっ』


 にははと笑いながらムラは俺の背中をバシバシと叩いてくる。普通に痛い。それに、あそこですぐに付き合えるやつとは違う。


『……なんだよ、その目は』


『いや、別に一緒じゃないと思ってな』


『一緒じゃない? なんだ、まだ付き合ってないのか?』


『当たり前だろ……あんな美人、俺にはもったいねえよ』


『ははっ――違いねぇ!』


 今度は腹を抱えて笑い出す。正論だし、俺が言ったことだとは言え、モテる奴にこれを言われるのは腹が立つ。


『……あの、だれがもったいないんですか?』


 ムラがガハガハ笑っていると、後ろから聞き覚えのある声がした。


『え』『あ』


 とんとんと肩を叩かれて、振り向くとそこにいたのは不気味な笑顔をしていた三苫さんだった。


『三苫さんっ』


『先輩っ! こんにちは! それと、隣の野獣は……あぁ、会長さんでしたかっ。それで、先輩にとってもったいないと聞いたんですけど……そうなんですか?』


 ギロリ。

 言葉の棘もそうだったが、何より三苫さんの鋭い目がムラの顔に突き刺さっている。


 刺さっているというか俺の目には貫通しているように見えるが、そんな言葉にさすがのこいつも狼狽えていた。


『あ、あぁ……いや、別に、その……言葉のあやって……いいますか?』


『へぇ……それで?』


『あ、その……はい。すみませんでした!!!』


 あっけない平謝りをかますムラ。その姿は椎奈さんに見せたくないな。あまりにもダサい。


『……あの、先輩っ。それでお昼一緒にどうですか?』


『え、ちょっと一馬は俺が——』


 まさかの取り合い? だなんて思っていると三苫さんは用意周到に笑みを浮かべて、指をさした。


『椎奈さん、待ってましたよ?』


『え、まじ⁉ 行ってくるわ!』


『お構いなく~~』


 すると、まるで餌に釣られたチーターのように颯爽と指さす方向へかけていく。それを見届けて、三苫さんはすぐ俺の腕に捕まった。


『じゃ、行きましょうか!』


 ほんと、この可愛い後輩は怖いな。


 そんな一連の流れをしていたときに横を通った女子高生にふと目がいってしまった。


 いや、別に高校生が好きとかそういうロリコンチックな趣味があるわけじゃない。ただ、どこかで見た気がして……いや、絶対に見たことがある気がしたのだ。


 雰囲気と声色。友達と仲良さそうに話しているがその表情も誰かに似ている。


『じゃあ、今度は理学部にでも行こうよ!』


 そう言って、彼女がこっちを向く。

 そこで俺はようやく気付いた。


 焦げ茶色のボブに綺麗な二重。

 見覚えのある制服、何よりも何度も聞いた事のある声。


 彼女は俺が高校の頃に付き合っていた彼女の妹だ。


『あの、先輩?』


『ん、あぁ……すまんっ。行こうか』


『は、はいっ!』


 三苫さんに訊ねられそうになって俺は見て見ぬふりをした。






 ——しかし、それが今仇となった。


「あ、あなたこそ……」


 妹とは違う綺麗な黒髪。すらっと細身の体に胸は控えめで、大和撫子と言える。髪の色も目の色もどことなく三苫さんには似ているが雰囲気は全く違う。


 彼女は紛れもない元カノ、南野琴音みなみのことねだった。


「お、俺は……買い物に来ただけでっ」


「そ、そう……私、すぐに行くからっ」


「いや、でも脚が!」


「いいから!!! あなたとは、いいの。もう関わりたくないのよ……じゃ、じゃあね」


「ちょっと——」


 すると、目元を隠しながら彼女は走って逃げていく。全然早くない。走れば追いつく。そんな風に見えたのに俺の脚は動かない。


「——」


 何か声に出そうにも出なくて、頭に琴音の声が響き渡る。


『もう関わりたくないのよ』


 と。


 それを飲み込んで、久々に打ち付けられる負の感情。

 少しだけ頭が痛くなって足元がふらつく。



「っく……なんで、今更」



 どんどんと思いよこされる記憶に足元がぐるぐると回る。




「ダメだ……考えるな」





 きっと、関わっていはいけない。

 これ以上。あの頃の出来事を再びやってはいけない。


 俺がしてしまったこと。


 だからこそ、三苫さんとは間違えたくないんだ。

 俺の思い違いで、勘違いで……付け上がりで……傷つけたくはないんだ。



 










<三苫涼音>


 お姉ちゃんを迎えに行っているとスマホにピコンッと通知が来る。


「あれ、先輩だっ」


 いきなりどうしたんでしょう?

 もしかして、もう深雪ちゃん帰ってきたんでしょうか?


 スマホを取り出して、ラインを開く。するとそこには――


『いつもありがとう』


 と短いメッセージが書かれてあった。


「え、なんですか⁉ 急に‼‼」


 もしかしてこれはそう言うサイン⁉ 私に先輩の肉棒を捧げてくださるサインでしょうか⁉


 えへへぇ、ほんとですかぁ先輩。


 このタイミングで、いきなりぃ~~あ、もしかして妹さんに私を取られてやっぱり嫉妬してるとか……それなら凄く可愛いです!


 あぁ、もう私がいっぱい堪能してあげるんですからぁ。

 そこまで考えなくてもぉ!


 よし、こうとなったらお姉ちゃんたちがいなくなったらグイグイいかないと!!

 先輩の事は絶対に私が幸せにしますから、もう少しの辛抱ですね!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る