第16話「なんでここにいるんだ?」
深雪を大学に送り届けてから30分後、一旦家に帰り身支度を整えてから二人で近所のスーパーへ向かった。
買い物かごを乗せたカートを引き、今日の献立に対して相談する。
「そう言えば、あの、深雪ちゃんって好きなものとかありますか?」
「好きなもの? そうだなぁ、あいつ結構男っぽいところあるからなぁ」
「別にそうは思いませんでしたよ? 背も私と同じくらいだし、小動物みたいで凄く可愛かったですけど、深雪ちゃんは」
「あはは……まぁ、見た目はな。中身の話はまた別だぞ?」
「それがいいところじゃないですかっ。ギャップ萌えは男だったら誰にでも効きますし!」
「う~~ん。正直、よく分からないけど」
「兄妹だったらそうかもですねっ。でも、私が男の子だったらきっと惚れてます! まぁ、先輩と義兄弟になれますし」
「義兄弟?」
「な、なんでもないです。そ、それよりですっ、何か好きなものあります?」
少々話が反れてしまって、再び思考を戻した。
いやはや、しかし深雪の好きな食べ物は今まであまり意識してこなかった。ただ、強いて言うなら思い当たる節はある。
「強いて言うなら、おばあちゃんのカレーが好きだったかな」
「カレーですか?」
「まぁ、そうなんだけど。お母さんのじゃ満足できないっていつも言っていたかな」
「となると……おばあちゃんの味が食べたいと」
「最近は少し体調悪化しちゃって入院中だから当分食べれてないんだよ」
「……そうなんですか。なんか、ごめんなさい」
「いやいや、なんにも。まぁでもさ、きっと三苫さんにカレー作ってもらったら喜ぶと思う。ほら、三苫さんの料理凄く美味しいし」
「そんな、美味しいなんて……照れますよぉ」
ぼそっと褒めると彼女は頬を赤くして、顔を隠す。
お世辞じゃないし本音だ。照れてくれるのは嬉しい限りだ。
「作ってもらえるか?」
「はいっ。もちろん、先輩と深雪ちゃんのためならなんでも作りますっ」
ギュッと手を握り締めてポーズをとる彼女。ゆさっと黒髪が揺れて、少しいい匂いがする。
最近、一緒にいることが多くなって気付いたが三苫さんはスキンケアや髪の保湿などにかなりの時間を使っているように見える。まぁ、外見からして当たり前だとは思うが、そんな当たり前も当たり前のようにしているのが俺からしてみれば凄い。
本当に、俺なんかと言ってもったいないくらいに凄い。
笑みを返すと、笑い返してくれて……なんか、なんでこんな時にって感じだけど、幸せだなと思ってしまった。
「……あの、先輩?」
「え、あぁっ……ごめんごめん」
「なんかありましたか?」
「大丈夫っ。ちょっと考え事をっ」
「……ならいいんですけど。ずっと見つめられていたのでなんかあったのかなって思いまして……あっ! もしかして変なこと考えてました?」
「んな⁉ ……っま、まぁ見てたのはそ、そうだけど……」
言われてみれば、確かに今日の服装は胸元の主張が強い気がする。
「あれれぇ……先輩、私のココっ見てどうしたんですかぁ?」
「……っい、いや……まぁ、そのなんていうか……うん」
「動揺してますよ~~」
さらにいたずらな笑みを深める。
さすがにこれ以上は変な濡れ衣まで掛けられそうだったので俺はカートを奪う。
「ほ、ほら! いいから買い物続けるぞ!」
そうして、30分後。三苫さんからの追撃を何とか避けつつ、無事に買い物を終わらせた。
「はぁ……やっと終わったぁ」
家から数分のスーパーなのにここまで疲れたのは初めてて、溜息が漏れる。
「やっとってなんですかぁ……まるで私といたくないみたいなこと言って……」
「いや、自分で自覚あるでしょっ。俺はおもちゃじゃないんだからな?」
「あれ、バレてました?」
「バレバレ。というか、隠す気はないでしょ」
「まぁ、そうですね。でも先輩の焦っている顔は好きなのでもっとしたいです」
「……自重してくれ」
「なんなら痛がる顔も好きです」
「……はぁ」
「そう言えば、先輩」
「ん?」
「私、少しだけ用事あるので先に帰ってもらってもいいですか?」
「用事? 何かあるのか?」
「内緒です。その、これから迎えに行くので」
「内緒ってか今言ったじゃん。誰を迎えるの?」
「それが内緒ですっ。せっかく深雪ちゃんもいるので、見せておきたいので」
「はぁ」
「じゃあ、行ってきます! 先に帰って待っててください!」
「ちょ、おいっ——」
掴もうとすると、三苫さんはすぐさま走り出して駅のある方へ消えていく。あまりに急だったので動くことが出来ず、その場に一人残されてしまった。
にしても、迎えに行くって一体だれをなんだ?
深雪に見せたいって……。
カップルとかである家族を見せておきたいとかいうあれなのか?
いやいやいや! 俺たちは付き合ってないし、変なこと考えるのはよせ! 俺はあくまで仲のいい先輩。もっとこう、道を示すとか健全な……。
まさか、彼氏ができたとか⁉
はぁ、まったくもう。
色々気にしすぎだ!
俺はメンヘラじゃないんだから、だいたい付き合ってもない後輩の事を心配しすぎるのも良くないってんだ。ただ見守ってやればいい。
三苫さんが気を許してくれているのはそう言うことじゃないんだからな。
「……ったく、ほんと俺は」
ため息が漏れて、一人空を見上げて邪念を晴らす。
数秒ほど深呼吸して、歩き出す。
「……か、帰るかぁ」
どうしようもなく、結局俺は一人家に帰宅することにした。
そして、その帰り道。
俺がちょうどコンビニ前の道を通り過ぎた時だった。
「きゃっ」
前から歩いてきていた女の子が声をあげてその場に倒れた。手を付いたがかなり盛大に転んでいたため、直ぐにじわっと血が出ているのが見える。
さすがにほっとけないなと思い、走り出し駆け寄った。
「あ、あのっ——大丈夫ですか」
「あっ……す、すみませんっ」
たまたまポケットに入っていた絆創膏を取り出して、彼女の顔を見て渡そうとした瞬間だった。
「え……なんで」
何か唖然とした声が聞こえる。
それも真正面。
声の先はまさに今、俺が絆創膏をあげようとした相手。
何かしたかな……と呑気に考えながらも、俺はそんな女の子の方へ顔を向ける。
ゆっくりと顔をあげていく。
綺麗な白い足に血がついていて、少し露出の多い服を着ている彼女。
だんだんと素性が露わになっていき、目が合ったところでそれが何なのか理解した。
「えっ……」
どうしてここにいるのかも。
なんで今あってしまったのかも。
すべてがめぐり合わせて、運が悪いなと感じる。
しかし、事実は変わらない。
そこにいた女の子は紛れもなく、高校の時に付き合っていた元彼女だったのだ。
<三苫涼音>
はぁ……先輩すごく困ってたけど、そんな顔をカッコよくて惚れちゃいます。
一緒に買い物も初めてだったけど、もっとこんな風にいろんなところ行きたいなぁ。
まぁ、そういうのはまだまだ先でも大丈夫ですよね。先輩には私がずっとついてますし。余計な女は排除しますからっ。
それに、深雪ちゃんにお姉ちゃんも来てもらうだなんて、私たち絶対に赤い糸でつながってますよね!
えへへぇ。
もっともっと、いっぱいいっぱい繋がりたいなぁ。
先輩のあんなところも、そんなところも。
好みから爪の形まで、ぜーんぶ知りたい。
……でも、なんか今日の先輩よそよそしかったなぁ。
どうしてなんでしょうか。
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