第14話「誰だあの女……え、先輩の妹さんなのぉ!?」

 あっという間に時が過ぎ、そして週末。


 今日はお互い溜まっているレポートや宿題を進めることにしていた。


 昼休憩も終えて、午後1時前。


 ピンポーン、と玄関の鐘がなった。


 そんな音に少しだけ肩を震わせながら、お互いを見つめる。


「あれ、先輩……通販ですかね?」


「ん、あぁ……かもしれないけど。ちょっと待っててくれ」


 正直なところ、通販サイトで何かを頼んだ記憶はない。


 確かに俺はプライム会員で配送料が無料にはなるので買えば買うほどお得かもしれないが、生憎とネットで買うのはタイムセールがある時くらいだ。


 それに、今日は5月の初め。

 ゴールデンウィークが始まって、かれこれ二日ってところだ。


 この期間はサークルの活動も塾のバイトもないので、三苫さんが俺の家に来てくれて色々とご飯を振舞ってくれていたし、ご飯を頼んだりする必要はない。



「はーい、まっててください~~」


 どうせパソコン機器でも頼んだんじゃないかな、なんて考えながら扉を捻ると明るく聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。


「あ、久しぶり! 来ちゃったよ~~」


「っ……み、深雪⁉」


 我が妹、よく知った深雪の顔を見て俺は驚いてしまった。

 全くの予想外。


 いや、予想外と言うわけではない。深雪が来ることはもちろん知っていたのだが、だがしかし、それが今日だなんて、いやまさか今日だったなんて……思っていなかった。


 つまり、何を言いたいのかと言うと妹が今日俺の家に来てくれるということをすっかり忘れていたのだ。


 思わず鍵を開けてしまい、深雪が元気に部屋に入ってくる。


 ズコズコと侵入してくる我らが妹深雪さんの行動を止められずにあたふたしていると、奥の方から三苫さんの心配そうな声がする。


「大丈夫ですかぁ~~」


「あ、あぁ! 大丈夫~~」


 別に隠す必要は何一つない。しかし、この時の俺はだいぶ焦っていた。


 いや、本当に悪気はないし、やましいことは何一つないって言うのになぜか、なぜだか三苫さんには何も告げなかった。伝えなかった。


 なんなら、妹が来ることは三苫さんも知っていたのだから。いつ来るのかまでは告げていなかったから、驚くには驚くが言えば許してくれるはずなのだ。


 そして、そのせいで話がこじれることになる。


 靴を脱ぎ、上着をぬいでほっぽりだし、リビングに行こうとする深雪みゆきを全力で静止する。


「お、お兄ちゃんっ——なんで服引っ張るの、伸びるからやめてよ!」


「あ、あぁ……いやほらな、今はほら風が映る時期でもあるし~~先にシャワーでも浴びていけってなぁ!」


「何言ってるのよ、そんな時期じゃないじゃん」


「え、えっと……五月病とか?」


「……お兄ちゃん、私よりも馬鹿だったっけ?」


「あははっ……」


 やばい、誤魔化せない。

 これでは三苫さんと鉢会ってしまう。


 と別に何の問題でもないことに焦っている俺。


 そんな声を聞きつけたのか、三苫さんが玄関につながる廊下の方にやってきた。


「先輩……どうした、んです――――」


 その瞬間、俺の心臓は一瞬だけ止まった。

 理由はもちろん言うまでもなく、その目が怖かったからだ。


 さっきまでおっとりとしていたはずの綺麗な目が一気に変色していく。色味が無くなり、輝きもなくなり、黒く籠った雷雲のような色へと変貌した。


「あ、え……みと、まさん……」


「ねぇ、この子は……どういうことですか?」


 目が笑っていない。

 口元はにんまりと微笑みを貫いていたが目が明らかに病んでいる目だった。

 まるで人を馬鹿にするような見下しているような目。


 しかし、どんなドMが見ても恐怖するくらいに不気味な目をしていて、一瞬で背筋がゾっとして口が固まった。


 俺は何と対峙しているんだ?

 彼女はメデューサなのか? そんな疑念すら生まれる。


「ねぇ、先輩……そんな汗かいてどうしたんですか?」


 修羅場。

 自分の妹ですと言葉が出なくて、そんな三文字と化している。


 挙句の果てにはどこから取ってきたか分からない包丁を手前にかざしてにへらと笑みすら浮かべている。


 終わった。やられる。

 そう思って深雪のほうに視線を送ると、不思議そうに三苫さんのほうを見つめながらこんなことを言い出した。


「あれ、もう料理してくれていたんですか?」


 なんとまぁ、我が妹深雪ちゃんは煽ったのである。


 この状況。三苫さんは確実に彼女さんだと勘違いしているというのに、そこに逆なでするような煽りを入れたのだ。


「あらあら、ご冗談が上手ねぇ……あなたこそ、どちら様なのかしら……?」


 目の奥が笑っていない。

 それに怒っているからなのか、日本語が少しだけおかしい気もする。


 しかし、そこで妹が何かに気づいたのか、すぐにこう言い返した。


「あ、もしかしてその……噂の三苫さんですか?」


「……噂ぁ?」


 今度はその不気味な笑みを俺に向けてきた。思わず、「ひぇ」と声が出て、腰が抜けそうになり、俺は数歩後ろに下がる。


 しかし、先には深雪が立っていて、後ろにやっていた右手がむにゅりとぶつかる。


「ひゃんっ」


「……あ、ごめ」


「ねぇ、先輩……いや、一馬くん? 私、いっぱい頑張っていたのに……他の女の子のことを触って何のつもりですか? ねぇ、どういうことですか?」


「えっいや、ふ、不可抗力でっ……」


「—————っどういうことですか?」


 サーっとまるで幽霊のように駆け寄ってきて、鼻と鼻がぶつかる距離まで詰められる。


「あっ……いや」


 怖い。というか怖くて声が出ない。

 そのせいで余計にこじれてくる。


 さらには。


「……や、やめてよっ、胸に当たってる……」


「んぐっ」


「えへへへ……えへへへ、へぇ?」


 後ろからの追撃。

 三苫さんがさらに近寄り、口角をより一層あげている。


 あ、やばい。


 そう思った時だった。


「お、お兄ちゃん! 離れてって……」


 深雪の言葉に三苫さんが静止する。


「……お兄ちゃん?」


「は、はい?」


「もしかして……あなたが妹さんですか?」


「え、あ、あぁ~~そうですね。お兄ちゃんとちゃんと血がつながってる妹ですよ?」


「……?」


 今度はお互いのほほんとした表情を浮かべる。


「えと……義妹さんとか?」


「そんなわけないじゃないですか! 私は正真正銘、三好深雪です!」


「じゃ、じゃあ……あの妹さん?」


 少しずつ表情が崩れていき、明るくなっていく。


「——もちろんです!」


「はわああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」


「え、え、えぇぇ⁉」


 急に興奮した三苫さんが包丁を持っていた教科書に突き刺して放り投げ、深雪に向かって走り出して思いっきり抱き着いた。


 驚く妹にめちゃめちゃ嬉しそうな後輩。

 そんな二人を眺める焦りまくっていた俺。


 そうして、なんとか誤解は解けることになり、波乱万丈なゴールデンウィーク三日目が始まったのだった。


 





<三苫涼音>


 なーんだ。

 妹さんだったのかぁ……まったく、もう少しで殺しちゃうところでした☆


 


 

 


 

 

 


 

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