第12話「先輩には女の子なんていりません」
そして、翌日。
俺は三笘さんを塾まで案内するために、スーツに着替えて迎えに来ていた。
さてさて、昨日買ったスーツはどんな感じに仕上がっているのか楽しみだ。
実際に彼女が何を買ったのかは知らないので少しドキドキする。
きっと、子供の制服姿を心待ちにする親もこんな気持ちなのだろうかとくだらないことを考えていると彼女の部屋の扉が開き、玄関から姿がチラリと見える。
「あ、先輩っ……お疲れ様です」
「お、おう……」
部屋から出てきたのは買いたてのスーツに身を纏った可愛い後輩だった。
スーツの種類はスカートのリクルートスーツで、胸の大きさも張ったスーツのジャケットの上からでも分かり、妙な色っぽさを醸し出していた。
それも、OLさんのコスプレをしている様で何とも言えない感じでもある。
少しだけ慣れない手つきで髪をかき上げる三苫さんを見て、俺も心が和んだ。
「緊張してる?」
「は、はい……少しだけ」
「あはは、バイトは初めてだもんな」
「こんな感じでいいんですかね?」
自分を指さして、首を傾げた。
バイトの面接は特段関係ないと思うが、不安に思うのも初めてじゃ仕方ないだろう。
「あぁ、似合ってるから大丈夫だぞ」
「に、似合ってます……?」
「もちろんっ」
「……えへへ、ありがとうございますっ」
にへらと笑みを浮かべて頬を赤くする。
いやはや、何とも初々しい限りだ。きっと、子供の成長を見る親の気分はこんなものなのだろう。
「じゃあ、行くか」
「はい、お願いします」
そうして俺と三苫さんは俺が働いているバイトの面接へ向かったのだった。
家から歩いて約5分。
俺と三苫さんは3階建てのビルに入っている塾のドアをくぐった。
「こんばんは~~」
「あーい、こんばんは」
気の抜けた返事を返してきたのは俺よりも一年ほど前から働いている木下春香先輩だった。
「って、あぁお前か」
「……こんばんは、春香さん。あと、お前って言うのはやめてくださいっ」
「はぁ、どうでもいいこと言うんじゃねえよ。って、あれ? お前……その子は?」
「え、あぁ、彼女は——」
「三苫涼音ですぅ」
「ほう、んで何しに来たんだ?」
「面接です」
「ふむ、そうか。どうせそこの男にドヤされてきたんだな……」
「ダメですかね?」
「……何ぃ?」
「って、あぁ! ちょ、二人とも何睨みあってるんですか!」
俺はすぐ、入って数秒で睨みあう二人を引きはがした。
ギロリといつも通りの目つきで睨みつける春香さんはさておき、後ろから悪きオーラを醸し出している三笘さんを覆い隠すように壁に寄せる。
「なんで睨んでるのっ……」
「いや、だって腹が立ちましたので」
「まぁ、気持ちはわかるけど……あの人はああいう性格なんだっ。頼むから許してやってくれ」
「じゃあ、先輩にもあんな感じなんですか?」
「そ、そうだけど」
「それならなおさら許せません。先輩に色仕掛けする女も酷い扱いをする女も嫌いです」
「心配してくれるのは嬉しいけど、ほら、せっっかくの応募先なんだからさ。頼むから気にしないでやってくれよ……受かんなかったらやばいし、ほら、一応先輩だしさ?」
「あの女は先輩のなんかなんですか?」
「あ、あの女⁉ 何にもないから大丈夫だって! あと口の利き方には気を付けて!」
「先輩がそう言うならそうしますけど……一緒のバイト先になれないのは嫌ですし」
「んね? ほら、分かったら奥いくよ!」
止まらない三苫さんに俺は何とか言い聞かせながら、せっせと塾の奥へ向かった。
まったく、どうしてこう……変なところで意固地になるんだよな、この子……。
「はぁ……」
「先輩、どうしたんですか」
「自覚してくれ」
「むぅ……だってあの女がっ」
「だから!」
「わ、分かりましたよ」
これは最初からヤバそうな雰囲気だな……。
それから俺の仕事が始まり、やがて三苫さんも塾長との面接と試験が始まった。
というわけで、軽く説明に入るが俺のバイト先は大学からはもっと近くて2分ほどで、教員のほとんどが俺たちが通っている大学の生徒で構成されている個別指導塾である。
頭がいい子もいるし、頭が悪い子もいるって言う感じでそこらへんは普通の個別指導塾と変わらないのだがうちの塾はかなり放任主義だ。
塾の意向というか塾長の意向なのかは分からないがとにかく自由に徹していて、教え方は人それぞれ。
そのせいか、春香さんみたいに惰性で来ている先生もいるが、実際彼女は持ち生徒を全員高校や大学に受からせているし、教育学部の生徒なので実績はしっかりと持ち合わせている。
まぁ、いい意味で言えばしっかり実績を出していれば重宝される実力至上主義な塾でもあるし、悪い意味ではだらけてしまったら誰も助けてくらない厳しい塾とも言える。
教えられる生徒としてはかなり信用できるものだろうが。
面接が厳しい塾で有名だが入れば勝ちだからな。
「あ、先生。ここってどうやって……」
「あぁ、ここはね……」
多分、三苫さんは頭も良さそうだし、心配することはないだろう。
結局、その日のうちに三笘さんの合格が決まり、あれから二週間ほどの研修の末に彼女はすっかりお姉さん先生に変身していた。
一人暮らしの時もそうだったがバイトでも彼女の出来は素晴らしかった。
ここに勤めてから1年たった俺よりも仕事ができていると言っても過言ではない。女子生徒オンリーと言っていたため、俺が持っていた生徒を新しい男子生徒との交換した感じではあったがそれなのに彼女は上手く仕事が出来ていた。
その信頼度も凄まじく、初めての生徒とも仲良く話す姿も見れて真面目に勝てるところが少なくて自分が否定されている気分になる。
というわけで、今日はバイト終わりに一緒に帰る約束をしていたので外で終わるのを待っていた。
数分ほどスマホに目を向けていると、ガラガラと扉が開いて中から三苫さんが出てきた。
「あっ、先輩」
「おう、お疲れ様」
「はい、先輩こそお疲れ様ですっ」
にこやかな表情を見せる彼女。この前まで飾り物のようだったリクルートスーツが今では様になっている。なんて言っても、黒いタイツをスカートの下に履いている。
座ると繊維が引き延ばされて、少し透けて見えるのが色っぽくてたまらないのだ。
「先輩?」
「ん、あぁいや、なんでもないよ。じゃあ、帰ろうか」
「はいっ」
そう言って少し不思議そうな表情を向けている彼女の手を引いて帰路についた。
<三苫涼音>
はぁ、やっぱりスーツ姿の先輩もカッコいいなぁ。
すっごくハンサムで、イケメンと言うよりも……大人の色気を感じますっ。
二週間手をかけましたがしっかりと準備しておいてよかったです。先輩が女の子の生徒さんを3人も教えていたなんて思っていませんでしたし。
あんなカッコいい先輩がそばにいたら惚れちゃいますからね。好きになる前に彼の元から話しておかないと……。
しっかり確認したし、先生が恋愛対象ではない女の子たちでよかったぁ。もしもそうだったら、手が出てたもの。
さすがに殺しはしないけど、半殺しにしていたかもしれませんしね。
でも、先輩に他の女の子なんていらない。私一人で充分だもの。
それだけは真実だわ。
私が家に着くと、スマホがぶるぶると震える。
「もしもし~~」
『あぁ、すずっ。久しぶり、姉貴だよ~~』
「おれおれ詐欺の方ですか? 私、そう言うのには興味がなくてお引き取りk——」
『誰がおれおれ詐欺だよ。私だよ、私。あなたの姉でしょうが』
「あぁ、お姉ちゃん。お姉ちゃんだったんだ」
『すず。あんた、まさか本当に分かってなかったの?』
「それで何か用なのぉ?」
『無視ですか……まぁいいけど。それでさ、最近はどう?』
「最近? バイト始めたところと、えとぉ……先輩と仲良くなってきたって感じかなっ」
『バイト始めたんだっ。そして先輩と……へぇ、良かったじゃない』
「先輩に紹介してもらったの……スーツ姿の先輩がカッコよくて」
『塾講師?』
「うん、そう」
『へぇ、さっすがね。まぁしっかり仲良くしてるならいいけど』
「この前は一緒にデートしたし、最近は先輩の服を借りてるかなぁ」
『後者は何よいったい』
「え、先輩のジャージをずっと借りててね。毎日一緒に寝てるの~~。凄くいい匂いがして、寝れちゃうのぉ」
『あぁ……ごめん。聞いた私が馬鹿だったわ。それで、別の話なんだけどさ』
「何ぃ?」
『今度、お母さんに頼まれてあんたの家に行かなくちゃならなくなったんだけどさ、大丈夫? ほら、ゴールデンウィーク辺りに行くつもりなんだけど』
「うん、別にいいけど」
『あぁ、それにすずの愛しの先輩とやらを見てみたいしね』
「————へぇ。私、実のお姉ちゃんでも——殺すけど?」
『狙わないから安心しなさい。それに、私は彼氏いるし、すずが騙されていないか確かめたいしね』
「……騙されるわけないじゃない。先輩は優しいもん」
『はいはい、そういうのはいいから。とにかくそう言うことだから。近くなったらまた言うわね~~』
ぶつり。
まったく、お姉ちゃんは何考えているのか分からない。
先輩は良い人だもん、何度も私を助けてくれたすごくかっこいい人。
今すぐ抱かれたい、そんな人だもん。
だから、先輩は私一人で満たしてあげるの。
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