第9話「先輩のすーつ……はぁはぁ」

 

 あっという間に翌日のその時間が来た。

 4限目が終わった午後4時前。


「お邪魔します~~」


「いらっしゃい……雨降ってたけど大丈夫か?」


「えへへ、濡れちゃいました……」


 綺麗な髪を濡らしながら笑っている姿に少し胸をドキッとさせて、彼女を家の中に入れる。


 水も滴るいい女とは言うが、彼女は別格だな。


 それに、水に濡れたシャツでブラジャーの紐が透けていているし、気付いてないのかな。


「あぁ……さすがにシャワー浴びてくか?」


「そ、そうですね、ごめんなさい。借りてもいいですか?」


「あぁ、もちろん。着替えとかは……まぁ、ないよな」


「そ、そうですね……でもさすがにそれは悪いので大丈夫ですっ」


「いや、大丈夫だから。さすがに濡れた格好でいたら風邪ひいちゃうだろ? 俺、けっこう着ない服あるから貸すよ」


「べ、別に裸でもいいですけど……」


 すると、今度は少し頬を赤らめてボソッととんでもないことを言ってきた。


 いや、駄目だろ。


 てか、何言ってんだ三苫さんは。


 いやまあ、俺も男だし、見たくないわけじゃないがそう言うことじゃないけど?


 むしろ見たいというかなんというかだ。


 ただ、シャワー貸して着替えを貸さないで女の子を裸のままにさせるのは鬼畜の所業過ぎるだろ!


「……いいから、そういうのは」


「じょーだんですよ? どきっとしてくれましたか?」


「はぁ……まぁ、冗談ならいいんだけどさ」


「えへへぇ……じゃあ、お借りするので待っててください」


「あいよ……」


 というわけで、俺は三苫さんが持っていたリュックを預かってリビングへ向かった。







「……」


 余裕ぶっていたがさすがに、ヤバいかもしれない。


 さっきまで一緒にいた女の子、それも同じサークルの後輩が家にいる。しかも裸で体を洗っているのだ。


 その明らかな事実に目が当てられないほどに心臓がバクバクしていた。


 シャワーの音に、三苫さんの鼻歌。すべてが気になってままならない。


 あれ、何のために来てもらったんだっけ? この後するんだっけ? なわけ、馬鹿なことを言うなって俺は何を考えてんだまったく。


 しかし、壁一枚を挟んだ向こう側にいる後輩は気になって気になってしょうがなかった。


「ふぅ……ダメだ、一回落ち着こう」


 このくらい普通だ。


 後輩が家でシャワーを浴びる事なんて当たり前なんだ。この程度でバクバクしてたら今後生きていけないぞ。


 なんとか横暴な理論を深層心理にぶつけて、息を整えた。


 ひとまず、バッタリ裸で出てしまった彼女に遭遇することないように着替えのジャージとタオルを置いておくことにしよう。




 それから20分ほど時間が経ち、ちょうどスーツをクローゼットの中からスーツを取り出そうとしていると奥の方から声がする。


「あがりました~~」


 声が聞こえてドキッとしたがやがてドライヤーの音が聞こえる。少し身構える時間があったので良かったのだがすぐに三苫さんはリビングの方に入ってきた。


「あはは……先輩のこれ、ちょっと大きいですね」


「あ、あぁ……そう、だな」


 にへらと笑う彼女。

 俺が高校の時に着ていた学校指定ジャージを身に纏っている姿は、男の俺にとって何かこう、胸の奥底から湧き上がるものがあった。


「これって、その……先輩の高校のジャージですか?」


「そ、そうだよ……一応寝巻で着たりするやつなんだけど」


「寝巻……いいですね」


「え?」


 疑問に思うのと同時に、彼女はかなりぶかぶかなジャージのチャックをギューッと上にあげて、鼻を沈ませる。


 すると、すぐにクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。ずっとしまっていた奴だったけど、臭うのかな。


「臭いなら……違うのにするけど」


「これで大丈夫ですっ」


「そ、そうか?」


「はいっ!(というか、こっちがいいです)」


「……な、ならよかった」


「あの……先輩?」


「何?」


「せっかくなので何かご飯でも食べませんか?」


「ご飯……出前とか?」


「私、作るので台所貸してください。どうせいつも18時前には食堂でご飯食べちゃいますし……駄目ですか?」


「いやいや、作ってくれるなら全然食べるけど……」


「じゃあ、早速やりますね! せっかく先輩のジャージ借りましたし、すぐに脱いじゃうのも悪いですからねっ」


「別にいいのに……」


「いいんです、ほら、作ってくるので待っててください!」


 確か冷蔵庫に食材なかった気がするけど、大丈夫かな。


 しかし、そんな不安も覆してすぐに料理が始まった。


 生憎と俺はあまり料理ができない。そう考えると、この間言った「何かあったら聞いてね」っていう台詞がどうしても恥ずかしくなってくる。


 真面目に料理も掃除も一人暮らしも教えてもらいたいな。


「ふぅ……」


 とはいえ、こうやって女の子が料理しているのを待っていると少し考えてしまう。結婚とかしたらこうなるのかなと。俺なんて何にもできないからきっとお世話される側になっちゃうだろうけど。


 頑張るところは頑張らないといけないな。少しくらい、勉強して良いかもしれない。


 三苫さんがお嫁さんか……悪くないのかな。

 って、ほんと何を上から目線で、彼女にはもっといい人がいるだろうに。


 邪な考えを持つのはやめにしよう。とにかく、気長に待つか。


 そうして十分後。

 あっという間に彼女が作った親子丼が食卓に置かれる。いい匂いがして、思わず涎が垂れそうになる。


「——す、すごいな。あんな冷蔵庫の中身から」


「えへへ。得意料理なので」


 ゴクリ。

 生唾を飲み込む。まるでお店にでも来ているんじゃないかと錯覚するほどだ。


「ささ、食べちゃってくださいね?」


 もはや自分が人間であることも忘れて、「よし!」を言われた犬のようにどんぶりに齧りついた。






「ってまじでごめん。うますぎて、ついつい我を忘れてて」


「いいんですよ? 美味しかったのなら本望ですからっ」


「……面目ない」


「じゃあ、その……スーツ着てみるか?」


「はい、そうしますっ」


 そうして、俺が台所に二人分のお皿やフライパンを下げている間に三苫さんには出しておいたスーツを着てもらっていた。


 またもや、脱いでいる後輩がすぐそばにいるっていう事実にいろいろと邪な思いが浮かんできたがなんとか流れる水に視線を集中させ、皿洗いの鬼になること5分足らず。


 ちょうど洗い終えたところで声が掛かった。


「————どう、ですかね?」


 やはり、予想通りブカブカだった。

 スーツを萌え袖で来ていて、まるで中学生になりたてで大きな制服を買ってもらっている生徒みたいだった。


 しかし、それでいてどこか色っぽくて可愛いし……ちゃんと胸元が膨らんでいて何とも言えないコスプレみたいだ。まぁ、俺は嫌いじゃないがな。


「なんか、袖が長くて……」


「デカかったな」


「はい……やっぱり買わないとダメなんでしょうか」


「そうだなぁ……別にうちもそこまで厳しいわけじゃないけど、やっぱりスーツが多いし」


「ドレスじゃあ、だめですよね」


 三苫さんがスーツ姿で高校生の男の子に勉強を教えている姿を想像する。



 うん、駄目だ。俺が生徒だったら確実に勉強どころの話ではない。胸元に目が行き過ぎてむしろ勉強が出来なくなって志望校に落ちるわ。



「……駄目だな」


「ですよね……じゃあ、買いに行きます」


「いいよ、俺も手伝うから」


「ほんとですか?」


「あぁ、近くにスーツ屋さんあるし、明日か明後日に行くか」


「じゃあ……また明日でお願いします」



 その後俺たちは少しだけ二人で雑談して、暗くなる前に彼女を家まで送ったのだった。









「さて……今洗濯している三苫さんの服、どうしようか……」








<三苫涼音>


 はぁ、これ……着てっていいよって言ってたけど、いいのかなぁ……。

 一馬先輩のジャージ。

 しかも高校生の彼のジャージ。


 きっと、高校生の先輩もかっこよかったんだろうなぁ。


 名前がついてるし、少し汗臭さがあって興奮しちゃう。


 彼の匂いもするし……考えるとおかしくなってしまいそう。


 それと……今、直に来ているし……下着も置いてきちゃったなぁ。


「はぁ……」


 なのに、一緒に歩いちゃった。


 あはは、ははは!

 もう、気持ちぃ……だめだわ。

 気持ち良すぎるよぉ……ん。


 先輩のスーツも、ジャージも全部全部濡らしちゃった……。











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