第2話「プロローグ②」
なんで走り出しているのかも分からなかった。
殺されそうになっている女の子が可哀想だから?
目の前で女の子に死なれてしまったらバツが悪いから?
そう言う気がするし、違う気もする。
しかし、動き出した足は止まることはなかった。
人々の流れに逆らって、女の子の方に走り出す。
何の力もないのに、なぜだか無性に助けたくなって……足が動く。反対方向に行こうとしている俺にぶつかってキレ散らかすおじさんやおばさんの声も半分くらい聞こえていなかった。
むしろ、ここで逃げる方が人間としての本能で合理的だと言うのに、彼らの罵声が聞こえなくなるくらいに必死になっていた。
「——や、やめて……くだ、さい……」
奥の方で女の子から震える声が聞こえる。
何度も立ち上がろうとして、その度に抜けた腰を地面に叩きつけて、表情は満身創痍そのもの。
そして、女の子の前には殺人鬼の男がニタニタした不気味な笑顔を浮かべながら立っている。血のこびり付いたナイフが異様な恐怖心を逆撫でして、遠くから見ている俺の胸を締め付ける。
「ははっ……ははははっ……はははははははははっっ!!!!!」
男は心の底から笑いながら、血のこびり付いたナイフを口元に持って行きぺろりと舐めた。そんな姿を前に女の子は大粒の涙を流していた。
「ま、や……やだ……ょ」
小さな声が聞こえる。
「た、助けて……うぅ……ぁ」
震える声で最後の力を振り絞り、その女の子はなんとか握った拳を男の足元にぶつける。ぺちん、と音がなって、力尽きたかのように女の子は動きを止める。
意味がない攻撃に、くだらなくなったのか男は唾を吐き捨てて訳の分からない声をあげながらナイフを振り上げた。
「いいねぇ……いいねぇ……俺は、そういう恐怖が好きなんだよぉ!!!! ケハハハハハハ!!!!! 気持ちぃいぃいいいい!!!!! さいっこうに、さいっこうに狂って……」
「ぁ……誰、か……」
もう、一瞬で振り下ろされて刺される。
俺がちょうど人の波をすり抜けた瞬間だった。
「っ——————射精した気分だよぉおおおおおおおおお‼‼‼‼‼ 一緒に地獄にでもいかないかぁああああああああああいいいいいいい!!!!!!!」
振り下ろされる血だらけのナイフ。
間に合わない。そう直感で感じ取りながらも俺は床で座り込んでしまった彼女目がけて飛び込んだ。
「——————っがぁ‼‼‼‼‼」
力んでしまって喉から咆哮が飛び出す。
次の瞬間、俺は彼女を抱きしめながら振り下ろされるナイフをギリギリ交わし、転がった。
打ち付ける背中。
鈍痛はするが大して痛くはない。
すかさず背中に手を回すもどうやら斬られてはいない。
念のために腕の中の女の子も確認するが怪我していなかった。
危ない、助かった。
ふと、安堵の息が漏れる。
「あ、あなた……は」
死を悟っていたのか、自分が生きている事実となぜ俺に抱きしめられているのか分からないような顔をしていて、急な出来事に涙も止まっていた。
「……なんだ、てめぇ?」
まさか、助けに来る人なんているとは思っていなかったのだろう。男は俺の姿に少しだけ困惑しつつ、すぐにまたニヤつき笑い出した。
こうも近くで見るとより一層に不気味だ。こえーな。この子はすごいな、よくもまぁ逃げようと動けていた。普通に気絶してもおかしくないほどだ。
「へぇ……ヒーロー気取りさんってわけだねぇ」
「ち、違う……」
「クハハハハッ‼‼‼ 凄いねぇ、凄いねぇ、その勇気には免じてあげたいねぇ」
会話が成立しなさそうだ。
「……よぉし、決めた。可愛い君はあと。まずはそこの兄ちゃんからだなぁ! いや、中学生かなぁ? まだまだ子供の正義の味方気取りに、現実ってものを見せてあげようかぁ!!!!」
ニタニタ笑みを重ねて、殺人鬼の男は俺の方を向くと一気にナイフを突き立てた。どうやら俺を串刺しにするつもりらしい。
怖くない――――そんなわけじゃなかった。
殺人鬼の男が言うように俺はヒーローでも何でもない。ただの中学3年生で15歳の若者だ。生憎と今にも逃げ出したいくらいに怖い。というか足が震えている。
ただ、ここで逃げれば確実に俺の後ろにいる女の子は死ぬ。それに、もしも逃げれたとしても電車が止まるまでの時間で再び殺戮が始まり、俺も逃げ切れるか分からない。逃げたとしても女の子を見捨てた後悔が必ず俺の生活に付きまとってくる。
決めた決めた決めた。
絶対に逃げない。逃げないでこいつを何とかする。たとえ刺し違えたとしてもこの子だけは守る。
俺は真っ直ぐと前を向きながら背中で女の子に訴える。
「早く逃げろっ……ここはなんとかする」
「で、でもっ……」
「いいからいけ‼‼‼‼‼ 早くしろ!!!!!!」
言い返す女の子を優しく言い包める余裕なんてなくて、怒鳴りつけると後ろの車両へと逃げていった。
たったった——と音が聞こえて、安心しつつ俺は目の前の殺人鬼の男に目を向ける。俺と女の子のやり取りを見ていたのか、笑みを深める。
「カッコいいイイイイイイ!!!!! いいねぇ、一緒にさぁ、あの子とさぁ、二人でデートできるようにどっちも殺してあげるからァ!!!!!」
「っく」
やばい、来ると悟り、距離を取ろうとした次の瞬間。男は奇声をあげた。
「キェァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼‼‼」
前屈みになり、ナイフを思いっきり突き立てながら突進してくる。距離はざっと10メートル。さすがにこのままナイフを受け止めようとすれば腹を貫通する。内臓損傷か大量出血で確実に死ぬ。
たとえ交わしたとしても、次も同じように交わせるとは限らない。
もはや死んでもおかしくない。圧倒的に不利なのは俺の方だった。
しかし、その数秒の間に俺の視界にアレが映った。
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