4年前に救った超絶美少女が最高に病んで俺の元に帰ってきた件

藍坂イツキ

第1話「プロローグ①」


 あれは4年前のこと。




 長かった地獄の高校受験も終わり、春から晴れて高校一年生になる俺、三好一馬みよしかずまは高校の制服を買いに行った帰り、札幌市の地下鉄東豊線に乗っていた。


 入学する高校は市内屈指の進学校で、公立高校ながらも偏差値は70を超える。特に男子中学生から人気が高く、なんと言っても倍率は2倍。


 まぁ、理由は至って単純で昨年から共学になった元女子校ってだけなのだが。


 それにしても合格は嬉しかった。


 そんな喜びも徐々に慣れていき、最近は馬鹿みたいにやっていた勉強の疲れがどっと押し寄せてきている最中だ。


「あぁ……」


 ため息が漏れ、瞼が重く下がる。


 それに勉強の反動でやっていたゲームを夜遅くまでやってしまい、追い討ちのように睡魔がやってくる。


 ちなみにやっていたのはバトルロワイヤルゲーム「PUBC」。


 これがなかなかに奥が深いゲームで楽しいったらありゃしないのだが、そのせいで全くと言っていいほど寝ていない。


 今夜は見たい配信者の配信があるし、先に寝ておいた方がいいだろう。


「少しだけ寝るか……」


 そう呟いて俺は制服の入った紙袋を抱きしめながら目を閉じた。




 


 疲労のあまり眠ってしまってからおそらく十分ほど。

 何故だか周りの音がうるさくて、目を覚ましてしまった。


 祭りでもやっているのか? それとも女子高生が人目気にせずTILTOLでも撮影しているのか? はたまたYouTubcでよく動画で見る頭がおかしい老人でもいるのか?


 まったく、地下鉄は騒ぐ場所ではないんだが……と少々イライラしながら重たい瞼を上げて状況を確認すると……。



 そこに見えたのは必死に何かから逃げようとして走っている人々だった。



 皆、凄まじい形相で他人を蹴落としてでも逃げようと必死で、子供の叫び声や驚く大人たちのどよめきで嫌でも目が覚める。


 必死に逃げる人々は皆、前方の車両目指して走っていく。


 一体、何が起きたんだ。脱線でもしたのか? それとも火事でも起きたのか?


 しかし、地下鉄は止まる気配もないし、焦げ臭さもまったくしない。もしかしたら俺の鼻がおかしくなっているだけかもしれないが、この後に及んでそんなことじゃないのは流石に分かる。


 そんな人々を前に俺も動けなくなっていると、ある男が大きな声で叫び出した。


「殺人だぁ!!!!!!」


 その雄叫びに周囲が一斉に声を上げる。

 

「逃げろ!」「早く前に行けぇ!」「止まれよぉ、電車!」「何やってるんだよ、運転手!」「やばいって!」「何してんだ!」「きゃあああああああ!」「助けて!!!」


 凄まじい咆哮と叫び声。

 もはや只事ではなかった。


 何……今、殺人って言ったか?

 あまりにも聞き慣れない言葉に動揺して、ここは夢なんじゃないかと疑ってしまった。

 しかし、頬を抓ると痛い。

 そこまできてようやくここは現実の世界だと実感する。


 すぐに立ち上がり、移動しようとするが人の濁流が押しよせて席からまったくと言っていいほど動けない状態だった。


 動揺と変に高鳴る動悸で足が震えてしまい、俺もどうしたらいいか分からない。とにかくその濁流に流されまいと食らいつく。


 ふと振り返ると、後ろにはこっちに向かって走ってくる人々がいて、その奥にうっすらと忍び寄る黒い影。


 


 その光景に思わず背筋が凍る。

 何より、ホラー映画でしか見てこなかった光景が現実に起きている。その事実に頭が混乱していた。


 なにより、そのフラフラした動きでより一層不気味さが増している。楽しいのか、嬉しいのか、それとも面白いのか。深く被った帽子と真黒なジャージの隙間から見えるニヤついた口元が逃げ惑う人たちの恐怖心を増幅させる。


 電車のつり革や座席さえも切り刻みながら……刻々と近づいてくる男。


 次の駅まではおそらく5分。警察官や駅員さんが万全の態勢で待ち構えていたとしても、この時間じゃ追いつかれる。

 あまりにも長い。

 どんなに前に逃げても奴に切り殺されるのが落ちだ。


 もはや、終わり。

 状況は詰みだった。


 せっかく、地獄の受験を乗り越えて新たな高校生活を楽しみたいな——と思っていた矢先だって言うのに。


 俺って言えば運が悪すぎる。最悪だ。どうしてこうなった!


 死にたくはない。殺されたくない。やりたいことだってある。

 走馬灯のように見えてきて、死ぬことを悟った。


 ———その時だった。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 後方車両の方から女性の声がした。

 俺はすぐさまそっち側に首を振ってみると、そこには今にも斬りかかられそうな追い詰められていた女子高生がいた。


 怖いあまりに腰が抜けたのか、動くことができなくなっていて、必死に逃げようとしているがどうしても遅い。


 あと10秒もそのままにしていれば彼女もやられる。


 くそ、助けに行くべきか。

 でも死ぬかもしれない。これはゲームじゃない。一回当てられたら死ぬ。

 

 怖さはあったが、目の前で死んでいく人がいるのはあまりにもばつが悪い。自分の身は自分で守れって言うが、この状況で逃げたら薄情者すぎる。


 頭の中に駆け巡る思考。

 どうすればいいかは分からない。






 ―――――しかし、俺はなぜか走り出していた。

 


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