06 復讐の狼煙

 扉を叩く音が鳴り響き、部屋にいた者の視線が扉に集中する


「公爵様、お取込み中、失礼致します」

「……ち、この声はレイモンドか。なんだ!」

「ソフィア様がお呼びでございます」

「何、ソフィアが! ……ふん。お前達の処遇は後だ。覚悟しておけ!!」


 義父はそう吐き捨てると、扉を乱暴に開けて外に出ていく。


「……ホっ」


 ポールは力が抜けてその場に座り込み、放心状態になっていた。

 私は座り込むポールの顔を覗き込む。


「……あの、申し訳ありません。突然、おかしなお願いをしてしまって……」

「あ、いえ! 私もアリエルお嬢様を守れて何よりです」


 ポールはパァっと笑顔に切り替わる。

 笑顔を向けてくるポールだったが……咄嗟の事とは言え、ポールに専属の騎士になれと言った事でポールの立場を危うくさせてしまったのは事実だ。


 なので私は、それを快諾してくれたポールを絶対に見捨てないと心に誓う。

 そんな事を想っていると扉に立っていた執事が声を掛けてくる。


「確か、貴方は……公爵様が仰っていたアリエルお嬢様ですね」

「あ……はい。本日からお世話になります」

「畏まりました。……ではまず、着替えて頂きますので付いて来てくださいますか?」


 このレイモンドという銀髪の執事も覚えている。

 前回、最低な公爵家生活で義父の魔の手から最後まで守ってくれた人だ。


「わかりました。……ポールも付いて来て頂けますか?」

「は、はい、アリエルお嬢様!」

「……アリエルお嬢様、こちらの方は?」

「え、えっと……私の専属の騎士として護衛をお願いしているポールですわ」

「それは大変失礼致しました。……それではアリエルお嬢様、ポール様と共に付いてきてくださいますか」

「……様って呼ばれるのってなんか新鮮……」

「奇遇ね。私もよ」


 それから私とポールは、歩き出すレイモンドに付いていく事にした。




 廊下を進む途中で、私は前回からずっと気になっていた疑問をレイモンドにぶつける事にした。


「……つかぬことをお聞きしますが、レイモンドは何故この屋敷で執事をしているのですか?」


 こんな最低な環境にレイモンドのような聖人がいるのが不思議で仕方なかった。


「……それは不思議な質問ですね。ふむ、強いて言えば……使命だからでしょうか」

「使命……ですか? それはどういう使命なのでしょう?」

「ふふ、いずれ分かりますよ。……それよりもアリエルお嬢様、衣装部屋に付きました」


 レイモンドに答えをはぐらかされたまま、私達は衣装部屋の前に到着した。


「アリエルお嬢様の着替えを頼みます」

「畏まりました」


 扉の前に待機していた複数人のメイドが私に向かって丁寧にお辞儀をして、メイド達が私に話しかけてくる。


「「よろしくお願い致します。アリエルお嬢様」」


メイド達からはあまり良い扱いをされた記憶がなかったので、身構えながら返事を返す。


「こちらこそ……ポールは外で待っていてくださるかしら?」

「了解です! お待ちしておりますね」


 ポールは元気よく返事を返すと、壁に背にして待機し始める。


「……では、私もポール様と同様に外で待っておりますので、アリエルお嬢様はごゆっくり御着替えください」


 レイモンドもそう呟くとポールと同様に壁を背にして待機する。

 それから私はメイド達の協力の元、パロムおばさんが作ってくれた服から豪華な貴族が着るようなドレスへと着替えを済ませるのだった。




 衣装室から出ると、待機していたポールが目を輝かせながら話しかけてくる。


「わぁ! とてもお似合いです! アリエルお嬢様!」


 純粋な感想がとても嬉しかった私だったが、平静を装いながら返事を返す。


「……ありがとう」


 多分、隠しきれていない。


「えぇ、とてもお似合いですアリエルお嬢様。……さ、ソフィアお嬢様のご用件も終わった頃合いでしょうし、公爵様の元へ向かいましょう」

「わかりました」


 メイド達を衣装部屋に残したまま、私とポールはレイモンドに案内されて大広間へと移動した。

 そこには大きな机の周りにある席に座るソフィアと義父が話をしており、私を見たソフィアは一瞬で顔をゆがませる。


「あら、お姉様にレイモンドじゃない。今、私はお父様とお話をしている最中ですの。後にしてくださいませんか?」


 ソフィアはこの汚物……いや、義父のどこがそんなにいいんだろう?

 ……と心の底から思いながら、私はレイモンドに視線を向ける。


「あの、このように申しておりますが?」


 私が尋ねるとレイモンドは深いため息を吐く。


「……はぁ、ソフィアお嬢様。わがままを言わないでください」

「わ、分かっているわよ。もう融通ゆうずうがきかないんだからレイモンドは……」


 レイモンドは慣れた物言いでソフィアを言いくるめる。

 ソフィアはなぜかレイモンドの前だと、あまり強くモノを言えなくなってしまう。


「それに、公爵様はアリエルお嬢様をこの家に招いた理由をもうお伝えになったのですか?」


 ソフィアから義父に視線を移したレイモンドは尋ねる。


「……ふむ、そうであったな。アリエルを一目見た時、マリアに似ていたもので欲に飲まれてしまったのだ。それでは座ると良い、今この近隣で起きている事を共有させてもらおう」


 前回だと、この後は馬車でミゲルから聞いた話を義父から聞いて、私が何も力になれない事が知られて最悪な方向に話が進んでいくのだが……もうそんな事はどうでもよかった。

 普通に話をし始めようとする義父に私の苛立ちが爆発する。


「……その前に、貴方はまず私に謝る事があるのではないのかしら?」

「……なんだと?」


 義父の声色が変わる。

 もうこの人はお父様とは呼びたくはない。


「私をここに連れてきたミゲルという者から既に詳細は聞いていますわ。……そもそも、私は貴方にこの公爵家から一度捨てられたのです。それなのに、自分達の領土が危なくなったら何もなかったかのように私を連れ戻して……更に私の貞操を奪おうとするなんて……それで私が協力すると本当にお思いなのですか?」


 私は溜まっていた毒素全てを義父に勢いよく吐き出す。


「この小娘が!! 言わせておけばつけ上がりおって!! お前に力が封印されている事を知っておれば捨てずに有効利用させて貰っていたのだ。今この家に入れるだけありがたいと思え!」

「貴方は何をおっしゃっていますの? 元々この家は私とお母様の物ですわ!! そもそも貴方はお母様に寄り付いた虫ケラなのです!」


 ――ガラッ!!!!

 勢いよく立ち上がった義父は、怒りの形相ぎょうそうをしながら私の方へと近づいてくる。

 私は迫ってくる義父に向かって冷たい視線と右手を向け――


『アクアショット!』


 ――手のひらから複数個の水玉を勢いよく義父へと発射させる。


 ドゴドゴドゴォッ……バゴォン!

 放たれた水滴は勢いが強く、義父を大広間の壁に勢いよく打ち付ける。


「グアアァ!!!」


 ――バタンッ

 地面に倒れる義父に向かって私は事後警告する。


「……私に近づかないでくれますか?」


 私と義父のやり取りを一部始終を黙って成すがまま眺めていた皆の時間が動き出す。


「お、お父様!!」


 ソフィアは地面に倒れる義父に近づき、ポールは小刻みに震えだす。


「あわわわ……あ、アリエルお嬢様! やはり魔法使いの家系……魔法が使えたのですか!?」

「……おやおや、力は封印されていたと聞いておりましたが……既に解放されているのですね」


 ポールと対照的にレイモンドは落ち着いており、何度も頷いていた。

 義父を抱きかかえるソフィアは私を睨んでくる。


「お、お姉様! よくもお父様を!」

「……その目は何かしら? 悲劇のお嬢様気取りですか? ……面白いですわね」


 もう後戻りできない私は、悪役を演じ切る事に徹した。


「……決めました。私がミダデス公爵家の当主になります。もう貴方達二人はいらないわ。すぐに処刑してあげるから楽しみにしていなさい」


 私は思いっきり不敵な笑みを二人に向けてそう宣言した。

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