05 私の専属騎士

馬車に揺られながら、対面の席に座るミゲルから状況の説明を受ける。


「さて……と、そろそろ着くな。その前に、今回お嬢さんを探していた理由を簡単に説明させてもらう」


 荷台の窓から外を眺めていた私は、ミゲルへと視線を移す。

 あまり視界に入れたくない人だけれど、こればかりは仕方ない。


「……えぇ、教えて頂けるかしら」


 既に気の強い女性を演じると決意した私は、冷たい声で答える。


「……ミゲル隊長。たしかここ最近、魔物の狂暴化による被害が多発しているんですよね?」


 私の隣に座っていたポールが呟く。


「ポール……私が言おうとしていた事を先に言うな!」

「ももっ、申し訳ありません!」


 ポールは座りながら勢いよく頭を下げて謝罪する。


(……それ程までに謝ることなの?)


 どちらにしても、このミゲルという最低な人は平気で人を殺すような人なので、私は無意識にポールの味方になってしまう。


「……まぁいい。あぁ、ポールの言う通りだ。……ソフィアお嬢様の治癒魔法をもってしても、傷つく兵士が多くて手が回らなくてな……そこでミダデス公爵が屋敷の書庫を漁った結果、今は亡きアルフォード様が残した古い文献を見つけ出したのだ」


 一瞬誰かと思ったが、私はすぐに思い出した。

 昔、マリアお母様から聞いた事がある名前で、アルフォードというのは私の本当のお父様のお名前だったはず。


 ……前回、私はこの最低なミゲルという男によってパロムおばさんや皆が惨殺されて聞く耳を持っておらず、魔物が狂暴化したぐらいしか聞いていなかった。


「……古い文献、ですか?」


 詳細が気になった私はミゲルに尋ねていた。


「あぁ、そこにはお嬢さんの事が書かれていたのさ。……お嬢さんは生まれて間もなく、膨大な魔力により命を落としかけた……とな。それを封じこめる為にアルフォード様は命を絶たれたのだ」

「……っ!?」


 あまりにも衝撃的な事実に、一瞬言葉が出なかった。


(……私のお父様が……私を守る為に亡くなっていたなんて)


 でも、前回この言葉を聞いていたら更に混乱していただろう。

 なんせ、今の私とは違い……前回の私には封じられた力が解放されず、結果的に公爵家で酷い扱いを受けていたのだから。


「……ミゲル隊長! それを本人に告げるのはあまりにも残酷なのではないでしょうか!?」


 私の動揺ぶりを見たポールは、ミゲルに向かって物申す。


「うるさいぞポール! このお嬢さんが尋ねてきたから私は答えたまでだ!」


 すぐに怒られるポールに私は微笑みを向ける。


「ポール……ありがとうございます。私は大丈夫ですわ」

「アリエルお嬢様……」


 ポールからミゲルに視線を戻す。


「……それで、私の力を求めて探していた……という事ですか」

「あぁ……その通りだ。物分かりが早くて助かる」


 一度経験しているから当たり前だ……とは言えず、黙っているとミゲルは窓の外に視線を向ける。


「お、見えて来たぞ。……あれが今日からお嬢さんの家になる屋敷だ」


 ミゲルの言葉に釣られて私も窓の外に視線を向けると、そこには二度と戻りたくないと思っていた屋敷が見えてきた。

 見るだけで気分が悪くなる……これには早く慣れないといけないと思い、グッと手を強く握りしめる。


「すぅ……はあぁぁ……」


 私は気分を落ち付かせる為に深呼吸をしたのだけれど――


「……ポール、私の護衛をお願い出来るかしら?」


 ――ちょっとだけポールに頼りたい気持ちが残ってしまい、俯きながらポールにお願いをしてしまった。

 あの義父からされる事を思い出すと……どうしても一人で屋敷に入る事ができなかった。


「……え? あ、はい! 私で良ければお供いたします!」


 一瞬見つめ合った私とポールだったが、すぐにポールが快諾してくれた。


「……なんだ二人して? 監視の最中に何かあったのか?」

「い、いえ!! 何もありませんでしたよミゲル隊長! そ、そうですよね、アリエルお嬢様?」


 慌てるポールを見ていると、とても微笑ましく思えてくる。


「……ふふ、どうかしらね」

「ちょ、ちょっと、アリエルお嬢様まで!」


 私とポールのやり取りを辛気臭い表情で見ていたミゲルは話し出す。


「……まぁいい。私は屋敷の入り口までお嬢さんを連れていくから、その後は任せたぞポール!」

「は、はい! ミゲル隊長!!」 


 それから私達が乗る馬車は、目的地へと向かっていくのだった。




 馬車が大きな門の前に止まった。


「……さて、到着だ。お嬢さん」

「えぇ」


 強風でなびく金髪の髪を手で押さえながら、私は門の先に見る大きな屋敷を見据える。

 ミゲルが門を開けると、大きな屋敷へと繋がる道が開かれる。


「さ、アリエルお嬢様。こちらです」


 開いた門を背にしたポールが私に手を差し伸べてくる。

 私は気恥ずかしさを覚えながらポールの手を取り、ミゲルと共に屋敷の入り口前まで移動した。


「既にミダデス公爵には報告済みだ。扉も開いているだろう」


 ミゲルはそう呟くと、扉を開ける。


「……さ、お嬢さん。入ってくれ。ミダデス公爵がお待ちだ」

「えぇ、わかっているわ」


 ……とは言ったものの、あの義父に会うのは正直……ものすごく嫌だ。

 同じ空気も吸いたくないぐらいの嫌悪感を抱く存在だ。


「……ポール、先に行ってくださる?」


 私は精一杯気の強い女性を演じながら、ポールにお願いをする。


「はい、アリエルお嬢様!」


 元気よく返事をしてくるポールに怯える心臓が少し落ち着く。

 そんなやり取りを聞いていたミゲルはあくびをしながら答える。


「ふあぁ……どっちでもいいが、私はこれで失礼させて貰う。……あとは任せたぞ、ポール!」

「りょ、了解であります!!」


 ポールの返事を聞いたミゲルは私達が歩いて来た道を戻り始め、手を振りながら屋敷の門の方へと去っていった。

 もう会いませんように……と心の中で祈りつつ、ミゲルを見送った私は屋敷内へと視線を戻す。


「……そ、それじゃ、行きますよ、アリエルお嬢様?」


 ポールと手を繋いでいた事を思い出した私は、慌てて手を放しながら答える。


「え、えぇ……お願い致しますわ」


 ポールを先頭にして、私は後ろに付いていく形で屋敷内へと入っていく。

 すると、甲高い声が広間に鳴り響く。


「あらあらまぁまぁ……小汚い娘が入ってきたと思ったら……まさか、とても醜い貴方がお父様がおっしゃっていた私のお姉様ですの?」


 広間中央にある大きな階段を上がった先の二階には私達を見下ろす女性がいた。


「あわわっ! ソフィアお嬢様」


 驚いているポールを横目に私は見下してくるソフィアを睨みつける。

 前回は、私は何も言い返す事が出来ず、すぐ現れた義父に手を掴まれ部屋に連れられていかれたので、まともにソフィアとは会話をしていない。


「……あら、あなたが私の妹ですの? ……はぁ、とても残念ですわ。もっと、清楚な方かと思っていましたが……違っていたようです。それに、貴方が不甲斐ないから私が”仕方なく”屋敷に来てあげたと言うのに……その物言いはどういうつもりでしょうか?」


 だからこそ、私はここでソフィアに言い負かされてはいけない。


「……まぁ、随分と図太い性格をしていますのね。……良いわ、私がこの屋敷でのおきてを教えてあげ――」


 ソフィアが何かを言いかけた時、嫌悪感の塊の声が鳴り響く。


「おぉ! 待っておったぞ! お前がアリエルだな!」


 一階にある一つの扉から現れた義父は、私にものすごい速さで近づいてくる。


「さ、すぐに来るのだ!」


 ――ガシッ!

 私の腕を強引に掴むと、とても強い力でどこかに連れて行こうとする。


「……っ!」


 私はすかさず空いている手でポールの手を掴む。


「わわ、アリエルお嬢様っ!?」 


 私がポールの手を掴んだ事に気付くことなく、義父は後ろを振り向くことなく私を腕を掴み進んでいった。




 しばらくすると、前回私が義父によって連れられた部屋に通された。

 今から義父にされようとする事が分かるので、より一層吐き気をもよおす嫌悪感が高まる。


「さぁ、ベットに横になるのだ! ……ん? なんだお前は!」


 私をベットに押し倒そうとして振り返った義父は初めてポールの存在に気付く。


「……はは、お邪魔してます」


 今の状況についてこられていないポールは、乾いた笑いを浮かべる。

 

「何を笑っておる! ……その鎧……お前、私が雇っている騎士隊の一人だな! 何故ここにいるのだ!」

「……え~っと、アリエルお嬢様の護衛?」


 そう答えるポールに私はすぐさま指令を出す。


「そ、そうよ、ポール! 私をこの人から守りなさい!!」

「……えっ! は、はい!!」


 私の声に反応し、すぐに私と繋いでいた手をたぐり寄せ、義父から私を遠ざける。


「……ミダデス公爵様! あなたはアリエルお嬢様に何をするつもりなのですか!」

「やかましい!!!! ……邪魔をすると言うのなら、今日からお前は解雇だぞ!」

「……えぇっ!?」


 動揺するポールだったが――


「それならっ! 今日から私がポールを雇うわ!」


 ――私がポールの手を強く握り返すとポールは私の顔に視線を向けてくる。


「……え?」

「ポール、今日から貴方は私の専属の騎士になるのよ!」

「専属の騎士……っ! わ、わかりました、アリエルお嬢様!!」


 元気よく返事を返すポールは、すぐに私を手で守りながら義父の前に立ちふさがった。


「アリエルお嬢様は私が守ります!」

「……ふん、腰抜けのお前に何が出来るというのだ。絶対的な権力の前にひれ伏すだけだというものを!」


 二人が睨みあうその最中――


 ――コンコンッ

 何者かが扉を叩く音が鳴り響くのだった。

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