04 悪役令嬢、公爵家へ
数日もしたら前回と同様にパロムおばさんや皆が犠牲になってしまう。
それだけは……なんとしても防ぎたかった。
「……よし!」
私は勇気を振り絞り、物陰から飛び出して聞き込みをしている集団のところで向かう。
もう、前のように弱い自分ではダメだと思った私は、精一杯の強気な姿勢で集団に近づいていく。
「貴方達! ……あの、少しよろしいでしょうか?」
大きな声を上げたのはいいが、徐々に声が
「……ん ? なんだ、小汚い娘だな」
集団の中で、一番偉そうな一人が私に気付き声を上げる。
すると、一人の兵士が声を上げた。
「ミゲル隊長! こ、この娘、もしや――」
何かをミゲルという男性に見せると、ミゲルはニヤッと笑みを浮かべる。
「ほぉ、確かに……おい小娘。名を言って見ろ」
「……アリエル・ミダデスよ。貴方達が探しているのは私ではないのかしら?」
「ふむ……名前も一致するな。ふふ、ミダデス公爵からの無理な要望に嫌気がさしていたところだったのだ。そちらから現れてくれるとはありがたい」
ミゲルは不敵な笑みを浮かべて笑う。
その顔は、パロムおばさんや皆を皆殺しにした時の顔と重なり私は反吐が出そうになる。
「御託はいいわ。私を連れ戻しに来たのでしょ?」
「物分かりの早いお嬢さんだ。わかっているのなら、付いてきてもらおう」
「えぇ……でも、1日だけ待ってほしいの」
皆に何も言わずに出ていくのはさすがに気が引けたので、私はミゲルに要望を告げる。
「……わかった。だが、二つ条件を付けさせてもらう。まずは1つ目、待てるのは本日の日が沈んだ時刻までだ。二つ目は私達から一人監視を付けさせてもらおう。お嬢さんに逃げられては敵わないからな……ポール!!」
ミゲルは集団の方を向いて名前を呼ぶ。
「は、はいぃ!」
とても気の抜けた返事と共に、軽装を着た茶髪の気弱そうな男性が集団の奥の方から姿を現す。
「ポール。このお嬢さんが逃げ出さないか監視を任せる」
「りょ、了解であります!」
このポールという男性を私は覚えている。
ミゲル達の
「……よ、よろしくお願い致します」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。アリエルお嬢様」
お互いに挨拶を交わすと、すぐにミゲルが声を上げる。
「では、日が沈んだ時刻にこの場所で落ち合うとしよう。それではポール、お嬢さんを取り逃すんじゃないぞ!」
「りょ、了解であります!」
ポールに釘を刺したミゲル達の集団は徐々に遠くへ去っていった。
二人っきりになった私達は顔を合わせる。
「え、えっと……監視っていっても、遠くで見ている程度だから。そんなずっと傍にいるって訳じゃないから……そんなに身構えなくていいよ?」
「……分かっていますわ。それでは少しの間、よろしくお願い致します」
それからスラム街での最後の1日を過ごす事になった。
それから私とポールは、スラム街の皆に公爵家の娘である事情を説明して今日一杯でスラム街を離れる旨を伝える。
「アリエルちゃん!」
――ガシっ!
ナーシャちゃんは私を力強く抱きしめる。
「離れ離れになって寂しいけど、貴族様の家に行っても元気でね」
「うん。ナーシャちゃん達も元気で、また落ち着いたらここに来るから!」
一番の仲良しだったナーシャちゃんとお別れを済ますと、トムソン君も顔を反らしながら声を掛けてくる。
「……よかったじゃねぇか。これでこんな汚い場所からも抜け出す事が出来るんだからな」
「トムソン君……そんな事言わないで。いろいろ落ち着いたら、またここに来るから待っててね」
「……ふん」
そっぽを向いてしまうトムソン君だったが、すぐにポルンも私の腰に抱き着いてくる。
「わわっ」
ポルンはすぐに体を放して私の顔を見上げる。
「アリエルお姉ちゃん……どこかに行っちゃうの?」
私は座り込み、ポルンの頭を撫でる。
「うん。でも、ずっとお別れって訳じゃないよ。またここに遊びにくるからね」
「……わかった。僕、待ってるね!」
それからも私は、スラム街で共に過ごした他の皆にもお別れの挨拶を済ませていった。
夕方になるとパロムおばさんが家に戻ってきた。
ポールが事情を説明しようとしたが、手で制した私はパロムおばさんに自分の言葉で事情を説明する。
「……そうかい。……いつかこんな日が来ると思っていたわ」
――ぎゅっ
状況を理解したパロムおばさんはそう呟くと、私を優しく抱きしめる。
「私はこれまでアリエルが元気にすくすくと育っていくのが生きがいだったわ。……寂しくなるけど、私はいつもアリエルの事を想っているから、公爵家に行っても元気で過ごすんだよ」
「……うん。いろいろ落ち着いたらまたここに来てもいい?」
「もちろんさ。こんな場所でよければ、いつでも歓迎するよ」
私はパロムおばさんの体をより一層強く抱きしめる。
こんな細身の体で私を15年近くも育ててくれたと思うと、目から自然と涙が零れ落ちる。
「ア、アリエルお嬢様……そろそろお時間です」
ポールは申し訳なさそうに声を上げて教えてくれる。
「……もう、行かなくちゃ」
私はパロムおばさんから体を放し、微笑みながら告げる。
「えぇ、行ってらっしゃい、アリエル」
ミゲルの指定の時間は
昼間に落ち合った場所には大きな馬車が用意されていた。
「……ほぅ、逃げ出さすによく来たな」
馬車を後ろにミゲルは不敵な笑みを浮かべる。
「ポールも監視ご苦労だった」
「はっ!」
ミゲルはポールに労いの言葉をかけた後、私に視線を向ける。
「見ての通り馬車を用意した、乗ってくれるかな?」
「……えぇ」
私とミゲルとポールが馬車に乗り込むと馬車は動き出す。
――ガタゴトッ
小刻みに揺れる荷台の中で私は以前の記憶を思い出していた。
以前のような態度では、またあの地獄のような公爵家生活を繰り返してしまう。
……だからこそ、私は心を鬼にして気の強い女性を演じ上げる決意を心に誓うのだった。
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