03 死に戻ってスラム街へ

 暗黒の世界に光り輝く球体があらわれる。


「あぁ……アリエル。死んでしまうとは……ですが、これも定めなのでしょう……貴方には今この時から封印されていた力が覚醒するでしょう――」


 女性の声で語り掛けてきた光り輝く球体は徐々に消えていく。


「何を言っているの! ねぇ、待って――」


 私の問いかけには答えることなく、私の体は光に包み込まれる。




◇◇◇




 目覚めるとそこは見覚えのある布で簡易的に作られた天井が広がっていた。

 すぐに、見覚えのある人が私の顔を覗き込んでくる。


「アリエル、怖い夢でも見たのかい?」

「……え」


 私は途端に目から涙がこぼれ落ちる。


「おや……そんなに怖い夢だったのかい?」


 そこには灰色の髪に蒼い瞳の年配の女性……私を公爵家の使いの者から守ろうとして、私の目の前で首を切り落とされて殺されたはずのパロムおばさんがいた。

 首は体に繋がっており、今……私に語り掛けてきてくれている。


「パロムおばさんっ!」


 ――ガシッ!

 私は喜びの余り、すぐに覗き込んできたパロムおばさんに抱き着く。


「よしよし……怖い夢でも見ていたんだね……いい子いい子」


 パロムおばさんは私の頭を優しく撫でて、優しい声でさとしてくれる。


 何故、パロムおばさんが生きているのか分からず、思考が追い付かない。

 でも私は、今ここにいるパロムおばさんの温もりをもう少しだけ感じていたかった。




 落ち着いた私は周りの状況を確認をする。

 どうやら公爵家の使いの者が来る数日前に時間が戻っているようだ。


(でも、何で……)


 それから安心したパロムおばさんは私に微笑みかける。


「それじゃ、私は出かけるから良い子にしているんだよ?」

「うん!」


 私は元気よく返事を返し、パロムおばさんは私を家に残して仕事へと向かっていった。

 パロムおばさんは女一人で私をここまで育ててくれた私の第二のお母様とも言えるとても大切な人だ。


 パロムおばさんを見送った後、私は家から出て閑散としている道を歩きながら目を覚ます前に女性の声で言われた言葉を思い出していた。


「封印されていた力って言っても……どんな力なの?」


 私は両手に視線を落とす。

 すると――


 ――ズサァァッ!

 少し先で盛大に転ぶ男の子が視界に入る。


「……うぅ……うわぁぁぁんっ」


 大声で泣き始めるその子は、私と同じスラム街に住んでいる子でポルンという男の子だった。

 私はすぐに駆け付けてしゃがみこむ。


「もう、走っているからよ。見せてみて」

「うぅ……アリエルお姉ちゃん」


 ポルンの膝の皮はめくれ血が噴き出していた。


「あぁ……酷いわね」


 そう呟いたその時、私の脳裏に呪文が浮かぶ。


(……な、何!? 私の中に膨大なナニかが流れ込んでくる)


 私はその中の一つの呪文をふと口に出す。


『ヒール』


 呪文を唱えると、突然私の両手が発光し始める。

 私は光り輝く両手をポルンの膝に添えると――


 ――シュゥゥゥッ

 ポルンの傷跡は瞬く間にふさがり、傷跡は綺麗さっぱり消えていた。


「……い、痛くない! ねぇ、アリエルお姉ちゃん、何をしたの!?」


 喜びと驚きが入り混じった表情を私に向けてくるポルン。


「……え? あぁ、えっと……多分……魔法?」


 私自身、半信半疑だったがそうとしか思えない。

 すると――


「えぇ!! アリエルお姉ちゃん、魔法が使えたの!? すごぉい!」


 ――ポルンは目を輝かせながら迫ってくる。


「わわっ。ちょっと、近いわ」

「早く皆にも教えなきゃ!」


 ポルンは慌ただしく立ち上がり、すぐに駆け出していった。


「あ! ま、待ってポルン!!」


 それからポルンは他のスラム街に住んでいる仲間達に言いふらし、私が魔法を使える事は瞬く間に知れ渡った。




 私はスラム街のひらけた場所で座り込む形で他の皆に囲まれている。


「おいアリエル! お前、魔法が使えるって本当か?」


 腕を組んで興味深々で聞いて来る黒髪の男の子は、幼い頃から一緒に育ってきたトムソン君だ。


「すごいね、アリシアちゃん! 魔法が使えるなんて一部の貴族だけって聞いた事あるのに!」


 栗色の髪を靡かせながら水色の瞳で私に元気よく笑顔を向けてくる女性は、トムソン君と同様に幼い頃から一緒に育ってきたナーシャちゃんだ。


 それ以外にも私を取り囲んでいる子達は誰もが以前、パロムおばさんが殺された後に公爵家の者に連れ去られようとする私を守ろうと抵抗し――


 ――”皆殺しにされた人たち”だ。


「……あはは……そんな、貴族だなんて」


 私はまたみんなと会えた喜びと戸惑いに苛まれながら、今起きている状況を抜け出す方法を考えていた。


(……私自身よくわかっていないのに、どう説明すればいいのかわからないよ……)


 でも、皆が見ているのに何もしないのはよくないと思い、あまり危なくない魔法を使ってみる事にした。


「それじゃ……えっと、やってみるね」


 手を前にかざすと、正面にいた人たちは左右にけてくれる。


『アクアシュート』


 私は呪文を唱えると、手から水が放物線を描きながら放出される。

 扱える呪文は先ほどポルンの傷を癒した時に頭に一気に入り込んでいたのですぐに使う事ができた。


 どうやら私は、治療全般の魔法と水魔法に特化して使えるみたいだ。


「「「「「すごぉぉい!」」」」」


 面白いぐらい良い反応をしてくれる皆に驚きつつ、私も少しだけ笑みを浮かべる。


「さ、もうおしまいです! それじゃ私は用があるので失礼しまーす!」


 私は勢いよく立ち上がり、水の魔法を放った事で開けた道の方へ駆けだす。


「あ、待ってよアリシアちゃ~ん!」


 ナーシャちゃんの声が背後から聞こえたけど、静止の声を振り切って私は表街へと逃げ出す。




 スラム街から出て人込みが多い街並みに出る。

 すると――


「……っ!?」


 ――ある集団に気付き、驚いた私はすぐに物陰に隠れる。

 私は恐る恐る顔を覗かせて確認する。

 

(……うん。間違いない……あの顔、忘れもしない)


 私の視線の先には、私達を襲ってきた公爵家の使いの者達が街の人々に聞き込みをしている最中だった。

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