02 幸せなグランベルズ家生活

 私は鏡に映った自分自身を見ながら呟く。


「こんなに素敵なドレスを着てもいいのでしょうか?」


 公爵家ではボロボロな服ばかり着ていたから、こんな綺麗な服を着られるなんて信じられない。


「そ、そんな! 当り前ですわ。アリエルお嬢様」


 着付けを手伝ってくださったメイドの一人が慌てて呟く。

 私はグランベルズ家に到着して早々に衣装部屋に通され、メイドさんに手伝って貰いながら今着ているドレスに義替え終わったところだ。


「さ、リオラルド様や旦那様と奥様が大広間でお待ちです」


 ――ガチャッ

 メイドの方が衣装部屋の扉を開け、大広間へ行くように促してくる。


「わざわざ手伝ってくださり、ありがとうございます」


 深々とメイドの方達にもお辞儀をすると、一人の若いメイドが私の手を掴む。


「それでは大広間へ案内致します。こちらです、アリエルお嬢様」

「は、はい。お願い致します」


 私は手を引かれ大広間へと案内してもらう。

 

(……この屋敷の方達はとてもお優しい人ばかりなのですね)


 メイドさん達は当たり前のように優しく対応してくれているけど、これほど嬉しいとは思わなかった。

 私は公爵家で受けた扱いとは真逆な対応に戸惑いながらも手を引くメイドさんの後ろ姿を追って足を進めた。




 ――リオラルドside――


「……はぁ、なんという事だ」


 私は深いため息をついていた。


【アリエル・ミダデスを殺せ】


 あの悪評高い公爵家から押し付けられる者だったので、酷い性格の女性である事は覚悟をしていた。

 だが実際に会うと一目ぼれしてしまい、話をしてみても想像していた女性とは正反対の清楚な女性である事がわかった。


 再び、公爵家から届いた命令文章に視線を戻す。


「……ミダデス公爵は何を考えているのだ」


 このような命令が来るとは、アリエルは公爵家で相当酷い扱いを受けていたのだろう。

 

【もし、命令に背いたらどうなるか分かっているだろうな?】


 文章の最後には脅迫じみた文章も残っている。


「……ゲスが」


 思わず感情的な言葉を呟いてしまい、私は頭を左右に振って冷静さを取り戻す。

 そして、私は手紙と共に届けられていた短剣を手に持つ。


 ――ドクンッ!

 その瞬間、何かが体内を駆け巡る感覚に襲われる。


「……うっ!」


 ――ガランッ

 私は瞬時に短剣から手を放す。


「……なんだ、この短剣は。……この感覚、何かされたのか……?」


 公爵家は魔法使いの名家、何を仕込んでくるのは目に見えていたものを……私としたことが迂闊うかつだった。

 私は近くにあった布で短剣を包み込むと、手紙に視線を戻す。


「……しかし、私が命令にそむけばこの家は……私は、一体どうすればいいのだ」


 文章に記載している執行日にはまだ日時がある。


「まだ、時間はある。……後で考えるようにしよう」


 それよりも、アリエルには我がグランベルズ家で心置きなく過ごして貰いたいものだ。




 ――アリエルside――


 私がグラインベルズ家に受け入れられてから周りの環境は一変した。

 なぜなら、私はリオラルドのご両親から快く受け入れられリオラルド様との婚約が決まり、グランベルズ家の使いの者は誰もが私に優しく微笑みかけてくれているからだ。


 それに、義父から没落貴族と聞かされていたが、義父が勝手に言っていただけで実際に住んでみると没落なんてしておらず、手入れが隅々まで行き届いている家だという事もわかった。


「アリエルお嬢様、おはようございます!」


 グランベルズ家に来て数日が経ったある日、とても綺麗な私の部屋に元気なメイドさんが入ってきて化粧をしてくれている。


「アリエルお嬢様、如何いかがでしょうか?」


 今日はリオラルド様とお出かけになる日なので、とてもメイドさんが気合を入れているのが分かる。


「わぁ……化粧とは、これほどまでに変わってしまうものなのですね」


 いままで着飾る事とは無縁の生活をしていたので、何もかもが新鮮だった。


「それはアリエルお嬢様がとても綺麗なお肌をしているからですよ! 憧れちゃいます!」

「……ふふ、ありがとうございます」


 グランベルズ家のメイドの子達は誰もが明るく、話していると自然と笑みが零れる。




 それから支度が済んだ私は、リオラルド様と馬車の荷台に乗り込み、向かい合う形で座り私達は目が合ってしまう。


「おや、アリエル……いつもと雰囲気が違うね?」

「……あ、はい。メイドさんが化粧をしてくださったのです。……似合いませんでしょうか?」


 私は着飾って殿方に見せるような経験がなく、気恥ずかしさを覚えながら恐る恐る尋ねる。


「はは、そうだったのか。とても似合っているよアリエル。……でも、私は普段のアリエルもとても魅力的だと思うよ」

「……そ、そんなことっ」


 優しい笑顔でとても恥ずかしい事をささやいてくるリオラルド様の顔をまともに見る事ができず、私は俯いてしまう。


「……あ、ありがとうございます」


 今、顔を上げると恥ずかしがっているのがバレてしまうようで、とてもドキドキしてしまう。


「はは。……それはそうと。もう我が家には慣れたのかい?」

「そ、それはもう! とても素敵な家で、私なんかがいていいのかなって思う程です!」


 私は照れている気持ちが吹き飛ぶ程、顔を上げて心の底から思っている言葉を吐き出す。


「そ、そうなのかい?」


 少し驚くリオラルド様は続けて呟く。


「でも、よかった。少しでも嫌な事があったら何でも言ってくれ。すぐに対応させて頂くよ」

「……そんな、嫌な事なんて。皆さんとても良くしてくれています」

「そうかい? それならよかった、安心したよ。あと、何か欲しいものがあれば何でも言ってくれ、出来る限りの物は用意するからさ」

「……気を配って頂いてありがとうございます。……ですが、もう十分頂いておりますわ、リオラルド様」


 それから私達は川辺に到着し、御者席にいたグランベルズ家の使いの者を馬車の見張りとして残し、リオラルド様と私は自然の中を散歩する。


「ん~……いい空気だ。そうは思わないか、アリエル?」


 リオラルド様は大きな背伸びをしながら私の方へ振り返る。


「……すぅ……えぇ、そうですね」


 こんな落ち着く時間を過ごしたのは久しぶりだった。


「リオラルド様、この川辺の向こう側にあるお花畑に向かってもよろしいでしょうか?」


 そんな私は、少しだけリオラルド様にお願いをしてみた。


「あぁ構わないよ。丁度紹介しようと思っていた場所さ。……ほら、この橋を渡れば向こうの花畑に渡れる」


 リオラルド様は小さな橋に近づいた後、私の方に振り返る。


「この橋は柵がないから危ない。ほら、落ちないように手を繋ぎながら渡ろう」


 そう呟きながら私に手を伸ばしてくる。


「……わ、わかりました。よろしくお願い致します」


 正直、殿方と手を繋ぐのは慣れておらず、顔が沸騰しとうなほど恥ずかしかった。

 でも、橋から落ちる事を考えるとそんな事も言ってはいられない。


 ――ぎゅっ

 私の手とリオラルド様の手が重なりあり、指と指の間にリオラルド様の指が入り込んでくる。


「……~っ」


 とても恥ずかしい手のつなぎ方をしてしまい、まともにリオラルド様の顔が見れない。


「それじゃ行くよ」


 ――コクコクっ

 私は恥ずかしくて声を出すことができず、顔を何度も頷きながらリオラルド様の後に続いた。




 ――ギシギシッ

 私達は立てながら橋を渡っていると、突然私の傍の湖から魚が私の方へ飛び跳ねてくる。


「キャッ」


 思わず私は声が出てしまい、魚を無意識に避けようとして反対方向に体がよろけてしまう。


「アリエル!?」

「――え」


 体の重心が橋から湖の方へ完全に傾いてしまい、重力に従って私は橋から落ちてしまいそうになる。

 だが――


 ――ガシッ!

 リオラルド様は繋いでいた手をとても強い力でたぐり寄せてくる。

 その勢いで、私の体はリオラルド様に強く抱きしめられる。


「だ、大丈夫だったかい、アリエル?」


 リオラルド様は慌てた表情で私の顔を覗き込む。


「……は……は、はい!!」


 強く抱きしめられた私は顔を逸らす事ができず、リオラルド様の顔を直視できずに目を瞑ってしまう。


「……ほらアリエル。私が支えておくから、早く渡ってしまおう」

「お、お願い致します」


 私もより一層強く、リオラルド様の手と私の手を絡ませ合い、共に橋を進んでいった。




 無事に橋を渡り終えた私達は、辺り一帯にお花畑が出迎えてくれた。


「……素晴らしい場所ですね」

「そうだろう。世界はこんなにも美しい景色がある。その事をアリエルにも知ってほしかったんだ」


 リオラルド様は繋いでいた手を、ギュッと強く握ってくる。

 景色に気を取られて手を繋いでいた事を忘れていた私は、恥ずかしい気持ちをグッと堪えてリオラルド様の頬にもう片方の手を添える。


「……私、リオラルド様と婚約できてとても嬉しく思います。これからも末永く、よろしくお願い致します」

「あぁ、私こそ……アリエルのずっと傍にいるよ」


 私達はとても幸せな時間をお花畑で過ごした後、屋敷へと戻った。

 これほど満たされた事があったのだろうか……私はとても清々しい気持ちで自室に戻り、いつも通り部屋を暗くして眠りに落ちた。







 ――グサッ

 暗闇の中、鋭利なモノで体を貫かれるような激痛が私の体を襲った。


「……~っ!?」


 痛みで体を動かそうにも拘束されて動かす事ができず、そのまま私は訳も分からず永遠の闇へと意識が落ちていくのだった。

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