スラム街の娘が悪役令嬢になりきって公爵家へ~一度捨てられた公爵令嬢は回帰魔法に覚醒したので悪評高い公爵家を変えていきます~

笹塚シノン

01 聖女は辺境の地へ

「我が愛娘であるスフィアが真の聖女だ! だからアリエル、やはり聖女ではないお前はもういらない!! 何の取柄もないお前は辺境の地にある没落貴族に嫁ぐのがお似合いだろう。即刻、我が公爵家から出ていくのだ!」


 妹であるソフィア・ミダデスの聖女の儀を済ませたパーティ会場の面前で、お父様であるカスゴ・ミダデスの発した声が会場内に響き渡る。

 ゴミを見るような目で私を見つめる父上は私と血がつながっていない。


 ――ざわざわっ


 なので、多くの観衆が集まったこの場でも平然と私をおとしいれる言葉をぶつけてくる。

 そんな義父に育てられたソフィアも性格がねじ曲がっており、私を見下したような視線を向けてくる。


「あらあらまぁまぁお姉様……お可哀そうに。ふふふ、せいぜい没落貴族様方とお幸せにお過ごしくださいまし」


 ソフィアは豪華なドレスを着て紫色の瞳に赤い髪をなびかせながら父上の傍で私をあざ笑いながら吐き捨てる。

 こうして私はミダデス公爵家から没落貴族へ嫁ぐことが決まった。


「わかりました。ご配慮ありがとうございますお父様。……それではすぐに仕度を済ませて出て行かせて貰います」


 私は憎悪の対象である二人がいるこの場からすぐに去りたい衝動を感じながら深々とお辞儀をしてパーティ会場を後にした。

 

 ……なぜ、このような事になったのだろう。

 今の状況になった経緯を私は思い出していた。


 私は元々魔法使いの名家であるミダデス公爵家に生まれたのだが、私は聖女の力を持たずに生まれた為、跡継ぎ失格の烙印を押されてしまった。

 私の本当のお父様は私が生まれて間もなく亡くなっており、お父様を無くして心が弱っていたお母様にすり寄ってきたのが今の義父だ。


 聖女の力を持った跡継ぎを作る為にお母様と義父の間には私と一歳違いのソフィアが生まれ、私が三歳の時にお母様も病気で亡くなった。


 それがキッカケで、私の公爵家での生活は唐突に終わりを告げた。

 ……なぜなら、両親を失い聖女の力を持たない私は三歳という幼い状態で公爵家から放り出されたからだ。




◇◇◇ ~15年前~




 私が三歳になった頃、お母様が体調を崩す事が多くなり、顔色も徐々に悪くなっていくのを感じていたある日の事だ。

 お母様は苦しそうな表情を浮かべながらベットに横になり、私に向かって語り掛けてくる。


「ごめんなさい、可愛いアリエル。貴方を残して逝ってしまう私を許して頂戴。……いつか、必ずアリエルを幸せにしてくれる人があらわれるから」

「……お母様?」


 お母様は聖女の力を持たない私に公爵家で唯一優しくしてくれた存在だった。

 そんなお母様が何を言っているのか分からないまま、すぐに私のお母様は動かなくなった。

 

「ふん、聖女の力を持たないお前に用はない! どこかで野垂れ死ぬがいい!!」


 訳も分からないまま、特別な力を持たない私は残った義父から告げられた。

 なぜなら、お母様と義父の間に生まれた妹のソフィアには治療魔法の力が宿っており、聖女の力を持たない私の居場所はもう公爵家にはなかったからだ。




◇◇◇ ~1カ月前~




 あの日、私は森で捨てられていたところをパロムおばさんに拾われてスラム街で暮らすようになった。

 毎日食べる十分な食事もないような極貧の生活をしていたけど、私とパロムおばさんは二人で力を合わせて暮らしていた。


 だが、私の元へ突如現れた公爵家の使いの者がパロムおばさんの首を切り落として惨殺した後、私を無理やり公爵家へ引き戻したのだ。

 引き戻された経緯としては、魔物の狂暴化を押さえる為に聖女の力がもっと必要になった為らしい。


(そんな事情なんて知らない……私を育ててくれたパロムおばさんを殺すなんて……最低!)


 そんな事を思いながら公爵家に到着して間もなく、私は義父がいる個室に通される。


「お前に聖女の力があるか確認する前にお前の体を味わってやろう!」


 ニチャニチァした表情を浮かべて体を太らせた義父は育った私の体を舐め回すようにすり寄ってくる。


「……ヒッ」


 私は怯える事しかできなくて、パロムおばさんに作って貰った服が破り捨てられる。

 下着が露になった私は、とても強い力で両手を押さえられ身動きが出来ない状態にさせられる。


「いやっ! ……や、やめてください、お父様」

「ほぉ……その嫌がる素振り、今は亡きマリアの面影が出始めているではないか。……ふふ、お前も母親と同じように殺める事もできるのだぞ!」

「……っ!? それはどういう……」


 私は今からされようとしている行為と、義父から発せられた言葉に混乱してしまう。


「ふん、もう過ぎた事だ。それにその反抗的な視線……これは楽しめそうだな」


 義父は不敵な笑みを浮かべながら私の下着を脱がそうとしたその時――


 ――コンコンッ

 何者かが扉を叩く音が鳴り響く。


「公爵様。お取込み中、失礼致します」

「……ち、この声はレイモンドか。良いところだというのに……何だ!」

「ソフィアお嬢様がお呼びでございます」

「何、ソフィアが! ……ふん、お前の相手などしてはおられぬわ!」


 義父はそう言い残すと、私から手を放しすぐに部屋から出ていく。

 私は破り捨てられた服をたぐり寄せながら、開かれた扉の傍にいる執事服を着た銀髪の男性に声をかける。


「……あの、ありがとございます」

「はて、何のことでしょう?」


銀髪のレイモンドという執事はとぼけた表情を浮かべる。


「……いえ」

「それよりもアリエルお嬢様、そのままでは風邪を引いてしまいます。メイドを用意致しますので着替えて頂けますか?」

「……わかりました」


 突然現れた銀髪の執事により、私は義父から貞操を奪われる脅威から脱することはできた。

 それからも銀髪の執事の妨害によって、義父から私の貞操は奪われる事はなかった。




 だけれど、結局私には聖女の力がない事が分かりボロボロの服を着させられ、妹であるソフィアからは陰湿ないじめを日常的に受ける事になる。


 ――パァンッ!

 私はソフィアに頬をぶたれて地面に手をつく。


「……っ。な、何をするのですか」

「私のお父様に色目を使うなんて……貴方が私のお姉様だなんて心外だわ。そのみすぼらしい顔のどこがいいのかしら」

「……私はそんなことなんてしておりません!」

「それはどうかしらね」


 ソフィアは私の髪を乱暴に掴み、私の体ごと引き上げる。


「……痛っ」


ソフィアは私の耳元で囁く


「この家では、私が絶対なの。……すぐにお父様にお願いして、あなたを追い出してあげるから楽しみにしていなさい」


 ソフィアは乱暴に私を解放すると、高笑いしながら去っていく。

 それから私が公爵家から追い出されるまで、ソフィアの言いつけで公爵家の使いの者達からもゴミ同様の扱いを受ける日々を過ごす様になった。


「……うぅ」


 私は無理やりパロムおばさんと引き離されたあげく、公爵家ではゴミ同様の酷い扱いを受ける日々を過ごして毎晩目から涙が止まらなかった。

 

 ……もう私は、世界で一番いらない子だと思えるような程に。




◇◇◇ ~現在~




 私は長い通路を歩きながら小さく握り拳を作る。


(……これで、この最低な環境からもさようなが出来る……)


 私はこの公爵家でゴミ同然の扱いを受けていたのだから、当然の感情だった。

 それからすぐに身支度を済ませた私は銀髪の執事とだけ別れを済ませた後、迎えの馬車に乗り込み嫁ぎ先の没落貴族の家へと向かった。




 しばらく揺られていると、馬車は止まる。


「到着致しました。アリエル様」


 私は荷台の窓から外に視線を向ける。

 大きな門の鉄格子の先には敷地内が広がっており、少し奥に寂れた屋敷が見える。


「……ありがとうございます」


 私は短くお礼を伝えると、荷物を抱えて荷台を降りる準備をする。


 没落貴族――もとい、伯爵家の使いの者が荷台の扉を開けて私を荷台の外に誘導する。

 門を開けて屋敷の入り口付近に到着すると、扉付近の道の左右にメイドや執事などが並んで出迎えてくれていた。


「「ようこそいらっしゃいました。アリエルお嬢様」」

「……きょ、今日からお世話になります」


 私は一同の歓迎の声に少し戸惑いながらも挨拶を伝える。


 ――ガチャッ!

 すると、入り口の扉が開かれた。


「おぉ、よくぞいらっしゃいました! 貴方がアリエル嬢ですね。……なんとお美しい。ようこそ、グランベルズ家へ!」


 そこには高貴な服を着た紺色の短い髪に水色の瞳をした、とても優しそうな男性が姿を現した。


「……初めまして、アリエル・ミダデスと申します。貴方は?」

「あぁ、これは申し訳なかった。私はこのグランベルズ家の嫡男。リオラルド・グランベルズと申します」


 嫡男……となると、この清々しい程の笑顔を私に向けてくる方が私の相手……なのかしら?


「リオラルド様……ですね。今日からよろしくお願い致します」


 私は深々と頭を下げる。


「はは、かしこまらないでいいさ。ここでは楽にして過ごしてほしい。……さ、中に入ってくれ」

「……ありがとうございます、リオラルド様」


 私は手を引かれ、沢山の笑顔に囲まれたままグラインベルズ家に受け入れられたのだった。

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