第3話 伴奏

ドの鍵盤を叩けば、ドの音が出る。軽やかに鳴るピアノはなんて正直なんだ。


そんなことを考えながら私は合唱コンクールに向けて、家で一人黙々とピアノの練習に励んでいた。この楽譜をもらってからどのくらい練習してきたのだろうか。もう十分だと云えるけど、それでも譜面を注意深く読みながら鍵盤を叩く。


ピアノの先生を母に持ち、幼稚園からピアノを習っていた私にとってはなんてことないのに、流星くんに云われたあの一言が頭から離れない。


「すごいよ!並木!カッコいいよ」


カッコいい、だなんて男子から云われたことがなかったから驚いた。

でもすぐに今までは男子に使っていた言葉だったけど、カッコいい女子も悪くないなと思い直し、「そぉ?」と云いながら、多分二宮くんでも知っているモーツァルト作曲のキラキラ星変奏曲も弾いてみせた。


それは初めて自由曲の楽譜を渡された日の放課後だった。音楽室には私の他に音楽の先生と、流星くんだけ。二人の視線を他所に二度、譜読みしてから鍵盤に手を置いた。


自由曲『春に』。


レの単独音で始まり、ミシャープ、そしてファとレとシシャープの和音。言葉で表せばタララだ。

詰まる箇所もあったが弾き終えると拍手が送られた。


「めちゃくちゃカッコいい!」

「ありがとう」

「いつからピアノ弾いてた?」

「幼稚園の頃からかな」

「ずっとやってんの? まじすげぇじゃん!」

「コホンッ。二人とも盛り上がってるところ悪いんだけど、二宮くん、指揮の練習しに来たんでしょ?」

「あっ!そうだった。すいません、先生。てか先生、俺指揮ってしたことないし、あんまわかんないんすけど」

「なんで指揮者になったの?」

「いや、みんなにしろしろって言われて……ついノリで」


流星くんの頭をポリポリ描いている。その姿は少し、どこか間抜けで可愛い。


「はぁ」


音楽の先生の顔がみるみる内に呆れ顔になる。それに加え、先生の落胆するため息が全てを物語っていた。

それでも可愛い顔して教えて、教えてと先生にせがむ二宮くんが可笑しくてクスリと小さく笑って思ったままのことを云ってしまった。


「あっ!」


思いもよらぬとこでミスタッチ。私の悪い癖だ。

淡々と皿洗いをこなしている母に視線をやると、違うでしょ?と云わんばかりの顔で首を傾げられた。


集中している時は、頭の中は無だ。無と云っても、もちろん音符や記号には注意している。要するに、ピアノを弾くときは他のことを考えない。ただ合唱コンクールの曲の時だけはたまこうして、他のことを考えながら弾いてしまう。


こんなミス今までしたことなかったのに。集中しなきゃ。


明後日はもう本番なんだから。

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