君に捧げる恋のキセキ・萌衣からの手紙

 お兄ちゃん。


 こうして手紙を書くのは、とても不思議な気がするね。


 一筆したためております、なんて!!


 昔の人はこうやってしてたのかな?


 VRメールなら、階層通信端末の電源を入れれば、


 すぐに顔を見て話せるのにくらべて、手間もかかるし、


 お兄ちゃんに伝えたい言葉が溢れすぎて、


 この書き出しに、一時間もかかっちゃった。


 あっ、もちろん貴重な便箋を無駄に出来ないから、


 下書きには別の電子メモを使ったよ。


 書き損じは出来ないから……。


 でも不思議なことがあったんだ。


 お祖父ちゃんに、無理を言って用意してもらった万年筆と便箋。


 別の紙には書けないのに、百年前の便箋にだけは書けたんだ。


 とっても不思議、まるで魔法みたい。


 魔法少女になった気分。


 きっと亡くなったお父さんが、萌衣に掛けてくれた素敵な魔法。


 君に捧げる恋の微熱が実話って言ったよね、あれは本当だよ。


 私のお父さんとお母さんの出会いを書いた実話で、


 萌衣とお兄ちゃんみたいに、二人も別々の階層にいたの。


 お父さんが書いた小説は、二人の恋の記録。


 そう、恋のの物語。


 今の争いみたいなことが、定期的に起きるのは、


 お兄ちゃんも知っているよね。


 まだ階層という概念が確立していなかった、遥か昔から起こっていた過ち。


 どうして人間は争うのかな? 少しだけ環境が違うだけなのに……。


 私の住むレベルファイブの階層。


 お兄ちゃんの住むレベルセブンの階層。


 それは平行世界と呼ばれ、普通には行き来が不可能な存在なのに。


 だけど百年前にジェイ・フィニイ博士によって発見された。


 平行世界を移動できる階層エレベーターの発明とともに。


 まるでSF小説みたいなことが、当たり前になった記念すべき瞬間。


 だけど、お互いの階層にとっては、争いのたねになる忌むべき瞬間。



 ……駄目だ、便箋にはかぎりがあるから、全部は書けないよ。


 お父さんとお母さんに話を戻すね。


 二人も今の私たちみたいに、連絡を取れなくなっていたの。


 ううん、今以上に状況は最悪だったみたい。


 かろうじて違法通信が届くかもしれない今より、厳しい情報規制だったの。


 完全に諦めかけたお父さんは、悲しみのあまり精神を病むほど苦しんだ。


 錯乱した頭で、階層に関する古い文献を読み漁ったそうよ。


 そこで見つけたある一冊の本。


 名もない作者が書いた自費出版の作品に、お父さんは惹きつけられた。


 階層エレベーターを利用しなくても行き来が出来る方法。


 あとは映画でも描かれているから、お兄ちゃんも知っているよね。


 後半部分は、ほぼ同じ。


 階層エレベーターと違うのは、大きな物の行き来は無理なことも同じ。


 今回の手紙も同じやり方で、お兄ちゃんに送ったの。


 だけど百年前の物を使うだけじゃ駄目なんだ。


 本当に愛しあう二人の気持ちが重ならないと、奇跡は起きなない。


 そして心の底から奇跡を信じるの。



『恋するあなたに届け、この想い』



 それは、ごくありふれたラブソングみたいなシンプルな言葉。


 だけど輝きを放つ、何千年前からも変わらない想い。


 この手紙がお兄ちゃんのもとに届いたら、


 心の底から信じてほしいの。


 奇跡は本当にあるってことを!!


 私たちの恋は距離や時間に絶対に負けない。


 必ず、一緒に暮らせる未来を信じて。


 さよならは 言わないよ、絶対に逢えるから!!


 あなたの萌衣より。 

 大好きなお兄ちゃんに捧げる恋の手紙ラブレター


 



 追伸


 萌衣の誕生日に、お兄ちゃんと初めて会ったあの場所で待っていて。

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