ごくありふれたラブソングみたいなもの……。

【Start playing】



『――おはよ、お兄ちゃん』



『萌衣、いつの間にか寝落ちしてた……』



『万年筆を握りしめたまま、机に突っ伏して寝てたよ』



『こんなに勉強したの受験以来だ。ちょっと寝ぼけててごめんね。おしゃべりしてないと二度寝しちゃいそう……』



『……でもね萌衣、夜明けの雰囲気って何だか好きなんだ』



『頭に薄いが掛かったみたいな状態。そこからゆっくりと意識も鮮明になるの。まるで太陽が昇るみたいに。どんな不思議なことが起こっても信じられそうな時間帯』



『……まるで夢の続きを見ているみたいな感覚、素敵な夢なら覚めないでほしい』



『今から萌衣が話すことを笑わないと約束して。これはじゃないよ……』



『駄目だ、自分で言って自分にウケる。妙にハイテンションだ、今の私』



『萌衣、勉強で苦手な教科は歴史なの、高校受験でも苦労したな……』



『あっ、今から話すことは、お勉強の話じゃないから、安心して。お兄ちゃんに教えてなんて言わないよ!!』


『ねえ、前に話したこと、覚えてるかな? もし萌衣のいる階層世界でお兄ちゃんと一緒にデート出来たら絶対に外せないって場所……』



『いつもの茶番劇じゃないから、答えを言うね』



『……ジェイ・フィニイ平和記念公園』



『そうだよ、階層間の国交正常化を記念して造られた公園』



『ちょうど百年前だって……。萌衣はまだ十六年しか生きてないから気が遠くなるような古い数字』



『はい、ここ!! テストで必ず出ますから注目!! なんて……』



『これは笑えない冗談だ』



『特にいまの私たちには……』



『……離れ離れなのに平和記念公園なんて皮肉だね』



階層間かいそうかんエレベーターなんて発明がなければ、こんな争いも起きなかったのに……』



『……』



『ここから本題。絶対に笑わないこと!! もし笑ったら針千本飲ます!! これも古いだよね。お兄ちゃんが使いそうな言葉、よく知ってるでしょ』



『だって勉強したの、お兄ちゃんのいる階層世界の歴史も全部!! これから萌衣のやることに必要だから。あっ!? これは別の話だよ。聞かなかったことにして』



『……真実はすべて手紙に書くから』



『まさか本当にをするなんて以前の私に聞かせてやりたい、なんて言われるかな? おい、少しだけ未来の萌衣よ、なんてアナログなことしてるの!?

 きっとそう言われるはずだ……』



『お兄ちゃんの呼び名は謎のペンフレンドかな?』



『骨董品店のお祖父ちゃんにお願いして、揃えてもらったの。古い万年筆、便箋、それを入れる封筒、当時の切手まで!! ぜんぶ百年前の物で揃えた』



『……君に捧げる恋の微熱』



『私とお兄ちゃんの大好きな映画だよ』



『亡くなったお父さんが原作を書いた作品、あの作中の恋人たちと同じことをするの』



『百年前の懐中時計もある。これを手紙に添えて奇跡を起こす……』



『池に投げるから防水ケースに入れたいけど、最新の物を使ったら奇跡は起きないんだ。心の底から信じるの……』



『お兄ちゃんなら信じてくれるよね。あの映画のラストシーンみたいに』



『そう、ごくありふれたラブソングみたいなもの……』



『お父さんは、初めて私に原稿を読ませてくれたとき、ほほ笑みながら私に言ってくれたの。萌衣、ありふれたものだから輝きを放つんだって……』



『私しか知らない秘密があるの。お父さんが萌衣のために書いてくれた恋愛小説ライトノベル



『あれは実話を元にしていること……』



『引き裂かれた恋人たちが、手紙でやり取りをする場面。別々の場所に存在する階層を繋ぐつな場所』



『平和記念公園内に併設されたグランドホテル前、あの有名なエリーズの池に、手紙を投げるの』



『もちろん観光客みたいに小銭を投げても駄目、すべて条件が揃わないと。

 あの小説や映画では、わざとぼかされていたけど……』



『亡くなったお父さんが、私にそっと教えてくれた。萌衣、すべてが揃わなければ、相手に手紙は届かないって』



『このVRレターが、本当にお兄ちゃんに届いているか分からないから』



『奇跡は待つものじゃない、起こすものだって!! その言葉を教えてくれたのはお兄ちゃんだよ』



『すべての条件は揃ったから萌衣は奇跡を信じる』



『一緒にいられる平和な未来も……』



『待っていてね、お兄ちゃん。私は距離になんか負けないから』



『私の想いを手紙に託すよ』



『大好きなお兄ちゃんに届いてほしい……』



【End of playback】

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