第143話 仕事は仕事だ
手配された場所に二人で向かうと、同じく仕事を受けた労働者の姿があった。
大勢で仕事に当たるらしい。知り合いなのか仕事前の雑談をしているグループがいくつかある。
何人かがこっちを見たが、すぐに興味を失くしたようだ。
傍には山のように煉瓦が積まれており、たくさんの麻袋もあった。
現場監督らしき男が部下を引き連れて大きく手を叩く。
俺も含めて大勢が男の方へ向いた。
「皆よく集まってくれた。経験者もいるだろうが、改めて説明するぞ。今日の仕事はこの城壁の工事だ。煉瓦の運搬と施工。体力仕事だが、頑張ってくれ」
次に部下の男が前に出る。
「えー、ではこれから作業してもらいますが、服が汚れるので希望者には前掛けを貸し出しております。使い回しですが我慢してくださいね」
部下の男はそう言って指さす。
そこには確かに前掛けが乱雑に積まれたカゴがあった。
この服を汚す訳にはいかない。借りるか。
カゴの中からいくつか取り出す。
どれもモルタルで汚れているので比較的マシなものを選ぶ。
手で汚れを払うと白い粉がまってむせそうになる。
「ないよりはマシだが、中々ひどいな」
「そーだね」
前掛けを着用して続きを聞く。
「足場は組み終わっているので、煉瓦を指定した場所に運んでください。手先が得意な人には煉瓦を積んでいってもらいます」
説明はそこで終わった。
ひとまず周りの様子を窺う。
慣れた様子で何人かは煉瓦を用意された台車に載せて部下の男の指示された場所へ運搬していく。
台車の数は限られている。手で運んでもしれているからあの役目は任せた方がいいだろう。運ばれた煉瓦を足場に上げる作業でもやるか。
「おい、アンタ」
現場監督の男に話しかけられる。
「なんだ?」
「ずいぶんとガタイがいいじゃないか。ちょっと手伝ってくれ」
そう言って連れていかれたのは麻袋が積まれた場所だった。
「子連れでくるのは初めてだよ。まあ一人くらい小間使いがいても構わんが」
「俺の子供ではないんだが。で、何をすればいいんだ?」
「これを水と混ぜてくれ。水はこの容器に半分でいい。モルタルができあがる」
マステマの背より大きな容器をコンコンと叩く。
どうやら麻袋の中身と水をこの容器の中で混ぜるようだ。
「他にも何人か連れてくるから、終わったら教えてくれ。水はこの蛇口をひねれば出る」
「いや、俺達だけで十分だ」
「おいおい、その嬢ちゃんには荷が重いだろ。何か別の仕事でも……」
「あれを見てもか?」
俺が指さすと、マステマはさっそく片手で麻袋を掴んで容器の中に中身を入れ始めていた。
中身は鼠色の粉だった。砂埃が舞う。
「待て、中身はまだ入れるな。水が先だ」
「そうだっけ」
「……二人でようやく持ち上げられる重さなんだが」
「ひたすら混ぜていけばいいのか?」
水を入れ終わり、長い棒で粉と混ぜ合わせる。
すぐに粘度の高い泥のような物体に変わっていく。
混ぜるほど抵抗が強くなるが、この程度なら問題ない。
「粉が完全に溶けきったら完成だ。これも二人でやる仕事だぞ。それにしてもおたくら何もんなんだ?」
「それはそんなに大事なことか?」
聞き返す。
実際何者かといわれてもここでは何者でもない。
現場監督は少しだけ考える素振りをした。
だが答えはすぐに出た。
「仕事を完遂させる方が大事だな。それじゃあ任せたぞ」
「ああ、任せておけ」
現場監督を見送り、二人で黙々と作業をする。
「人間は粘土遊びが好きなの?」
「別にそういうわけじゃない。あの城壁は一個一個煉瓦を積んだ結果だ」
「へぇ」
感心したように言うが、マステマは多分分かっていない。
人間は多くの生物に比べて非力だ。
その備えとしていろいろな工夫をしてきた。
この煉瓦も単体では何の役にも立たないが、モルタルを使って積み上げれば立派な壁になり、身を守ってくれる。
マステマも混ぜる側に回り、二人で延々と容器の中をかき混ぜる。
俺も結構いいペースで混ぜているのだが、マステマは抵抗すら感じていないようだ。
勢いよく混ぜすぎて中身が零れそうになっている。
大惨事になるのでほどほどにさせた。
全て混ぜ終わったので現場監督の男に言うとぎょっとされた。
失礼な男だ。
「もらっていきまーす」
何人かの作業員が作り終わったモルタルをバケツに詰めて持っていく。
「本当にこんなに早く……」
「で、他になにをすればいい?」
「手先は器用な方か?」
「それなりに」
「なら煉瓦を積んでいってもらうか。やり方はこうだ」
煉瓦の下側と右側にモルタルを塗りつけて置く。次の煉瓦は隣に並べていけばいいそうだ。
足場を上がり、城壁の上部へと移動する。
命綱を腰につけて煉瓦を積んでいく事になった。
煉瓦とモルタルは滑車を使って上に運ばれたものを受け取る。
マステマは力加減を誤って壁を壊す可能性があるので、煉瓦を取って俺に渡す役目にした。
俺は受け取った煉瓦にモルタルを塗って置く。
「はいこれ」
「おう」
息を合わせるのは得意だ。どんどん作業を進める。
こういう単純作業は嫌いじゃない。
なぜなら効率化のし甲斐があるからだ。
単純作業ほど一つの工程を縮めると影響が大きい。
相方は疲れ知らずの悪魔だ。こっちがへばらなければずっと同じ速度で作業できる。
しばらく集中していると、下から現場監督が何か言っていた。
「飯の時間だ。休憩しろー!」
右手を上げて応答する。
そんな時間か。
足場を下りて水で手を洗う。
食事付きとあったが、パンと飲み物が支給された。
ソーセージを挟んだパンはパサパサだったが、あるだけマシだ。
文句は言うまい。
「お前らのおかげで大分進んだよ。午後もこの調子で頑張ってくれ」
「言われなくてもそうさせてもらう」
どんな仕事でも手を抜いたことはない。
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