第144話 大黒柱の威厳

 午後の仕事は陽が明るいうちに終わった。

 モルタルがすぐ用意できたのもあって、かなり早く作業が進んだらしい。

 作業終了後に並んで給金を受け取る。


 ようやくこの前掛けから解放された。


「ちょっと進捗が遅れ気味だったんだが、上手く巻き返せたよ。少しだけ色を付けておいたからまた頼む」


 現場監督の男はそう言うと、俺とマステマに給金を渡す。


「機会があったらな」

「あったらね」


 受け取ったのは銀貨が八枚。

 マステマは六枚だ。


 他の一般的な労働者は様子を見た限り三枚前後のようだ。

 多少待遇をよくしてくれたか。


 これなら数日分の滞在費にはなるだろう。

 銀貨一〇〇枚ほど貯金出来たら正規の滞在書に切り替えたい。


 帰り道に銭湯を見つけた。

 衛生面を考えれば未来だろうと当然あるよなと納得する。


「風呂に入っとくか。汗もかいて埃っぽいし」

「アハバインは日に焼けてるね」

「お前は白いままだな。まぁ当然か」


 悪魔は日焼けしない。たぶんダメージ扱いになるのだろう。

 太陽の下であれだけ働けば人間は当然日に焼ける。


 風呂の湯は清潔で、清掃も行き届いていた。

 早く仕事が終わったからか他に利用客の姿はまばらで、ゆったりと利用することが出来た。


 タオルに湯を染み込ませて体を拭いても清潔にはなるだろうが、やはり湯に浸かるのは他に代えがたい至福の時だ。


 疲労が小さな悩みと共に溶けていく。

 しばらく使って風呂から上がる時には気力も体力もいつも通り回復していた。


 やはり風呂は大事だ。

 アーネラ達の稼ぎは分からないが、たとえ少なくても風呂代は俺の金から出してでも入らせよう。


 風呂の代金は安い。

 燃料代を考えると赤字ではないかと思うほどだ。


 補助でも出して意図的に安くしているのだろうか。

 斡旋所を見る限り肉体労働者も多い。


 清潔を維持する必要経費ではないかと思った。


 少し遅れてマステマが出てくる。

 頬が赤くなるほどほかほかになっているが髪はまだ濡れており、雫が落ちている。


 いつもならアーネラがさっと面倒を見るのだが、今は俺しかいない。

 風呂で買い取ったタオルを使ってマステマの髪を隅々まで拭き取る。


「ん、気持ちいいよ」

「そりゃよかったな」


 なすがままのマステマは髪が乾くと大きく体を伸ばす。


「あの遊びはちょっと楽しかったね? 明日は何をして遊ぶの?」

「遊びじゃないんだが……まあお前には遊びにしか見えないか」


 悪魔にとっては生産的な活動などあまり意味を持たないのかもしれない。

 生殖活動はまた別のようだが。


 この様子だと同じ仕事を続けるのは避けた方がよさそうだ。

 飽きてしまうとろこつに機嫌を損ねるだろう。


 今のマステマはそれでもすぐに暴れ出したりはしないだろうが。


 身綺麗にして宿に戻ると、セピアが既に戻っていた。

 いくつかの本を積み重ねてひたすら読んでいる。

 普段は子供らしさがあるが、こうしていると様になっていて風格を感じる。幼くして魔道学園を束ねていただけのことはある。

 ちなみにマステマはさっさと寝てしまった。


 読んでいた本がちょうど読み終わったようで、こっちに気付いた。


「おかえり。早かったね」

「セピアの方こそずいぶん早く終わったんだな」

「当然! その辺の魔導士数人でやるような仕事だもん。ぱぱっと終わらせちゃった。それよりこの都市は凄く本が安いの。活版印刷してるとしか思えない」


 本はそれなりに高級品だ。

 きちんとした紙に質の良いインク、そして正確に写す手段。

 どれをとっても安くはない。


 貸本屋が成立する程度には買うものではなく借りるものといえる。

 魔導書などはより顕著だ。


「これだけ買っても銀貨二枚だった。あ、言っておくけど知的好奇心だけじゃなくて必要な経費だからね。他の稼ぎは渡すし構わないでしょ?」

「頭脳面じゃお前が柱だからな。それ位はかまわんさ」

「さすがアハバイン! 話が分かる。それに読み終わった本はもう覚えてるから、売ればある程度帰ってくるし」


 セピアは完全記憶能力というスキルも持ち合わせているらしい。

 見た映像をそのまま頭の中に再生できるとのことだ。


 もっとも一族から継承された記憶が膨大過ぎて、必要な情報を探すのに時間が掛かってしまうのですぐには出てこない。なんともセピアらしい。


 セピアが稼いだお金を受け取る。

 金貨一枚と銀貨五枚。


 肉体労働と魔導士との稼ぎの違いがよく分かる。


 セピアが買ってきた本は帝国語に近い言語で書かれていた。

 読みにくいが、読めなくはない。


 こういう所を見ると、やはり帝国の流れを引き継いでいるのは間違いない。

 どのようにして潰えたのかは知りたいところだが。


 アーネラとノエルが戻ってきたのはもう少し遅かった。

 昼だけではなくディナーまで残って欲しいと散々せがまれたらしい。

 少しだけ譲歩して、夕方には何とか抜け出せたとアーネラから聞いた。


「二人ともお疲れさん。どうだった?」

「活気がありましたね。高級レストランという触れ込みでしたが、普通の家族らしい人も大勢見かけました」

「是非ともまた来てくれ、だそうです。給金もよかったので落ち着くまでは通ってもいいと思います」


 二人合わせて銀貨七〇枚。


 もしかしなくても俺とマステマの二人が一番稼ぎが少ない。

 アーネラ達も基本給は同じ程度らしいのだが、客からのチップが凄かったらしい、

 店に半分納めてこれだ。


 まぁ、アーネラとノエルの給仕を受ければさぞ気持ちよく食事ができただろう。


「制服はちょっと恥ずかしかったです」

「下はズボンなんですけど、結構短くて」


 脚線美も加味されたようだ。

 明日はもう少し稼ぎのいい仕事にするとしよう。

 このままでは家主としての威厳に関わる。


 とはいえ、一番の技能である冒険者としての実力を発揮できないのは少し残念だ。


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