第141話 冒険者のいない都市

 老婆の言った通り、近くに安宿を見つけた。

 女連れなので多少高くても鍵のかかる個室にする。

 宿泊費と食費で換金した金はほぼなくなるだろう。


 他の人間と同じ部屋で雑魚寝にすると確実に流血沙汰になってしまうからだ。

 幸い大部屋が一部屋確保できた。


 粗末なベッドに腰かけ、息を吐く。

 ベッドから軋む音がする。

 流石に少し疲れた。


 マステマが後ろに回り、背中に持たれかかってくる。

 両手はだらりと垂れ下がった。

 柔らかい感触が伝わってくる。


「さすがに疲れた?」

「少しな」


 どうやらこれで心配してくれているようだ。

 最初に比べるとずいぶんと成長したなと思う。


「もうダメ。ちょっと寝るから」


 セピアはそう言ってベッドに突っ伏した。

 思えば結界を張ったりと一番慌ただしく動いていたのはセピアだ。

 今はゆっくり寝かせておいてやろう。


 窓から街並みを眺める。

 やはり、洗練されているというべきか。

 雑多に拡大された都市ではない。

 きちんと計画に基づいて作られた都市だ。


 アーネラ達と合流するまで少し時間がある。

 マステマをどかして俺も背中からベッドに倒れ込んだ。

 右腕の位置にマステマが潜り込む。


 帝国はもうないらしい。

 では王国は?

 セピア曰く魔道国並みの技術がこの都市にはある。

 あの城壁は何のために?


 色々と考えても仕方ない。

 情報を集めなければ想像の域を出ないことばかりだ。


 今はそれよりもまず日々を生きることが優先だ。


 その日暮らしか。

 久しく無縁だった響きだ。


 だが今は一人じゃない。

 なんでもできて従者として頼りになるアーネラとノエル。

 上級魔導士であり、魔道国の英知の結晶を身に宿すセピア。

 比類なき戦闘力をもち、条件を満たさなければ傷を負わない上級悪魔のマステマ。

 そして帝国最強の冒険者だった俺だ。


 大抵の場所でやっていけるだろう。

 もう少しまとまった金があれば色々と出来たのだが、ないものは仕方ない。


 生活が軌道に乗ったら情報収集を本格的にやる。

 マステマの言う通り地獄に行く手段があるのかどうかもまだ分からない。


「アハバインがいれば別にどこだって楽しいけど。しばらく退屈はしなさそうだね」

「いやでも退屈はしないだろうさ。糧を稼ぐってのはそういうことだ」


 今までは莫大な収入があったので考える必要すらなかっただけだ。


 そろそろアーネラ達も戻ってくるだろう。

 体を起こす。

 マステマも立ち上がるが、服に皺が寄って乱れている。

 このままだと表に出せないので皺を伸ばして整えてやった。


「どう、そそる?」

「アホか。それどころじゃない」

「残念」


 セピアがまだ寝ていたので部屋に鍵をかけて外に出る。

 鍵と言えば、これも謎の形状をしている。


 四角い板がカギになっていた。

 これを溝に通すと鍵が開く。


 どうなっているのだろうか。不思議だ。

 これも魔道国の技術とかかわりがあるのか気になる。


 この国が魔道国に属しているのなら、色々と対策も必要かもしれない。


 目立っている銅像に向かう。

 俺と同じように集合場所に使う人はそれなりにいるようだ。


 マステマと共に周囲の人達を観察しながら二人を待つ。


 少しすると周囲がざわついた。

 その理由はざわつく方を見ればすぐに明らかになった。


 アーネラとノエルがこっちに向かってきていたからだ。

 男達は色めき立ち、隣に恋人がいる場合は睨まれている。


「お待たせしました」

「特に問題なかったようだな」

「はい。簡単な聞き込みでしたけど色々分かりました。あとどうやって職を得るかもばっちりです。私達が働いてご主人様を養いますね!」


 ノエルは何やら気合が入っている。

 アーネラも頷いていた。


 どうやら俺を養う気満々らしい。


「落ち着け、どうしたいきなり」

「いえ、良い機会だと思いまして。今までぬくぬくと過ごさせてもらいましたし、こういう時にお役に立ってこそだと思うのです」

「アーネラと同じ意見です。とても大事に扱ってくださるのは分かりますが、奉仕するのが私達の仕事なんですから」


 どうやら危機的状況に奮起しているらしい。

 二人を何とか気持ちを落ち着かせる。


 気持ちは嬉しいが、女を働かせてぐうたらするのも趣味じゃない。


「いい案だと思ったのに」

「うう、残念です」

「そこまで甲斐性なしのつもりはないぞ。一緒に稼げばいいだろ」


 なんとか話を分かってくれたようだ。

 ここでは人目を集めてしまう。話はそこそこにして宿へと移動した。

 その際にパン屋があったのでサンドイッチを買っておいた。


 しかし、アーネラ達二人なら真っ当にやっても日銭どころかいくらだって稼げるだろう。


 だが、それに頼り切るのもよくない。

 そもそもそれで解決したら面白くないではないか。


 貧乏生活をどう乗り切るのかあがくのも貴重な経験だ。

 力仕事なら俺とマステマに向いているし。

 セピアは……うちの面子の中では一番稼げるだろう。


 上級魔導士は出来ないことの方が少ない。一人で大規模な土木工事もできる。

 全属性を扱えるのだから尚更だ。


 問題は仕事があるかどうかだが、アーネラ達によるとその心配はなさそうだ。

 あの巨大な壁の補修やレストランの店員など、人ではいくらあっても足りないらしい。


「ただ、冒険者に該当する仕事はありませんでした」

「荷物や手紙の配達などはあったのですが……、魔物の討伐はないそうです」


 冒険者という存在そのものがなくなっているということか。


 色々と考えても仕方ない。

 より情報を集めなければ想像の域を出ないことばかりだ。


 食事を済ませて今日は休むことにした。


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