第140話 増える疑問

 シュバリエという一代限り、しかも最も格下ではあるが爵位まで受勲されたというのに兵舎の更衣室で従者共々着替えとは。


 ちょっと面白いな。これも人生だ。

 安定するだけの人生を送るにはまだ若すぎるというもの。


 セピアは恥ずかしがって着替えを抱えてアーネラとノエルの後ろに隠れた。

 心配しなくてもお子様には興味ない。


 マステマはセピアよりは大人の体型だし特別ということで。

 実際セピアは預かって保護した子供という認識が強い。


「少し変わった服ですね」

「そうだな。帝国とも王国とも違う。どちらかというと東にある国の服に近い」


 アーネラが着替え終わり、その姿を披露する。

 上下が一体になった服で、下はスリットが深い。

 その分露わになる肌が見えないようにミニのキャロットスカートを身に着けている。


 動きやすく、それでいて女性らしさを感じる服だ。

 ノエルも色違いの似たような服装だった。


 アーネラと二人並ぶとそれだけで華やかな感じがする。


「どうでしょうか?」

「お前達ならどんな服でも似合うだろう」


 ノエルから感想を求められたのでそう返す。

 これはお世辞ではなく事実だ。


 平民はもちろん、貴族や王族などの美しい女達を多く見て来た。

 中でもサナリエ・アリエーズ元皇女とラファ女王は飛び切りの美人だった。


 しかしうちの従者二人は負けていない。

 しっかりと着飾ってやればあの二人と並んでも遜色ない美しさだろう。


「ありがとうございます……」


 直球過ぎたのかノエルとアーネラはちょっと照れてしまった。

 マステマはそんな二人を不思議そうに見ている。


 ノエルのようにスタイルが良ければ女性らしさが際立つ服だが、マステマ位の身長だと色気はない。

 セピアも同様だ。ただその服装だと宙に浮くとスカートの中が見えるぞ。


 男物はシャツにズボンと普通のものだ。

 着替え終わり、更衣室から出る。


 服を買ってきてくれた兵士に礼を言い、ようやく兵舎から出ることが出来た。

 少し埃っぽかった。ようやく新鮮な空気が吸える。


「ちょっと違和感があるね」


 マステマがそう言いながらスカートをいじる。


「下に着てるのが水着だからね。今は仕方ないよ」

「そういうものなの?」


 そう、下着までは手に入らなかった。

 というより予算オーバーだったのだろう。


 水着を着たまま誤魔化している。

 今は脱ぐ訳にもいかないからな。


「やっぱり衣食住だな。それがないとどうにもならん」

「そうだね」


 魔物がいなかったので外で自給自足も不可能だ。

 この都市で何か仕事を見つけられたらいいのだが。


 うちの連中に不便をかけさせるのも気に食わない。


 今日の宿位なら残りの金貨を換金すればどうにかなるのだが。


「とりあえず仕事の斡旋所かなにかを探してみるか」

「なら私達が聞き込みをしてきます。言葉も通じるようですし」

「お任せください!」


 ノエルとアーネラがそう言ってくる。

 確かに情報集めならこの二人が一番か。


 俺も表情を作れば出来るのだが、美少女二人の方が効率がいいのは明らかだ。

 それに絡まれても加減しつつ自衛できる。


「そこまで言うなら分かった。二手に分かれるか。俺達は宿をとって付近の情報を集める。集合場所は……あの像の下でいいだろう」

「分かりました。では後で合流しましょう」

「ああ。成果の有無にかかわらず適当に切り上げて戻って来いよ」

「はい」


 この都市の中央には銅像がある。

 何の銅像なのかはまだ見ていないが、領主のオルブストとやらの像だろう。


 まさか同じ性をもつ領主がいるとは。何やらそわそわする。


 ノエルとアーネラを見送り、こっちは三人で移動する。

 セピアとマステマを連れて歩き始める。


 この組み合わせだと悪い意味で注目を集めるかもと思ったが、杞憂だった。

 周りの住民達は慌ただしく移動している。


 さぞ忙しいのだろう。


 まずは手持ちの金貨を両替するか。

 質屋の場所は兵士から聞いておいたのでまずはそっちへ向かう。


 セピアからするとここが未来の世界の可能性が高そうだが、人間が集まれば質屋のような場所は必ずある。

 鎖国でもしていない限り交易は必ず発生する。

 そしてそれを通貨に変えるという商売は比較的中間利益を確保しやすいのだ。


 目利きが出来れば損もし辛い。

 金を稼ぐ手段を探している時に質屋の商人からそう教わった。


 残念ながら相応に時間が掛かるので金貸屋に金を貸して金利を貰う方法に切り替えたが。


 訪れた質屋は小さな店だった。

 骨董品らしきものとアクセサリを並べているが、並べ方も雑で売る気があるとは思えない。


「いらっしゃい……」


 店番はくたびれた老婆だった。


「これを換金したい」


 そう言ってアリエール帝国金貨を渡す。


「またこれかい。もうない国の金貨なんて縁起でもないんだけどねぇ」

「帝国はもうないのか?」

「昔の話だよ。ずっと昔。ほら」


 老婆は帝国金貨を掴むと、代わりに紙幣を渡してきた。

 この国は紙幣か。細かい金は兵士に見せてもらった硬貨のようだが。


「金の割合は悪くないんだけどねぇ。これ以上は出せないよ。他所も同じだろうね」


 もっと話が聞きたかったが、老婆はこれで話は終わりだという様子で口を閉ざした。

 無理に口を割らせるのも難しいだろう。


 トラブルを起こす訳にもいかない。

 相場があっているかも分からないが、今日の宿と食事は不可欠だ。

 背に腹は代えられない。


 こういう不利な感じは冒険者初期を思い出す。


「分かったよ。そうだ、この辺に安い宿はないか?」

「変な客だねぇ。そっちに安宿があったはずだよ。ほらさっさと行った行った。商売の邪魔さね」


 老婆は追い払うように手を振る。

 やらやらと立ち去ろうとしたとき、老婆の動きが止まった。


 その視線はセピアに注がれている?


 何事かと思っていると、老婆が信じられないものを見たような顔をしていた。


「あのお方に似ている……」

「な、なに?」

「――歳が違いすぎる。驚いた。心臓が止まるかと思ったよ」


 老婆は何事もなかったかのように振る舞うと、大きくため息を吐いた。

 その後は何も言わず口を開かない。


 セピアを見て何かを思い出したようだが……。

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