第139話 帝国金貨の行方

 しばらく街の様子を眺める。

 治安もよさそうだし、活気もあっていい場所だ。


 これは都市を治める人物が仕事をしている証拠だといえる。

 あれだけの城壁を作り上げたのだ。それも当然か。


 兵舎に到着すると、荷台から降りてアーネラとノエルに手を差し伸べて降りる手伝いをする。

 その際にフードが乱れて水着姿が露わになりそうになった。


 二人ともフードを強く掴んで恥ずかしがる。

 海で水着姿になるのは開放感も手伝って問題ないが、町の中で水着姿を披露するのはただの痴女だ。


 そりゃ恥ずかしいだろう。


 兵士に連れられて兵舎の中に入る。

 その後にいくつか手続きをする事になった。


「名前を聞こうか」

「アハバインだ。アハバイン・オルブスト」

「……オルブスト? 奇遇なこともあるもんだ」

「どういう意味だ?」


 オルブストという姓は両親以外には他に会った事がない。

 割と珍しいと思っていたのだが。


「あんたもオルブストなのか?」

「まさか。そんなのオルブスト大公様に畏れ多い」


 オルブスト大公。

 大公とは大きな爵位の名前が出たな。

 王未満であり、公より大きいもの。


 公爵以上の権力を持つ王に次ぐ存在だ。


 あのワガママ皇女がもし帝国に残っていればそうなっていたかもしれない。


 断言するが、俺にそんな知り合いはいない。


「一応聞くが、おたくらは血縁者とかじゃないよな?」

「まさか! 偶々だろう。そんな知り合いがいるならこんな格好で草原に居たりしないさ」

「そうだよな。いやどうすればそうなるのかさっぱりだが、まあいい。助けてもらったんだし深くは聞かない」


 命の恩人という立場だからか深く追及もしないようだ。

 この状況を上手く説明しろと言われても困るし助かる。


 もっとも、彼らには水着姿で立ち往生していた間抜けとでも映っているのだろう。

 そうでなければマステマの強さを見ているのだから、こう簡単には城門の中に入れなかったはずだ。


 脅威よりも間抜けさが勝っている。

 恥でも何でも利用できるものは利用した方がいい。


「オルブストの名前を汚すようなことはしないでくれよ。大公様は皆に慕われてるんだ。石を投げられるかもしれない」

「大丈夫だ、トラブルは起こさない」

「そう願うよ。ほら許可書。臨時のものだから、正式なものが欲しいなら仕事でも探して銀貨五十枚を用意するんだな。一人十枚だ」


 そう言って渡されたのは薄いカードだ。

 表には名前と残りの滞在期間が表示されている。

 裏面を見ると注意事項が書かれていた。


 犯罪行為を行った場合は没収するとある。


 俺の分しかないと思ったが、これ一枚だけで全員の情報が分かるらしい。

 見た目はただのカードなのだが。


「魔力による情報の書き込みと読み取り……まだ研究段階だったのに」


 また後ろでセピアがぶつぶつと呟き始めた。

 さっきから聞いていればノウレイズ魔導国のことばかりだ。


 ここが未来ならばそれほど不思議でもないと思うのだが、セピアはそうではないらしい。


「……これで解放、と言いたいんだがあんた等の格好はなぁ」


 隊長格の兵士はそう言ってため息を吐く。

 言いたいことは痛いほど良く分かる。


 フードで隠しているとはいえ、怪しい格好には違いない。

 これでは仕事を探すどころか寝る場所すら見つからない。


 袋を開けて中を見る。

 最低限のものすら入ってないが、なにか金目のものは……。


 帝国金貨が三枚ほど奥に挟まっていた。

 大陸でも巨大な国家として名を馳せていたアリエーズ帝国だ。

 獅子戦争のゴタゴタがあったとはいえ、覇権国家として君臨していた。もしかしたらここでも使えるかもしれない。


 金の含有量は80%を超えていた筈だ。

 金だけでは柔らかすぎるので強度の為に割金として別の金属が混ぜてあるものの、腐っても帝国は覇権国家。金をケチったりはしていない。


 少し価値は落ちるが金として扱えば服と寝床ぐらいにはなるはず。


「この金貨は使えるか?」

「なんだ、金はあるんだな。なら心配しなくても……こりゃどこの国のだ?」

「なになに、アリエーズ帝国金貨?」


 兵士は金貨を摘むと、両面を見ながら訝し気に見る。

 帝国は残念ながら近くにはないようだ。

 あれだけの国が消えゆくとは考えにくい。


「帝国金貨? どれ、見せてみろ」

「おやっさん、これですよ」

「ほぉ」


 中年の兵士が奥から出てくる。

 平のようだが、兵士歴は長いようで隊長格の兵士よりも態度は偉そうだ。


「こりゃ珍しいもんが出てきたな。とっくに全部鋳潰されてると思ったがまだ残ってたか」

「鋳潰されてる? 流通してたのか?」

「俺が生まれるよりも昔の話だよ。詳しい話は知らねぇ。前に一度見たことがあるだけだが、確かにこんな硬貨だった」

「なら価値があるのかい?」

「はは、ないよ。んなもん。金としての価値があれば良い方だろ」


 そう言って中年兵士は金貨を戻す。


「だそうだ。偽造金貨かとちょっと疑ったが、そうでもないようだな」

「勘弁してくれ。なぁ、悪いんだがこの金貨を両替して服を買ってきてくれないか? もちろん礼はする」

「まぁ、いいけどよ。銀行には用事があるし。ああ礼はいらねぇ。その代わりこれで借りもチャラってことでいいな」

「助かるよ」


 背に腹は代えられない。

 それに兵士ならば持ち逃げもないだろう。

 ないよな? 少し不安だ。


 金貨を一枚残して渡して服を買ってきてもらう。


 待っている間、兵舎は俺達を無視して日常に戻った。

 それでいい。下手に構われても困る。


 若い男達はニヤニヤとアーネラ達を眺めている。

 顔を眺める位はさすがに許容してやるか。

 若い盛りだろうしな。


 しばらく待つと、金貨を渡した男がカートを押しながら戻ってきた。

 五人分の衣類だ。嵩張ってもちにくいのだろう。


「ほら、これでいいだろう」

「釣りはとっといてくれ。おっと、いくらになったのかだけ教えて欲しい」

「構わねぇよ。ほとんど金の価値だけどな」


 この都市の所属している国の貨幣価値をなるべく早く知る必要がある。

 金貨一枚と銀貨六十枚になったそうだ。


 兵士から服を受け取り、更衣室を借りて着替える。

 女性更衣室などという気の利いた場所はないので、五人で纏まって着替えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る