第138話 見知らぬ都市
朝日が昇るのをテントの外で眺める。
見張り役の順番はどうやら俺が最後のようだ。
兵士達が起き出す前に全員を起こすべくテントの中へと入る。
テントの中は女性の香りとでもいうべきか、甘い匂いが漂っていた。
マステマのような悪魔も体臭があるのだろうかと下らないことを考えながら全員を起こす。
こういう時にノエルとアーネラは申し訳なさそうにするのだが、従者のように扱っているからといっても見張り番などは交代が鉄則だ。
寝るのも仕事だと言い聞かせている。
セピアだけは寝起きが悪いのだが、子供だから仕方ない。
何度か揺すって、全員が起きたことを確認する。
着替えはないが体を拭くタオル位はある。
未知の土地で怖いのは病気や怪我だ。清潔に越したことはない。
カスガルは遠征に行くと大抵戻った後は寝こんでいた。
それをレナティシアが看病していた。
……そうか、あの二人がくっついたのはその積み重ねがあったからという訳か。
いまさら謎が解けてしまった。
お湯はいくらでも手に入るので、それぞれタオルをお湯に浸して体を拭く。
移動前には海に入っていたこともあって塩がこびりついて気持ち悪かったのだが、それも奇麗に落ちていく。
水着は体を拭く分には便利だな。
「背中拭いて」
「うん、ほら貸して」
マステマの背中をアーネラが奇麗にしていた。
「あの、私の背中を拭いてもらえませんか?」
「分かった」
ノエルの背中を拭く。
滑らかな肌だ。触り心地がよく、ずっと触れていたくなる。
「じゃあアハバインの背中拭いてあげるね」
後ろでセピアがそう言って背中を拭き始めた。
こそばゆいが、我慢する。
まるでままごとのような状態だが、悪い気はしなかった。
なんだかんだ、もはや家族だと思っているからか。
ついでにぼろのフードも洗ってしまう。
乾かすのも温風を生み出すだけでいいので手早く出来る。
この五人なら密林の奥に放り出されてもすぐに快適な生活が出来るだろう。
「うーん、ひもじいね」
「それはいうな。余計に腹が減る。というかお前は食事の必要もないだろうに」
「ちょっとは食べないと悪魔の体だって困るの」
手持ちの食料は少ししかないが、これは最後に取って置く。
今は白湯で腹を満たす。
ここまで貧相な食事は駆け出しの頃でもなかったと思う。
目標を達成するためにも衣食住が最優先だ。
兵士達も起きて片づけが済んだようだ。
再び馬車の荷台に乗り込み、移動を再開する。
移動中は暇だと思っていたが、女性陣は髪を梳いたりフードの補修をしたりと意外とやることがあるようだ。
しかし裁縫セットまで持ち込むとは用意がいいな。
「傷を縫うにも使えるので……」
「地面がごつごつしてたもんね」
「忌々しいけど天使がいるんだから傷は平気だと思うけど」
「ええ、いざという時は頼ってください」
ヴィクターがこっそりと現れて呟き去っていく。
ここぞという時にアピールする奴だな。
そうして時間が過ぎていくと、ようやく城壁が見えてくる。
……。
「城壁が大きくないか?」
「間違いなく大きいです。王都どころか帝都の壁よりも高いのではないでしょうか」
アーネラが言うのなら間違いないだろう。
過剰ともいえるほどの城壁は強い威容を放っていた。
魔物も少ないというのに何に備えているというのか。
「セピア。一流の魔導士としてあの城壁をどう思う。壊せるか?」
「あれは無理だよ……私が十人いても壊す前に魔力が尽きると思う」
「だよなぁ」
セピアでもどうにもならないなら、魔導士では突破できない。
マステマなら強引に突破できるだろうが、それはマステマが上位の悪魔という規格外の存在だからだ。
人間を相手にするための城壁ではない。
悪魔ほどではないが、強大な存在を相手にするために築かれた城壁。
よく見れば壁のいくつかは削られた跡がある。
「とんでもない化け物がいるのかもしれんな」
「だとしたらその化け物は運がないね」
マステマが胸を張る。
「私とアハバインが来ちゃったんだから。それにセピアとアーネラとノエルもいる。負けっこないよ」
「ふん、言うじゃないか」
「ねぇ、オマケみたいに言わなかった?」
剣が通じる相手なら竜だろうと巨人だろうと怖くはない。
マステマと一緒なら尚更だ。
後方支援も完璧となれば、負ける方が難しい。
だが油断は禁物だ。
油断して足元を掬われて力を発揮できずに死んでいった冒険者も少なくはない。
俺はそんな連中と同じ轍を踏む気はない。
「気にはとめておく必要があるな。こんな城砦を用意しなければならなかった理由か」
「単純に領主が臆病だからとかは?」
「臆病で済む範疇じゃない。あれは相当な金と手間がかかってるぞ」
「そっか」
そんな話をしていると、城門に到着した。
城門は立派ではあるが、城壁に比べれば普通だ。
兵士達が門番と会話をした後、内側から引かれて城門が開く。
「んー、やっぱり技術レベルが高いかも」
「なんでそう思う?」
「あれだよ」
セピアが指さしたのは城門と鎖で繋がっている丸い装置だった。
そこに滑車が取り付けられており、それで鎖を引いて城門を開けたらしい。
だが、そういう道具は帝都にもあったはずだ。
それを指摘するとセピアは首を振る。
「道具は同じでも性能が違う。滑車に一人しかついてない。王都だと片側でも四人は付いてたでしょ」
「たしかに」
滑車を引いている兵士も体格が特別良い訳ではない。
「技術革新はしてないけど、技術の基礎レベルは上がってる……未来なのかなぁ」
「未来か。あまりそうは見えないが」
城門の中は見慣れた都市の姿だ。
しいて言うなら、奇麗に整っているというべきか。
建物の配置に乱雑さがない。
「おーい」
前にいる兵士が呼びかけてくる。
「どうした?」
「このまま兵舎に移動する。一応付いてきてくれ。仮の滞在証を用意するから」
「分かった」
どうやら都市の客として迎えてくれるらしい。
流浪の民として訪れるよりは遥かにマシな待遇だ。
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