第137話 さてどうする

 五人が寝るとなるとそれなりのスペースが必要なのだが、貸し出されたテントは一つだけだ。

 見張りに一人としても中に四人。

 体を丸めて寝なければならなかった。


 窮屈な状態で寝ると冒険者を始めた頃を思い出す。

 あの頃は必ず足を伸ばして寝られるような広いテントを買おうと意気込んだものだ。


 見張りは順番に行うことにした。

 魔物は本当に見当たらないものの、念の為だ。


 現時点では兵士達にも完全に気を許す訳にもいかない。

 まずノエルが見張りを名乗り出たので任すことにした。


 狭いテントの中では密着せざるおえない。

 隣にはマステマとアーネラがいていやでも体の感触が伝わる。

 しかしこんなところで手を出すほど間抜けではない。


 音も伝わってしまう。

 ……生殺しだな。


 幸いというべきか、寒くはない。

 魔導士がこれだけいるので真冬でもなんとかなるのだが、今は緊急事態だ。

 なるべく消耗は抑えたい。


「ここは一体どこなのでしょうか……」


 右側にいるアーネラがそう言って両手を俺の右手にそわせる。

 少し震えていた。やはり不安なのだろう。


 いや、異常事態に慣れている俺がおかしいのか。

 時間を移動するのは初めてだが、今まで大変な事態に陥ることはいくらでもあった。


 命の危険が迫っていないだけむしろマシだと言える。

 問題は戻る方法がないということか。


「固まって移動できたのがよかったな。手の届かない場所では守れない」

「そう、ですね。たしかに。ノエルやご主人様と一緒で良かった」

「私は?」

「もちろんマステマも頼りにしてるよ」

「うんうん。困ったときはちゃんと頼れ」


 アーネラの返答にマステマは気をよくしたようだ。

 この二人はまるで姉妹のように仲が良い。


「でも実際どうする? 人の居る場所にはたどり着けそうだけど」

「時間に干渉するのは難しい。私もこっち側の世界じゃ無理。魔王様ならなんとかできるも知れないけど」


 一番端で膝を抱えていたセピアの疑問にマステマが答えた。

 確かにあのとてつもない力を持った魔王であれば、不可能などないだろう。

 この事態を解決できる可能性がある。


 しかし魔王はこっちの世界には来れないとハッキリと言っていた。

 詳しくは教えてくれなかったが、一種の制約があるのだろう。


 するとアーネラが何かを思いついたようだ。


「時の砂をもう一度見つけるのは?」

「ダメ。もし見つけて使ったとしても戻れる保証はない。そもそも悪魔の魔道具は私でも制御できないから、次も人間が生存できる環境とは限らないよ」

「そっか……運が良かっただけなんだね」


 意見を否定されてアーネラが少し縮こまる。

 普段はもっと堂々としているのだが、少し気弱になっているようだ。


「そもそも戻りたい? どうなのアハバイン」

「むっ、そうだな……」


 何の疑問もなく戻ることを考えていたが、そう言われると悩む。

 やり残したことは実際のところあまりない。


 王国の再建には時間はかかるだろうが、アハバインの有無は重要ではない。

 帝国の動向は気にしてもしょうがないことだし、元皇女様も元気にやっているだろう。


 一番求めている冒険はどこであっても出来る。

 むしろ戻ってしまえばここがどういう状況なのか分からず仕舞いだ。


 無理に戻る必要もないかもしれない。戻る手段があればともかく。

 そう考え始めると、マステマは俺が戻るつもりがあると思ったようだ。


「人間界に魔王様がこれないのはここも同じ。でももし地獄に行ければ魔王様に会えると思うよ。地獄と人間界は時間の流れが違うからアハバインのことも覚えてるはず」

「地獄にか」


 向こうが来れないならこっちから行けばいい。

 道理としては正しい。


「うん、これは良い考え。そうしようよ」

「待て。そもそも人間が地獄に行っても平気なのか? 悪魔や天使が人間界にくると環境が合わないからって作り替えようとするじゃないか。行ったはいいが息もできないじゃ話にならんぞ」

「そこは魔力でどうにかなる。セピア以外はちょっと心許ないけど」

「どうにかなるんだ……」


 セピアは少し興味がありそうな顔をしている。


「行く方法はあるのか? 地獄の門は色々と問題があったが」


 ノウレイズ魔道国での事件を思い出す。

 あれは大変だった。

 犠牲者も多く出たし、魔王が協力的でなければどうなっていたことか。


 あれをまたやるというのは賛同できない。


「私もあれはやだ。どうせ下級悪魔が群がってくるからうっとうしいし。借りを作ることになるけどマモンを頼った方が確実」


 マモン。マステマの仕える魔王にも匹敵する地獄の実力者。

 恐らくもっとも有名な悪魔だろう。


 何故かといえば、マモンはどうやってか地獄から人間界に訪れては人間と取引や商売をする変わった悪魔だ。

 世界に対する浸食も起こさず、しかも割と真っ当な契約をしてくると聞いている。


 会おうと思って会える相手ではないが。


「あいつはこの時代にも絶対出入りしてるよ。かなり探す事にはなると思うけど、ある程度近づけばお互い分かる」

「なるほど、手に入るかも分からない時の砂で博打を打つよりはまだマシという訳か」

「そう。私はどんな環境でも平気だけど、お前達はそうもいかないし」

「そりゃそうだ」


 悪魔の頑丈さは身に染みている。

 殺しても死なないとはこのことだ。


 戻るかどうかはともかく、戻る方法を探すのは良い考えだ。

 アーネラやノエルの不安解消にも繋がるだろう。


「セピアはどう思う?」


 セピアは知識やアイデアは俺よりも遥かに優れている。

 どう思っているか聞いておきたい。


「いいんじゃないかな。私も正直打つ手がない状態だし……。お姉ちゃんがもしいたら色々と思いつくだろうけど」

「それはごめんだ。あの女とはもう会いたくない」

「うん、私も会いたくないかな」


 セピアの姉、ハイン。

 魔導国を裏から支配するおぞましい女だ。

 人間より人間に化けた魔物という方がよほどしっくりくる。


 セピアも自分で言っておきながら顔を左右に振って否定した。

 あれに頼る位なら悪魔の方が信用できるだろう。


「方針はそれでいく。今はとにかく休め」


 そう指示して、俺も目を瞑る。

 今回も大変な冒険になりそうだ。

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