第136話 移動開始

 兵士達の案内で草原を移動する。

 サンダルとはいえ靴があってよかった。

 アーネラやノエルに素足で歩かせるのはさすがに酷というものだ。


 セピアは常に浮いてるし、マステマはどのような場所を素足で歩いても平気だろう。

 マグマの上ですら問題ないと言っていた気がする。


 少し歩くと整備された街道に出る。

 きちんと土が均され固められていた。


 そこには馬車が置かれており、後ろに荷台が接続されている。

 ……だが、知っている馬車とは違うような。

 魔道馬車ほど立派ではないが、木製ではなく恐らく鉄が使われており立派だ。


 飾り付けこそされていないが、末端の兵士が使うものとは思えない。


「鉄製なのか? 重くて馬が引けないんじゃ」

「あんた等のところはまだ木製なのか? ほら見てくれ」


 そう言われて指を指された場所を見ると、そこは車輪と馬車の接合部だった。


「軸がツルツルで回転する時に引っかからないんだよ。そのおかげで馬が疲れにくくて重量が増えても平気なんだ」

「なるほど」


 そう言ったが正直分からない。


 こっそりとセピアに聞いてみる。


「そうなのか?」

「そうだよ。とは言っても魔導国以外にそんな精度で軸を作れる国はなかったけどねー。ここでは違うみたい」


 そう言って胸を張る。

 どうやら魔導国の技術にはまだ誇りがあるらしい。

 追い出されたというのに。


 可哀想なので言わないでおいた。


「そもそも、車輪っていうのは元々はコロっていってちゃんと転がるなら重さはあんまり関係ないんだよ。力が伝わらないから疲れるの」

「無駄な力を消費するという訳か」


 そう言われると理解できる。

 無駄な戦い方や剣の振り方をすると消耗が早いのと似たような原理か。


「ほら、これ使いなよ。あんたはともかく彼女たちがさ」


 そういって薄いフードを寄こしてくる。

 少しくたびれているが、肌を隠すには十分だろう。


「ありがとう。助かるよ」

「いいさ、こっちも助かったから。もうじき交換のものだしやるよ。あのゴーレムに引き千切られたことにしておけばいい」


 礼を言うと、兵士はそういって馬車に乗り込む。

 美人に良い所を見せたいのだろう。魂胆は見え見えだが、ここまで分かりやすいと逆に好感を覚える。

 残念ながらセピア以外は俺の女だが。


 荷台に乗り込み、床に座り込む。


 荷台と場所は仕切りがあり、少し離れている。

 大きな声で会話をしなければ向こうには聞こえないだろう。


「どう思う?」

「……申し訳ありません。分かりません」


 少し質問した意図がずれて伝わったようだ。

 アーネラはそう言って頭を下げようとしたが、それは止めた。

 分からないのは俺も同じだ。責任を感じる必要はない。


 ノエルが少し考えて口を開く。


「王国語でしたね」

「そういえばそうだな」


 何の疑問もなく会話をしていたが、確かに言葉がすんなり通じた。

 時の砂で時間を移動したというが、思ったほど距離も時間のずれも大きくないのだろうか。


 いや、楽観視は禁物だ。

 常に最悪を想定しておかなければ足元を掬われる。


「うーん……ずいぶんと上質な鉄だ」


 コンコンとセピアが床を叩く。

 軽やかな音が返ってきた。


「王国の製鉄技術はそこまでじゃなかったし、帝国も少しマシって程度……こんなに良い鉄を作れるようには思えない」

「鉄、ねぇ。そんなに違うのか? 確かに表面は綺麗なもんだが」

「話が長くなるから製鉄のことは置いておくとして」

「うん」


 セピアは箱を横にどけるような小芝居を挟む。

 これは学園長時代の講演か何かの癖だろうか。


「質の良い鉄は作るのが大変なの。温度の管理も必要だし、熱を完璧に逃がさない炉がないと脆くなる。冒険者が鎧に着る分には粗悪な鉄でも問題ないけど……この馬車にはちゃんとした鉄が使われてる。不純物がなくて、炭素の量も調整されてて。つまり技術が必要」

「なるほど」


 王国や帝国よりも製鉄技術があるようだ。

 それだけ分かってもどうしようもない。


 少なくとも発展した国には向かえると考えておけばいいか。


 マステマは全く興味がない様子だ。

 鉄性の道具では品質がどうであろうと、何をどうしようとマステマの脅威にはならないからだろう。

 足を組んで伸ばし、フードを枕にして昼寝を始めている。


 鉄の黒い床にマステマの白い肌が良く映える。

 冷たくないのだろうか。


「とりあえず今は情報を集めるぞ。分かった事や気付いたことはすぐに共有しろ」


 寝ているマステマ以外の面々は頷いた。

 馬車が動き出す。


 思ったより揺れが少ない。魔道馬車ほど快適ではないが我慢できる水準だ。

 周囲の風景は移動する前と変わらない。


 しばらく移動してふと気付く。

 都市の近くという訳でもないのにこれだけ馬車で移動していれば、魔物の襲撃があってもおかしくないが、その様子はみられない。


「魔物がいないな」

「探知魔法を使ってみたけど、少ないね。それも弱い個体ばっかり」

「どういうことだ……? 冒険者がいくら駆除しても魔物は減らないもんだが」

「それも込みで、違うってことなんだろうね」


 馬車での移動は半日に及んだ。

 途中野宿をするというので一旦馬車から降りる。


「ちょうどいい場所があったからそこを使う。食料は……なさそうだな。少しだが分けよう」

「重ね重ねすまないな」


 持っている袋には少ししか食料が入っていない。

 普段ならこんなことはないのだが、やはり水着ということで気が緩んでしまったか。


 干し肉と硬いパンを分けてもらう。

 携帯食は同じなんだなと妙な関心を持った。


「ここは私達にお任せください。何の役にも立てていないので」


 アーネラがそう言うので、食事の支度は任せる。

 ノエルと共に水と火の魔法を使ってテキパキと支度をする。


 ……フードで水着が隠れているものの、少し動くとその下の姿が見えた妙に扇情的だった。

 兵士達とは少し離れた場所にして正解だったな。

 こんな姿を見せたら夜に溜まらず襲い掛かってくるぞ。


「鼻の下が伸びてる」


 マステマがそう言って腹を拳で突く。

 割と痛い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る