第135話 引きちぎる悪魔

 俺はマステマと共に駆けながら天剣を抜く。

 同時にヴィクターが頭上に出現した。


「いつの間に引っ込んでたんだ」

「そのつもりは無かったのですが……あの魔道具の効果でしょう」

「やっぱり天使はいざという時に役に立たない」

「不可抗力です。訂正しなさい悪魔」


 マステマはぷいっとヴィクターから顔を背ける。

 こいつ等本当に仲がいいんだか悪いんだか。


 加減抜きで走ったのであっという間に戦闘している現場に到着した。

 ゴーレムらしき存在は大人二人分の大きさである。


 それを相手に剣や槍で兵士が戦っていた。

 兵士の着ている服装に見覚えはない。


「ヴィクター、今は姿を隠しておけ」

「わかりました。相棒」


 ヴィクターの姿は角と羽を隠しているマステマに比べてとにかく目立つ。

 今は姿を見せない方がいいだろう。


 兵士達は熱心に戦っていたが、どうみても並の兵士がただの剣や槍で勝てる相手ではない。

 ゴーレムの動きが単調だからなんとかなっているが、それも時間の問題だった。


 先頭の兵士が剣を大きく振りかぶり、ゴーレムへと振り下ろす。

 剣が当たった瞬間、鈍い金属音が響く。

 だがゴーレムの体勢を崩すことすらできなかった。


 剣は掴まれて容易く握りつぶされる。


「ひっ」


 先頭の兵士は剣を手放し腰をつく。武器を壊されて戦意を失ってしまったようだ。

 それでも逃走を選ばないあたりはたいしたものだ。


「下がってろ」


 兵士達の前に出る。

 ゴーレムの素性は分からないが、ひとまず人命を優先するとしよう。


 ゴーレムは握りつぶした剣を放り捨て、三つしかない指を開いてマステマへと掴みかかった。

 見た目からマステマの方が御しやすい判断したのだろう。

 だが、それは大きな間違いだ。


 マステマは掴みかかってきたゴーレムの手に向かってわざと自分の手を差し出す。

 お互いの両手がガッツリと組み合う。


「お、おい。そいつは凄い力なんだぞ! そのお嬢ちゃんの手が引っこ抜かれちまう」

「心配するな。こいつはそんなにやわじゃない」

「どれどれ」


 マステマが舌なめずりをして力を入れ始めた。

 最初こそ拮抗していたものの、ゆっくりとマステマが押し返す。

 ミシリ、という音がした。

 何の音かと思えば、ゴーレムの手が軋む音だった。


 華奢なマステマの手が大きなゴーレムを相手に力で勝っている。

 その理由はマステマが悪魔だからなのだが、それを知らない兵士達は唖然とした目で見ていた。


「つまんないね」


 マステマはそう言って両手を引いてゴーレムを引き寄せる。

 右足を上げて、ゴーレムの腹に当てた。


 今度はゴーレムの腕が軋み始めた。

 どうやらもぎ取るつもりのようだ。


 俺は剣を下ろす。どうやら出番はないようだ。

 ゴーレムの素材は金属のように見える。

 それがひしゃげていき、形が変わるのはもはや痛々しい。


 無機物でなければ悲鳴の一つでも上げていただろう。


 両腕がついにマステマの力に耐えきれず引きちぎられ、ゴーレムは地面に倒れ込んだ。

 だがすぐに立ち上がる。


 ゴーレムはコアを破壊するか、跡形もなく壊すしかない。

 マステマが手の骨を鳴らしながらさらに解体しようと近づく。


「ちょっと待った!」


 マステマの手がゴーレムの足を掴んだあたりでセピアが文字通り飛んでくる。


「これでいいでしょ。壊すのはちょっと待って」


 セピアが杖で三度ほどゴーレムの頭を叩くと、意識を失ったかのようにゴーレムの力が抜けて倒れ込んだ。

 今度は立ち上がらない。


「何をしたんだ?」

「解除コードを打ち込んだの。……これ魔道国産だよ。もしかしてとは思ったけど」

「ふむ」


 魔道国のゴーレムが人を襲っていた? なぜだろうか。

 少なくとも魔道国はあるようだ。

 セピアの知識が通用するので朗報と言ってもいい。


「とりあえずそれは黙ってろよ。魔法で何とかしたと言え」

「えっ、うん分かった」


 セピアの肩を掴んでそう言い含める。

 いちおう念には念を入れて置かないとな。


 せっかく恩を売りに来たのに魔道国の人間は敵だ! なんて扱いは色々と面倒だ。


「助かったよ。えーと?」


 兵士達は友好的な雰囲気でこっちに来たものの、じろじろと見つめる。


 そういえば俺達はみんな水着だったな。

 こんな場所でなぜ水着姿の集団がいるのかさぞ不思議だろう。


 アーネラとノエルがセピアを追ってこっちに向かってくると、兵士達はその姿を見て鼻を伸ばす。

 美少女二人が肌を露出しているのだから仕方ない反応だが、少しイラっとした。


 お前達に見せるために水着を着せた訳ではない。

 ひとまず衣服を手に入れるのが先決だな。


 マステマとセピアは別の意味で早く服を着せた方がいいだろうし。


「色々と訳有りなんだ。済まないが近くの都市か……集落でもいい。案内してくれないか?」

「分かった。俺達も礼をしたいし付いてきてくれ」


 先頭の兵士は立ち上がり、尻についた土を払う。


 近くで見ると、それなりに訓練を積んでいるのが分かる。

 ただの魔物程度ならここまで追い詰められることもなかっただろう。


 兵士達の所属している都市に移動することになり、先導してくれる。


 セピアはじろじろとゴーレムを調べていたものの、途中で切り上げた。


「何か分かったか?」

「基礎部分は私がいた頃と変わってないけど、知らない技術も使われてる。それに使われている金属の配合も違う。より洗練されてるかも」

「つまり?」

「過去に飛んだ可能性は低いね」

「そうか……」


 過去に飛んだなら歴史をしっているだけにやりようもあったのだが、その可能性は低いようだ。

 まだ確定した訳ではないが。


「どうした? あまりゆっくりしていると夜になるぞ」

「ああ、すまない。今行く」


 全員を連れて移動を開始した。

 兵士達がちらちらとノエルやアーネラのいる後ろを見るので、さりげなく視線をガードした。



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