第134話 止められない

 嫌な予感というものは、経験則で発生すると思っている。

 つまり、何かよくないことが起きる前触れだ。


 砂時計のノズルの部分から少しずつ砂が落ちていた。

 見る限りそれ以外で何かが起きる気配はない。


「セピア、説明してくれ。ただの砂時計にしか見えない」


 セピアの方を向くと、砂時計を見ながら右手の人差し指を唇に当ててぶつぶつと呟きながら何かを考えていた。


 マステマはアハバインの隣にくると、セピア以外の二人に対して手招きする。


「アハバイン、それ置いて。離れるとよくないからアーネラ、ノエル。こっちに来て」

「どうしたの?」

「いいから」

「分かった」


 マステマは不思議そうにするノエルに対し、強い口調で言う。

 アーネラとノエルは素直に言われた通りマステマの近くに移動した。


「マステマは分かるのか?」

「んーん、分かんないよ。でもアレは本物。つまりろくな事にならないね」

「何が起きるかは分からないと。お前の力でも止められないのか」

「そう。能力の系統が違うから発動したら干渉できない」


 俺の言葉にマステマは両手の手のひらを上に向けて腕を外に広げて、肩をすくめる。

 何が起きてもいい様にノエルとアーネラを後ろに移動させ、マステマと共に前に立つ。


「支援します」

「頼む」


 アーネラとノエルが支援魔法を発動させ、準備は万端だ。

 もし魔物が召喚されるような事態なら十分に対応できる。


「セピア、いいからお前もこっちに来い」

「思い出した。時の砂はアガレスの秘宝。昔一度だけ発動したことがある」


 セピアは必要な事を思い出したのか思考を止める。

 こっちを向き、近寄ってきた。


「アハバイン、よく聞いて。これから時の砂が発動する。マステマでも止められないなら私にも無理」

「そうみたいだな。その様子だと何が起きるのか分かったのか?」

「継承した昔の記録があるだけ。以前にも時の砂が発動したことがあるの。その検証結果から、発動すると周囲一帯を巻き込んで……」


 砂時計が震えはじめた。

 中の砂が黄金の輝きを放ち始めている。


「空間ごと消える。消えた先は調べたんだけど、大陸のどこにも痕跡はなかった。発動場所を調査した結果、当時は時間を移動したと結論付けたわ」

「だから時の砂か」


 セピアは頷くと、三重に結界を張る。


「何処に飛ばされるのか、何時の時代に飛ばされるのか分からないの。結界で纏まっていれば一緒に飛ばされるとは思うんだけど」

「なるほどな。チッ、荷物があれば防げたんだが」


 水着ということもあり、最低限のものしか持ってきていない。

 フル装備なら一度だけ魔道具の効果を回避できる魔道具もあったのだが。


 どうやら事態を見守るしかないようだ。

 時の砂は輝きを増していき、もう直視できない。


「くる」


 マステマがそう言った瞬間、時の砂の中身が完全に下側に落ちきった。

 それと同時に周囲の光景が変わる。

 ありふれた洞窟の壁が、虹色の空間に。


 それだけではない。足元の感触が消え、結界ごと落下していく。

 一番外側の結界が砕けた。どうやらこの空間は安全ではないらしい。


「結界は正解だったね」

「そうだな。下手すると散らばってどうなっていたことか。よくやった」

「えへへ」


 焦っても仕方ないので冷静に周囲を伺う。

 ノエルとアーネラは不安そうな表情で手を繋いでいた。無理もない。

 修羅場を何度かくぐったとはいえ、まだ俺ほど肝が据わってはいないか。


「心配するな。必ず守る」

「――はい」

「約束ですよ」


 二人の顔色が良くなる。一言声を掛けるだけで少しは効果があったようだ。

 言葉に嘘はない。それ位の気概はある。


 時の砂、時空を移動する魔道具か。

 この虹色の空間が広がる瞬間に砂時計が砕け散ったのを確認したので、どうやら使い切りの魔道具のようだ。


 悪魔の魔道具は俺ですら片手で数えるほどしか見た事がない。

 移動した先で手に入るのか、手に入ったとして元に戻れるのか。


「やれやれ」


 考えても仕方のない事を考えている事に気付き、考えるのを止めた。

 これでは不安が増すだけで何の得にもならない。


 幸いなのはセピアが知識を持っていたことと、マステマが仲間にいることだ。

 一人で何の知識もなく飛ばされるよりは遥かにマシだろう。


「見て、出口だ」


 セピアが奥を指さす。

 不思議というしかないが、虹色の空間の先には平原が広がっていた。

 どうやらこのままそこに向かうらしい。


「結界は持つと思うけど、気をしっかり持って。出るよ!」


 セピアの声と同時に虹色の空間から脱出する。

 二枚目の結界が砕け散り、外に出た。

 地に足がつく感触に少しほっとする。頭に血が上っていたのか少しふらつく。


 場所は事前に見えていた通り草原だ。

 これだけではここがどこか分からない。


 周囲を確認する。セピアの結界があったからか人員の欠けはない。

 平原で全員水着姿なのはいささか間抜けではあるが。


「お前達、大丈夫か?」

「はい、問題ありません」

「私も大丈夫です」

「平気だよ」


 セピア以外から返事が返ってきた。


「セピアは大丈夫か?」

「ん、うん。探索魔法を使ってるんだけど……魔力が濃い気がする」

「魔力が濃い?」


 大気中の魔力のことだろうか。

 秘境の奥や深層の迷宮などではそういったことがあるが、こんな平原では聞いた事がない。

 魔力は俺も感知できるが、実感するほどの差は感じられなかった。


 しかしセピアは最上級の魔導士だ。

 俺よりもよほどこういうことには繊細なはず。間違うとは思えない。


「少しの違いだけど……あっ」

「どうした?」

「何かいる。戦闘してるのかな? あっちの方だ」


 セピアが北を指さす。

 そっちを見ると、確かに何かあるようだ。


「ここに居ても仕方ない。行ってみるぞ」

「うん」


 全員で移動する。

 魔道馬車があればよかったが、徒歩での移動だ。


 少し時間をかけてセピアの言った場所に向かうと、大きな何かと数人の兵士らしき人物が交戦していた。

 戦いは一方的で、兵士達は見るからに劣勢だった。


 大きな何かはゴーレムのように見えるが、それにしては洗練されている。


 人間がいない時代の可能性もあったがそれは回避できたようだ。

 情報が欲しい。


「とりあえず恩を売っておくか。いくぞ」

「りょーかい」


 マステマと共に飛び出す。

 他三人は一旦待機させた。



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