第132話 海水に掛かる水の橋

 海は新鮮でなんだかんだと遊んでしまった。

 この歳でこれだけはしゃぐとは思わなかったな。


 いや、こいつ等といるからか。

 一人だとさぞかし味気なかったに違いない。


 しばらくまとまって遊んでいたが、次第に思い思いにばらけていった。


 セピアとアーネラは帽子をかぶって釣りをしている。

 ノエルは遠泳が楽しいようだ。

 海に関して下調べした時はあまり初心者は一人で遠くには行かないようにとあったが、ノエルは中級魔導士なのだから問題ない。


 最悪水流を操るなりでどうとでもなる。


 マステマは俺の近くで浮き輪を使って海に浮いている。


「楽しいか?」

「それなりに。ぷかぷかするのは悪くない」

「そうか」


 満喫しているようだ。

 ヴィクターは海水に長く浸かるのを嫌がって空から俺達を見ている。

 今は剣だからか?


「髪を塩水に触れさせたくないだけです。邪推しないように」

「まあ好きにしろ」


 海から陸に上がる。その際に口に海水が入った。

 しょっぱい。

 塩は海水から作るんだったかな。


「マステマ、ちょっと手伝ってくれ」

「いいけど、何するの?」

「ちょっと試しにな」

「ふぅん」


 マステマが浮き輪から浮き上がりこっちにくる。

 海水に濡れた肢体は太陽の輝きを照らして美しかった。

 黒い水着もやはりいい。


「海水の一部を取り出してくれ。これで加熱する」


 そう言って火剣を荷物から取り出した。

 火剣に魔力を流すと剣身が赤く光り輝く。


 温度が上がっている証拠だ。


 マステマが指示通りに海水を宙に浮かべる。

 大きさは両手で抱き抱えられるほどで、形は球体だ。


 そこに火剣を刺しこむと、海水の球体が沸騰しはじめる。

 ぼこぼこと気泡が発生し、蒸気が生まれる。

 火剣は刺しこんだ一瞬だけ海水で冷却されたが、追加で魔力を流すと再び温度が上昇した。

 火剣の剣身の色が次第に白く変化していく。

 同時に海水の球体は見る見る小さくなり、火剣が解放状態になった瞬間に銅貨程度の大きさになってしまった。


 用事の済んだ火剣を鞘にしまう。

 特製の鞘を作ったので、放置しておけば元に戻る。


 球体は白い。試しに掴んでみると水分は蒸発しており、砂状になっていた。

 これが塩か。もし冒険者を引退したら塩を作って生計を立てようか。

 摘まんで口に入れてみる。

 当然ながら、しょっぱい。


「舐めてみろよ」

「むっ」


 マステマは俺の指ごと咥える。


「んー、しょっぱいね」


 そういって舌を出した。


「だろ。ほら」


 荷物から水筒を取り出して渡すと、マステマが蓋を開けて中身を飲む。


「肉にかけると美味しいかも」

「魚も美味いぞ、きっと」


 セピアとアーネラの方を見ると、普通に釣るのを諦めて魔法で魚を釣り上げていた。

 結果が出るなら別にどちらでもいいが、セピアは不本意そうな顔をしているのが面白かった。


 ノエルも遠泳から戻ってきた。ちょうどいい。食事にしようか。

 調理は派手にバーベキューにした。


 網はあるし、火は魔法を使えばゴミは出ない。

 持ってきた食料に加えてセピア達が釣り上げた魚を焼いていく、


 味付けは先ほど作った塩とノエルが即席で作ったタレだ。


「うんまい」


 マステマはそう言って焼けた端から食べていく。

 魚の塩焼きが特に気に入ったようだ。


「タレついてるってば」


 マステマが勢いよく食べるから口の周りがタレで汚れている。

 それをアーネラが奇麗にしてやっていた。

 いつもの光景だ。


 ノエルが用意した塩を見る。


「この塩はご主人様が作ったんですか?」

「そうだ。とはいってもさすがに味の違いまでは分からんが」


 そう言うとノエルが塩を味見する。


「美味しいですよ。市場で買う塩よりずっと。塩にも鮮度があるんでしょうか?」


 ノエルがそう言うのならそうなんだろう。

 調味料も劣化するのはある意味当然ではある。


 食事を終えて冷たい水で喉を潤す。

 時期的にそれほど暑い季節ではないが、今日は日照りが強いしバーベキューで少し汗をかいた。


「海の幸も中々いいね」

「釣り竿で釣りたかったなぁ」

「また今度機会があるから。ね?」


 しばらくゆっくりと過ごす。

 やる事がないと落ち着かなくてつい自分で探してしまうが、それではバカンスにはならない。

 それよりもなにもしないという贅沢を味わう方が有意義だ。


 すると、いつの間にかいなくなっていたヴィクターが空から降りたつ。


「迷宮を見つけてきました」

「そういえば近くにあるんだったな。とはいえ王族の避暑地に指定されているここに近いんだから大したことはないとのことだったが」

「ええ。実際規模も小さかったですね。それに魔物もほとんど見なかったです」


 迷宮は放置すると中から魔物が溢れる現象が発生する。

 そのため冒険者が定期的に迷宮に入って間引くことでそれを防止する。

 冒険者は素材を得ることができ、国は危険を防止できる。

 お互いに旨味がある。冒険者がいなくならない理由だ。


 しかし、低級の迷宮はその限りではない。

 生み出される魔物は弱いし、その数も少ないので外に溢れることもない。


 こんな場所の迷宮に冒険者が入るとは思えない。というか王国の入場制限がある。

 それでも問題がないほど大したことがないということだ。


 ただ、一度見に行ってもいいかもしれない。

 迷宮と聞くとつい気になるのは職業病だ。


「場所はどこだ?」

「あの辺りですね」

「島、か」


 ヴィクターが指さしたのは沖の方だった。

 小さな島が見える。


 どうやって移動するか悩んでいると、セピアが杖を握る。

 すると、海水の上に水の橋が生み出されていく。


 島までの道があっという間に生まれてしまった。


「これで行けるでしょ。飛んで行ってもいいけど、アーネラとノエルはまだちょっと不慣れだし」


 なんてことはない様に言うが、凄まじいことをやってのけた。

 相変わらず魔導士としてはずば抜けている。


 橋を手の甲で叩いてみると固い。

 だが凍らせている訳でもない。


「海水を圧縮したの。だから強度は十分だよ」

「セピアの魔法は面白いね。私なら海水を跳ねのけて道を作るかな」

「それはやめてくれ。影響が大きそうだ」

「仕方ないなぁ」


 マステマはそう言って橋へと足を踏み入れる。

 上着を羽織ったマステマはご機嫌なようだ。



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