第131話 海ではしゃぐ者達

 海。一面の海だ。


「広ーい!」

「これが海なんだね」


 マステマもだがセピアも馬車の窓から乗り出してはしゃいでいた。



 王国の王族が使う避暑地に来ているので他の客の姿はない。

 同時に店も無いので自分達ですべてやらなければならないが、そこはうちの自慢の奴隷が居る。


 全てをこなせるノエルとアーネラの二人が居れば困る事はまず無い。

 中級魔法を完全に納めた奴隷など、魔導士が奴隷落ちしない限りそうはいないだろうな。


 王室が使うコテージの管理人から鍵を受け取る。

 王族は今女王しかいないし、忙しすぎて使う暇がないのでありがたく使わせてもらう訳だ。


 魔道馬車を待機状態にし、早速コテージに荷物を置く。

 管理人が掃除や風通しはしているので綺麗な状態だが、奴隷二人は気に入らないようで掃除を始めてしまった。


「すぐ終わりますので」

「お待ちください」


 そう言って魔法を使いながらコテージを掃除していく。

 みるみるうちにコテージが内外含めて輝くように奇麗になった。


 窓際を指でなぞるがチリ一つない。


「見事なもんだな」

「これが仕事ですから」


 アーネラはそう言って胸を張る。


「海いこ。海」


 少しだけお預けを食らったマステマが急かす。

 ちゃんと待っただけ立派だが、甘やかしすぎだろうか?


 締め付けすぎると拗ねるので加減が難しい。


 アーネラは見事にあやしている。

 ノエルもマステマの扱いを最近ようやく覚えたようだ。


 マステマは衣類を脱ぎ、その場で着替え始める。

 風情はまだ理解できないようだ。


 セピアが止めるべきか悩んでいる。

 どうやら一刻も早く海に行きたいのは同じらしい。


 こういう時は男は楽しみに待ちたいのだが。


 誰に文句を言われる訳でもないが、じろじろ見ては後の楽しみが減る。

 仕方なく外に出た。


 人が居ないので外で着替える。

 男が裸を見られても困らないが。


「私が見てますけど」

「お前に見られてもな」


 ヴィクターが水着姿で現れた。

 ポーズまで決めており、天使の癖に娯楽に染まっている。


 悪魔であるマステマもだが、長く生き過ぎる所為で刺激が欲しいらしい。

 塔で出会ったあの天使も試練で苦しむ人間を眺めて悦に浸っていたので、あれよりは健全か。


「私に見惚れていた時もあったのに冷たいですね」

「そんな時はあったか? 最初は天剣を握った時確かに思う事はあったが」


 あの瞬間は忘れそうもない。

 他の冒険者では決して手に入れられない剣を手にした瞬間だ。


 尤も、今一番忘れられない瞬間はマステマとの戦いだ。

 文字通り死闘だった。


 僅かな勝機を手繰り寄せる為に出来ること全てをやり、油断まで誘ってようやく勝利する。

 あれ以上の記憶はこれからも無いかもしれない。


 そのマステマが身内に居るというのも、不思議な気分だ。

 魔王であるデモゴルゴン曰く、強い方が偉いという価値観らしいからこそのようだが。


 マステマ達を待つ間、ヴィクターを改めて眺める。

 きめ細かく白い肌。

 金髪に蒼い瞳。


 造形美の極みといったところか。


 そこにマステマが来る。

 宣言通り、下品ではないが肌面積は多いビキニの水着を着ている。

 黒髪に紅い目。


 ヴィクターの隣に立つと対比が目立つ。

 俺が見比べていると、マステマが胸を張った。


「勝った」

「ちょっと、何を比べてるんですか」


 ヴィクターの抗議をマステマが皮肉を込めた笑みで返す。

 背はヴィクターの方が高いが、確かに胸はマステマの方がある。


 どこをもって勝ったのかは聞かない方が良いか。


 他三人が追いかけてくる。

 三人は健康的な水着だが、素材が良いので素晴らしい眺めだ。


 ノエルとアーネラが荷物を持っていたので一部を受け取る。

 全てを持つと仕事を奪ってしまうので加減が難しいところだ。


「行くか」

「うん。楽しみ」


 マステマがそう言って背に乗る。

 両手が塞がっているのでそのままにさせるしかない。


「ほら行こ。海は待ってくれないよ」

「海は無くならないから落ち着け」


 どうやら随分はしゃいでいる。

 長く生きる悪魔であっても、地獄には無い海は興味が引かれるらしい。


「食材も積んでますし、遊んでから食事にしましょう」

「釣り、釣りしようよ。海の魚は美味しいって。私は食べたことないけど」


 ノエルの言葉にセピアがそう主張する。

 どうやら記憶から引っ張ってきたらしい。


「釣り……魔法で良くないかな?」

「アーネラはアハバインに似てきたよね」


 アーネラの提案にやや白い眼をセピアが向ける。


「そ、そう?」

「恥ずかしがらないでよ。こっちが恥ずかしくなるから!」


 そう言ってセピアが海に先行する。

 マステマは先を越されると思ったのか慌てて俺の髪を掴んだ。


「遅れるよ、ほら」

「ああもう。さっさと行くぞ」


 全員で海へ向かう。


 浜辺にはゴミ一つなく、白い砂浜が広がっていた。

 青い海と白い砂浜は確かに美しい光景だ。


 以前海に行った時は魔物退治で荒れた海岸だったので、こんな落ち付いた空気ではなかった。

 嵐の中で海の魔物を倒し続けていたのを覚えている。


「海だー!」


 マステマが背中から離れ、海に飛び込む。

 勢いが良すぎて水柱が立ち、全員がずぶ濡れになりそうになるが、セピアが風の魔法で防ぐ。


 相変わらずなんて力だ。


「お子さんなんだから」


 セピアはそう言うが、うずうずしているのが見て分かる。


「お前も行ってこい」

「うん!」


 セピアは色々と複雑な環境に身を置いてるが、中身は子供だ。

 遊べばいい。


 アーネラが椅子と傘を用意し、ノエルが調理器具を準備している。

 何もない砂浜に瞬く間に陣地が形成されていく。


「ほどほどにしてお前らも海を楽しめよ」


 放っておくと働く二人だ。

 それは助かるが、多少は息抜きさせないとな。


「一区切りつきましたし、お言葉に甘えて」

「ご主人様も行きましょう」


 ノエルが手を掴む。

 どうやら気を使っているのはお互い様か。



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