第130話 ま、息抜きも大事だろう

 女王の後ろで睨みを利かせるだけの仕事を終えた俺は、帰宅するなり突然バカンスの予定を聞かされる。


 無駄に疲れていたので一休みしようとしたところだったのだが。


「そろそろアイツも退屈に飽きる頃だろうなとは思ってたがな」

「あはは……」


 俺は諦めたように言う。

 そろそろ何かするとは思っていた。むしろ平和な提案だとホッとした位だ。

 マステマが自由奔放に振る舞うのは何時もの事だった。


 アーネラはどう言ったものか悩んだのか、結局愛想笑いで流す。


「こっちも落ち着いたところだ。別に海に行くのは構わんが、準備は任せていいのか」

「はい。それは勿論」

「水着も買ってきたよ。エロいのはアーネラに止められた」


 マステマがアーネラの後ろからすっと現れる。


「楽しみでしょ?」

「まあ、それなりには。あまり派手なのは着るなよ」

「人間のルールは理解してるから大丈夫」


 本当か? と視線でアーネラに尋ねると頷いた。

 一応常識的な水着らしい。

 その辺りはアーネラが頑張って止めたのだろう。


「お前のも買っておいた」


 そう言ってマステマは男性用の水着を広げる。

 黒くごく普通のものだった。


「ああ、ありがとな」


 そう言って胸を張るマステマの頭を撫でてやると、胸を張って受け入れる。

 満足したのかまた居なくなった。


 どうやら随分と機嫌が良いらしい。


「全員で行くのか?」

「そのつもりです。勝手に決めて申し訳ありません」


 そう言ってアーネラは頭を下げた。

 確かに急だが、タイミング的には悪くない。


 いい加減政治に付き合うのも面倒だ。

 十分働いたわけだし、暫く向こうは俺抜きでやってもらわねば。


 そうこうしている内にノエルが夕食が出来た事を知らせてきた。

 日が長くなる季節になったなと、窓から空を見上げる。


 空はまだ夕焼けが見えてやや明るい。

 もうじきすれば夜が訪れて暗闇に包まれるだろう。


 セピアも丁度帰宅した。

 随分充実している様子で、くたくたになっていたが表情は明るい。


 学園長をやっていた頃よりは楽しい労働なのだろう。

 羊の肉をふんだんに使った夕食を済ませ、一日を終える。


 薄く焼いた生地に炒めた羊肉を挟む料理は美味だった。

 寝る前にマステマがベットに潜り込むのは日常になっている。




 それからの準備などは奴隷に全て任せて、武具の手入れや目的地の伝承などを調べていた。

 雷剣に火剣。そして天剣を綺麗に磨き上げる。

 行先を調べるのは冒険者としての癖みたいなものだ。


 観光地が幾つかと、大したことのない迷宮があるようだ。


 するとヴィクターが姿を現した。

 長らく戦闘も無かったからか、魔力が余っているらしい。


「良い心がけです。ところで私も海に連れて行ってくれるんですよね?」

「天使も海に行きたいのか?」

「悪魔が行くのに私が行けないなんてことはありませんよね。相棒」


 そう言ってヴィクターは腕を組んだ。

 最初に会った頃は知らなかったが、なんというか寂しがり屋というか構って貰えないと拗ねる性質があるらしい。

 俺の魔力が少なかった頃は眠ってばかりだったので知らなかったな。


「俺がお前を携帯しない日は無かっただろ」

「そうでなくては。ちなみに私に水着は要りませんよ」


 そう言ってヴィクターは服装を変化させる。

 眺めていると白いハイネックの水着になった。

 金髪の長い髪に良く似合う。


「便利だな」

「まぁ、あくまでこの体は現身ですので」


 残念ながら肉付きは薄いのだが、雰囲気には良く合っている。

 この格好では天使と言っても信じて貰えないだろうが。





 そして海に行く当日、当てこすりのように仕事を入れようとしてきた元皇女様こと宰相を無視して王国を出発する。


 困ったものだ。

 連れていけと言われるよりは余程マシなのだが……。

 流石に宰相には仕事が幾らでもある。お土産でも買っていってご機嫌をとることにしよう。


 移動手段は久方ぶりに魔道馬車を引っ張り出してきた。

 最新の技術で生み出されたゴーレムの馬は倉庫で暇をしていても性能は鈍らない。


 全員で乗り込んで、早速目的地へと向かう。


 昼夜を問わず走破する魔道馬車は数日は掛かる日程を僅か一日に縮めてしまった。

 これに慣れるとちんたら移動できない。

 多少の魔物は蹴散らすので戦う必要もない。


 楽をすると堕落するというが、俺はその意見には賛成できない。

 楽が出来るならするべきだ。労力も時間も限られており、それをどう割り振るかが人生を形作る。


 やらなくて良い事で埋め尽くした人生は、本意ではなくなるのではないか。

 実際俺はそう生きてきて、おおむね満足している。


 何度死ぬと思ったか分からないが。


 それに此処に居る人間は全員空を飛べるので、いざとなれば飛べばいい。


「夜に空を飛ぶと、人のが付けた仄かな灯りが綺麗だよ」

「ほー」

「雲の近くまで飛ぶと寒いけど、あの光景は一度見ておくべき」


 マステマは俺に体重を預けながら空からみた夜景を力説する。


「じゃあ今度見てみるか」

「うん。そうしよう」


 どうやら一緒に見たかったらしい。


 移動中も馬車の中で眠る。

 構造的な技術かほとんど振動は感じないし、走る音は風の魔法を使って遮断した。


 流石に手を広げられるほどのスペースは無いが、5人で横になり夜を明かす。


 偶に魔物を轢いたと思われる振動で目を覚ますが、それ以外は安宿よりも快適だった。

 高い金を出して買った甲斐がある。


 夜が明ければ、目的地までもうすぐそこまで迫っていた。














 ※お知らせ

 カクヨム様主催の第8回カクヨムWeb小説コンテストにて本作が特別賞を頂きました。

 ギフトに評価や感想を頂き、そして読んでいただいた皆様のお陰だと思っております。

 引き続き頑張ります。

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