時の砂編

第129話 バカンスの予感

「マステマ、服くらい着なさい!」

「着てるって」

「下着は服じゃないわよ……いくら家の中だからってもう」


 ベッドに寝そべっているマステマは顔だけあげてアーネラに返事をする。


 その姿は指摘通り下着姿で、白い肌を惜しげもなく晒している。


「あいつは喜ぶんじゃない?」

「下着で悩殺出来るならもっと早く手を出されてたからね」

「まあそうか。仕方ないなぁ」


 マステマは立ち上がるとアーネラが用意したワンピースに袖を通す。


 黒く長い髪に赤い目。髪の黒さが肌の白さを際立たせる。

 それに翠色のワンピースを着せると誰もが振り向く美少女がそこに居た。


「あいつは?」

「皇女殿下……宰相様に呼ばれていないわ」

「またかぁ。もう無視すれば良いのに。私達と家でゴロゴロしてた方が楽しいだろうに」


 マステマはワンピースを着たものの、またベッドに倒れ込んでダラダラし始める。


 アーネラはその部分に関しては諦めているのか、何も言わない。

 食べ物で釣ればどうせ動くのが分かっているのもある。


「ご主人様は大事な仕事に行ってるんだから文句言わないの。私達が苦労せずに豊かな生活を出来るのはそのお陰でしょう」

「お金なんて簡単に稼げるよ。私とあいつがちょっと頑張ればさ」


 事実だけにアーネラは反論しづらい。

 一緒に暮らし始めた当初より随分と口が回るようになった。

 マステマはもともと頭は良い。

 上級奴隷として高い教育を受けたアーネラやノエルと比較しても優秀だ。


 悪魔の中でも高い格を持つというのも納得できる。


 その知性がだらける事に使われているのはなんとも勿体ない。


 そんな話をしているとセピアが2階から欠伸をしながら降りてくる。


「五月蝿いよ〜。またなの?」


 ほぼ毎日繰り返している2人の日常に飽き飽きといった様子だ。


 炊事場に沢山用意されたミートパイをつまむ。


「ん〜! 相変わらず美味しい」


 セピアは舌鼓を打ち、二つ目を手に取る。


「あ、ずるい。私もお腹空いてるのに」

「だから呼びにきたんじゃない……」


 食い気でようやく動いたマステマにアーネラは呆れる。

 アーネラはノエルと共にアハバインから家を預かる身だ。


 下着姿で食事はあまりにはしたない。


 マステマは人類とは次元が違う存在だが、幸いアーネラの言うことに耳を傾けてくれる。


 なので毎回言うのだが、効果があるのかは謎だ。


 最初に奴隷として購入されたのもその為で、体を合わせた今でもそれは変わらない。


 愛玩のために買われたわけではないのだから。


 アーネラは味見ついでに食事は済ませている。

 成長期のセピアと魔力に変換していくらでも食べれるマステマは瞬く間に大量のミートパイを食べ切った。


「じゃあ私は出かけてくるね」

「今日も資料室?」

「うん。アハバインのお陰で王国の魔導書が読み放題だから良い勉強になる。代わりに写本しなきゃだけど」


 魔法ですぐだけどね。とセピア付け加える。


 セピアは少しお洒落をして出掛けていった。


 食事を済ませたマステマは大きな欠伸をして椅子に座り、背もたれに体重を預ける。


 すると椅子が傾き、斜めになって固定された。

 バランスが良いというレベルではない。


 普通なら明らかに崩れる角度だ。


 見た目は美しい少女だが、時折見せるこういう部分が化け物染みている。


「ねぇ、あいつの仕事もそろそろ落ち着くんでしょ?」

「そう聞いてる。大分帝国とのゴタゴタも落ち着いたんだって」


 少し月日が過ぎたが、あの時はあわや帝国と王国の全面戦争となる寸前だった。


 今は平和協定が結ばれるまで話が進み、貿易などの商業的な結びつきはともかく軍事的には不干渉へと以降していた。


 帝国としては最強の冒険者パーティーが王国に来た時点で戦うだけ損になり、王国は再建する時間が欲しい。


 利害関係が一致した時点で方向性が決まった結末だった。


 実際、アハバインが拘束される時間は減ってきている。

 戦争直後は泊まり込みになる日もあったが、今は半日程度で家に戻れる事も多い。


「本も大分読んだし、最近面白くなーい。遊びたーい」


 マステマはそう言って椅子を揺らす。

 つまらないからと暴れたりはしないが、フラストレーションが溜まると主人であるアハバインが苦労する羽目になる。


「うーん、じゃあ海に行く? ご主人様が手が空けばだけど」


 王国から北西に向かうと紅海と呼ばれる海がある。バカンスに利用される海だ。


 もともとは王国が影響下に置いていたのだが、悪魔召喚による機能不全でしばらく放置される事になった。


 セピアが魔導士として頑張って仕事を減らした結果、ようやく紅海にまた手が届いたのだ。


 アーネラがそういうと、マステマが椅子から飛び上がる。


「本当! やった。地獄に海はないんだよね。マグマ溜まりはあるんだけど遊んでも楽しくないし……空を飛んでるときから気になってた」


 無気力の塊になりつつあったマステマが目を輝かせる。

 よほど楽しみなのか羽と尻尾が出現していた。


「言っておくけど、ご主人様に聞いてからだからね? ダメだったら諦める事」

「アイツなら絶対行くって言う。いや言わせる。水着を買いに行こうよ」


 そう言ってマステマはアーネラを急かす。

 ようやくやる気を出したマステマに苦笑しながらアーネラは外着に着替えた。


 ノエルは買い出しに行っている。

 セピアとノエルの分は似合いそうなものを選べば良い。

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