第128話 争いの後

 帝国の国旗である獅子。

 それになぞらえて皇帝の血族は獅子の一族とも言われる。

 皇帝の座を巡って起きた新皇帝とその妹である皇女の争いは、それまでの戦争からすると奇妙な形で決着した。


 後に獅子戦争と呼ばれることになるこの争いは、兵士に血が流れない戦いだったと語り継がれていくことになる。


 そんな噂話が届いて来た。

 戦いに勝ったのは皇女側だが、しかし帝座は新皇帝のまま。

 これは結果的に良くて痛み分けといったところだろう。


 あの場で皇帝を殺すことも出来たが、やはりその気にはならなかった。

 俺は皇女様を皇帝に! なんて柄でもない。

 そもそも皇帝を殺すかどうかは何度も思案した事だ。


 帝国軍が皇帝と共に撤退し、王国側も兵を引き上げた後に俺とカスガルはしばらくその場にとどまった。


 ニア達がレナティシアと子供を王国側に護送するのを待ちたかったのもあるし、色々と話したいこともあった。


 アーネラとノエルが迎えに来るまで、まるで出会った昔のように語り合ったと思う。

 結局カスガルは帝国には戻らなかった。


 危害は加えられなかったとはいえ、実質妻子を軟禁された上で戦争に参加させられたのだ。


「今顔を合わせたら顔面を殴ってしまいそうだ」


 カスガルはそう言っていた。

 そしてカスガルが本気で殴るとそのまま帝国の新しい皇帝争いが始まってしまう。

 折角落ち着きそうになったのにそれは困る。


 まあそもそもこいつが皇帝に強く出れていればこうならなかったのだが、交渉が下手くそなので仕方ない。流石のこいつも怒りに任せて皇帝を燃やすのはまずいと思ったのだろうし。


 帝国の店は売り払う事にして、その金で王都に小さな店を買いそこでやっていくことにしたみたいだ。

 あの店はそもそもこいつには大きすぎた。

 これ位が丁度いいだろう。


 落ち着いた頃には元気に鍋を振っていた。

 割と繁盛しているし、もう大丈夫だ。


 皇女様は正式に帝国から追放刑となった。

 大怪我を負って起きた時にはすべてが終わってしまったのだが、それを大きな溜息一つで飲み込む辺りやはり肝は太い。


 こうなる可能性も考えていたのかもしれない。


 それであっさりと王国で宰相に収まったのはコネなのか、実力なのか。

 ちなみに俺がシュバリエになったのをみて大笑いした。


 もう皇女様とは呼べないな。


 帝国第三軍の扱いは難しかった。

 なんせ孤児やら他に行き場のない人間を元皇女様が集めて結成した軍だ。


 帝国からしても使いにくいので王国に体よく押し付けてきた。

 なので正式に王国側に組み込むしかないが、そうすると軍事費がえらい事になる。


 幸い復興中の王国は働き手を絶賛募集中だ。

 一度解体して一部を王国軍に、他を労働者に組み込むことになった。


 王国の人口問題はまだこれからだが、男女比の問題は大分解決する。


 王国と帝国はゴタゴタしながらも、時間をかけてようやく通商条約を結びなおし、同時に結んだ停戦条約からやがて不戦条約に移行した。


 獅子同士の争いに端を発した獅子戦争はそれで終わりだ。


 代理戦争のような形で兵士に犠牲が出なかったのが大きかったのだろう。

 後はやはり俺とカスガルのぶっ飛んだ武力か。

 無駄に触りたくないのは俺も分かる。


 そして天騎士の異名は天魔公に完全に上書きされてしまった。

 流石に恥ずかしい。

 天使と悪魔を従えるのは事実なんだが。

 お陰で暫く俺はヒソヒソと噂話の種にされてしまった。


 流石にこうなっては教会からは破門されると思ったが、悪魔は倒して従えてるだけだから大丈夫と言われた。

 いい広告塔だと思われているのか。


「ご苦労様でした。暫くはお休みなさってください」

「そうするよ……」


 女王の命令に従って休暇を取る事にした。

 横に控える元皇女様であるサナリエ・アリエーズ宰相殿はその会話を見て笑いをこらえている。くそっ。

 ちなみにアリエーズの名前は剝奪されなかった。


 何かあった時にアリエーズ王朝の維持も兼ねているのかもしれないが……。


 子供が生まれて継承されると色々問題があるだろうな。

 相手が居ればだが。


 見た目は絶世の美女だが変わり者。性格もきついし、なにより血が争いの火種だ。

 俺は御免だね。


 住居に関しては王宮は肩がこる。

 王都の空き家を買って、そこを自分の家にすることにした。

 帝国の家はそのままニアにやればいい。どうせ大したものも残ってないし。


 セピアも暫くはうちで面倒を見るだろうし、5人で住むならと広めの家だ。

 休暇を活かして自分達でリフォームを行う。


「流石に大工仕事は……」

「お手伝いは頑張ります」


 万能の働きをしてくれたノエルとアーネラも流石に家を建て直すのは難しいようだ。

 流石に出来ない事もあったんだなと逆に感心した。


 王都で一番の大工を雇い、二ヵ月かけて家を完成させた。

 セピアが頑張ったお陰で大工達も少し暇が出来たらしい。

 帝国で自分の家を買った時も少しばかり感動したが、自分の手で直接となるとより感動するもんだと学んだ。


 ある意味こういう事も冒険と変わらないのかもしれんな。

 新しい事を見る、やる、学ぶ。

 俺はそういう事に刺激を覚えるのかもしれない。


 マステマとの関係は大きく変化はしなかった。

 元々こいつが俺の元に来てから四六時中一緒に居たのもあるし、よりパートナーとして意識するようになった位か。

 どうやら既に俺とマステマは契約関係が成立しているらしい。

 あの魔王様の態度はそういう事か、と今更合点がいく。


 ……ちなみに命の危険を感じたからか、マステマやアーネラ達についに手を出した。

 元々奴隷達はそのつもりだったし、こちらも特に関係性は変わらない。

 防音はしてあるが、それもあってセピアには一番遠くの部屋にしてもらう。


 詳しく説明しようとしたら大声で怒られた。

 年頃の少女は扱いが難しい。


 そんなこんなで暫く休暇を楽しむことにした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る