第127話 天魔公

 マステマの口づけは甘く、柔らかかった。

 どのような女とのそれとも違う。

 最上の女の味。


 それによって得た魔力は、俺のものと併せれば絶対的な量だ。

 俺の肉体では耐えられない、抑えられない魔力は全て天剣に吸い込まれていった。


 ヴィクターへひたすら魔力を与える。


 莫大な魔力を贅沢に使う。

 これ以外にカスガルの魔法に対抗するのは不可能だっただろうが、少しばかり気恥ずかしさを覚えた。


 マステマは魔力を使い切って俺の首にぶら下がったままだ。


 黄金に輝く天剣が蒼い球体の魔法を押し返していく。

 魔力の総量はほぼ同じ。


 ならば、勝敗を分けるのは別の部分。

 お前は魔導士で、俺は戦士だ。


 両腕に更に力を込めると、筋肉が隆起する。

 カスガルの魔法も負けじと加速して押し戻そうとしてきた。


「我が主に、最大の祝福を」


 ヴィクターの声が聞こえた瞬間、天剣の輝きが最大となり、カスガルの魔法にひびが入る。


「俺の――勝ちだ!」


 俺が叫んだ瞬間、振り抜いた感触と共に魔法を斬った。

 魔法は形を失い、その場で魔力が放出する。


 天剣に残った力で障壁を展開した。

 どれほどの魔力が込められていても、指向性を持たない力は怖くない。


 障壁を斜めにすることで力を逃がす。

 しばし凄まじい爆風や土煙をやり過ごした。


 視界がひらけてきたので障壁を解除する。

 これで俺も天剣もマステマも魔力が完全に空っぽだ。


 まあ最悪まだ物理で殴れるが、消耗は非常に激しい。


 ガラス化した地面を踏み抜くと、砕ける音が分厚い靴の下で響く。

 カスガルも同じく魔力が空になったようで地面に突っ伏していた。


 天剣を鞘に仕舞い、カスガルに近づく。

 そこでマステマが首からようやく降りた。


 もはや俺にもカスガルにも戦意はない。


「俺の方がずっと強いと思っていた。だが、お前は俺に出来ない事を容易く出来る事が不思議だったんだ」

「ああ。お前の方が強いよ。だから俺は強さ以外の事も必要だったんだ」


 倒れ伏すカスガルの隣で座り込む。

 マステマが俺の背に持たれてきたが無視する。


「はは。そうか。なぁ、アハバイン」

「なんだ?」

「助けてくれ。俺は燃やす事しか出来ない」

「任せろ」


 丁度、アーネラから連絡が届く。

 ニア達が居場所の特定が完了し、人質は回収したと。


「レナティシアと子供はもう大丈夫だ。そういえば息子の名前は何だ?」

「ピピンだ。まだ会わせたことはなかったな」

「ああ。後で会わせてくれ。皇帝と話をつけてくる」

「頼む。俺は疲れたよ」


 カスガルはそう言って眠った。

 相変わらず手がかかる男だ。


 パーティーから別れた後もこうして後始末をすることになるとは。


 ここからはハッタリの時間だ。

 ヴィクターを出現させる。

 そしてマステマにも翼を広げさせ、俺の両隣にそれぞれを配置する。


 こうすると天使と悪魔を従えているように見えるだろう。

 実際あまり言う事は聞かないものの従えてはいるのだが。


 示すべきは威厳だ。見た目が大事なのだ。

 教会が権威を示す時、ステンドガラスの光を利用するように。

 多勢の軍が統率を取れた整列を相手に見せつけるように。


 俺達が近づくと、兵士達は怯えるように後ずさる。

 マステマが羽を広げるだけで最前線の兵士たちは恐慌をきたして逃げ出す。


 慌てて逃げる兵士たちを叱る部隊長らしき人物の前にヴィクターが降りると、半ばやけになって剣を抜き斬りかかってきた。


 魔力が切れようと、ただの兵士相手にヴィクターが負ける筈もなく。

 剣を掴み、へし折る。


 部隊長はそれを見た途端腰を抜かして、そのまま後ずさっていく。


 一歩一歩と前に進む。

 軍隊は俺達に道を開ける様に空洞を作り、結果的に俺達を包囲するのだが、武器すら向けられない有様だ。


 あの戦いを見た後では仕方あるまい。

 実際に襲われてもなんとかできる自信はある。


 埒が明かないと思ったのか、新皇帝が自ら神輿の玉座から降りてくる。


 護衛にはロイヤルガードが二人。

 片方は巨人殺しのフォフス。

 もう一人は見た覚えがない。新しいロイヤルガードか。


 新皇帝を守るように前に出る。

 だが、俺はフォフスの事を良く知っている。


 こいつはめんどくさいから早く終わらないかなと思っているだろう。

 もう一人はどうやら堅物のようだ。


「どけ」


 俺はそう言ってあごで差す。

 そうすると名前の知らない方のロイヤルガードが剣に柄に手をやった。


 だが、それを新皇帝が手を掲げて止める。


「……正直侮っていた。お前も、あの男も」

「冒険者だから大したことが無いと思ったか?」

「そうだ。だが、ふたを開ければ天使と悪魔を従えし怪物だとは」


 新皇帝はそう言ってマステマとヴィクターを交互に見る。


「そしてそれと互角に戦う魔導士か」

「ああ。ちなみに戦わせる為の人質はこちらで抑えた」

「そうか。一つ言っておくが、手荒な真似はしておらんぞ。臣民なのだからな」


 そこまで言って、新皇帝は頭を搔く。


「あんなものを見せられては……。フォフス。お前なら勝てるか?」


 そう言われたフォフスは苦笑する。


「いやぁー、ははは。勘弁してほしいところですが。一人を足止めならなんとか」

「ふむ。ベルはどうか」

「命に代えてもお守りいたします」


 新皇帝は再び俺を見る。


「妹はその野心でいずれ帝国の災いとなるゆえに、ここで仕留めておきたかったのだが……。諦めるとしよう。それともお前は我が帝国に攻めてきてまで妹に玉座を差し出すか?」


 新皇帝を引き摺り下ろしてやろうとも思ったが、あの皇女様がああなったのはある意味自業自得だ。


 手打ちにしよう、という訳か。


「痛み分けとして、話はすべてここで終わりにするならそうしよう」

「分かった。我が名において約束しよう。お前が居る間はとても攻める気にもならんよ」


 俺と皇帝の話はそれで終わりだった。

 あっさりとした終結だ。


「俺に下についていれば良かったのに。天騎士……、いや天魔公か」


 振り向く直前にそう言って、皇帝は背を向けた。

 兵士達は安堵した表情をしたのち、指示に従い整列して去っていく。


「人間の争いはあっさりしてるね」

「地獄の方は……いいか。碌な話じゃないだろう」

「まあね」


 マステマの顔を見る。

 いつもと変わらぬ奇麗な顔だ。


「まさかパートナーが悪魔とはな」

「今更? あの時とっくに契約は済んでたんだよ」


 俺がマステマを倒して倒れ込んだ時の事だろう。

 あの時から、こうなる事を予見していたという事か。


「そうか。まあ、これからも宜しくな」

「うん」


 疲れた。そろそろ休みたい。

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