第126話 マステマ

 カスガルと組んだ期間は7年ほどだろうか。

 だが、それなりにパーティーを組んでいた俺ですら今のカスガルを始めて見る。


 人を超えし人。


 恐らくずっと人前に出さないようにしていたのだろう。

 冒険の最中で命の危機を感じるほどの窮地には何度も陥った。

 それでも決して出す事の無かった奴の本気か。


 周囲は全てが蒼く染まった火に包まれる。

 地面が熱で溶けて結晶化するほどだ。


「力だけなら、下級悪魔よりよほど強いね」

「ああ。同じ意見だ」

「地獄なら、それでも私の方が強いから」


 負け惜しみという訳ではないのだろうが、マステマがふんと鼻を鳴らす。

 地獄の中でなら悪魔はほぼ無尽蔵に魔力を扱える。

 だからこそ上限の高い悪魔こそが強い。


 人類を逸脱した力は、人間の身には余りにも大きい。

 俺がそうであるように、ただあの状態で在るだけで心身を削られている筈だ。


 天剣は容赦なく俺の全てを吸い上げて、引き換えに俺に超常の力を加護として与えている。


 カスガルが右腕を天に掲げた。

 ああ、奴の最も信用する魔法を使うようだ。


 周囲の火も、魔力も、全てがカスガルの右腕へと集結する。


 見る見るうちにそれは巨大な火の玉となり、更に巨大化していく。

 今まで見たことがあるあの魔法は、白い炎だった。


 だが、今は蒼く煌めいている。


 凄まじい重圧だ。

 いかなる魔物と相対した時ですら、これほどの重圧を感じたことはなかった。

 比較できるとすれば、それこそマステマ位のものか。


「私と比較しないで。もしあれが女だったら殺してたよ」

「おいおい、物騒な事を言うなよ」


 俺の考えはどうやら見通しらしい。

 女の勘か、悪魔としての能力なのか。


 敵意、あるいは憎悪を司る悪魔。

 ああ、もしかしたら嫉妬もそこにあるのかもしれない。


「あれを防げば俺達の勝ちだ」

「防げなかったら?」

「俺もお前も消し炭だ。お前の防御も抜かれるなら骨も残らんぞ」

「ふぅん」


 納得いかないという顔だ。

 俺の時とは違い、純粋な力対決で負けるという言葉は納得できないのだろう。


 俺は強すぎるマステマの力を削り落とすことで弱体化させて倒したからな。

 本気で負けた訳じゃないから、と事あるごとに言われる。


「で、どうするの?」

「こっちも出せる最強の手でいくさ。力を合わせるぞ」

「分かった」


 マステマが羽を広げ、魔力を高めている。

 茨の杖から魔力を供給しているのだろう。


 あの火に耐えられる武器はこの世には一つしかない。

 あらゆる聖剣魔剣を使ったとしても溶解する。


 俺が持つ天剣に全ての力を預ける。

 だがマステマの魔力は流石に受け付けないようだ。


「ちょっと」

「私の所為ではありません。性質の問題です」

「これだから天使は」

「悪魔に言われたくないです」


 この二人の仲は相変わらずだ。

 天使と悪魔に仲良くしろというのも無理な話ではあるか。


 カスガルの全ての魔力が魔法に集まりきり、巨大な火が小さく凝縮される。

 手の平に掴めるほどの大きさまで小さくなった。


「来るぞ」

「うん」


 小さな火の玉がカスガルの手から放たれた。

 それは一直線に俺へと向かう。


 直撃すれば死あるのみ。

 かつての仲間に向ける魔法ではないのだが、手加減の苦手なカスガルらしい。


 常に全力全開。応えてやるとしよう。


 マステマと共に天剣を握りしめ、大きく振りかぶって火の玉に振り下ろす。

 並の魔法であればこれで霧散できるのだが、残念ながらこれは並の魔法ではない。


 人類最高の魔法だ。


 俺とマステマが全力を籠めて魔法を斬ろうとする。

 しかし魔法の密度はそれを許さない。


 天剣の剣身が熱により赤く染まる。

 だが、天使の核と人類が手に出来る最高の金属で生み出されたこの剣は負けない。


 少しの間拮抗した後、火の魔法に変化が現れる。

 後ろの部分から火が放出され、魔法が加速したのだ。


 当然、こちらに対する圧力は増強する。


 マステマと俺の力を合わせてなお押し負けるというのか?


 ゆっくりとだが剣が押し戻されていく。

 火の魔法から感じる熱がより強くなる。


 まるで火に炙られているようだ。


 死の恐怖が背筋を這いよる。

 だが、俺は引かない。ここでカスガルに負けるつもりはない。


 最後の瞬間まで抗う。


 すると、マステマがこちらを向いた。


「ねぇアハバイン」

「……なんだ ?」

「私の事、好き?」

「いきなりなんだ、その質問」

「答えて」


 マステマの表情は本気だった。

 死を前にしてそんな事が気になったのか?


「愛してるよ。最初に見て目を奪われた時から」

「そっか。良い事聞いた」


 マステマはそう言うと、剣から手を離して俺の顔を掴み、顔を近づけてキスをしてきた。


 舌と共に、莫大な魔力が流れ込んでくる。


「ンっ」


 少しの時間、深いキスをしたのちにマステマから口を放した。

 舌で唇に着いた唾液を舐め取って。


「こんな事お前にしかしないから。それでさっさと終わらせて」

「ああ。待ってろ」


 マステマが俺の首筋に抱き着く。

 キスで受け取った膨大な魔力が全身を巡る。


 マステマの魔力はヴィクターには受け付けない。

 だが、俺を通せば別だ。


 天剣に更なる魔力が満ちていくと蝕んでいた熱を弾き返し、剣身が金色の輝きに包まれる。

 俺はカスガルの方へ向く。


「行くぞ」


 全ての力を天剣につぎ込んだ。

 決着の時だ。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る