第125話 空は空

 アグニの左腕を倒したマステマが俺の隣に来る。

 疲れはないようだ。


「お待たせ。あれ、本当に人間なの?」

「そうだ。かなり逸脱してるが人間よ」


 悪魔からも人間なのか疑われるカスガルに思わず笑ってしまう。

 周囲の温度はまるで火口の近くに居るようだ。


 だが悪魔であるマステマは平気な顔をしている。

 ヴィクターの加護がある俺も問題はない。


 どちらの軍もいつの間にか大きく距離をとっている。

 巻き添えを食らっては堪ったものではないという判断からだろう。


 セピアがアグニの右腕に追いかけられながらも、なんとかあちらへ水の魔法を撃ちこんできたがもう殆ど効果がない。


 カスガルにとって有利な場が整ってしまったようだ。


「セピア、下がってろ」

「う、うん」


 先ほど水の魔法がかき消されたのを見たからか、セピアは俺の言った通り後ろへと下がる。


 アグニの右腕は追いかけるのを止め、カスガルの元へ戻る。


 カスガルがアグニの右腕を吸収すると、焼いて止血した右腕が完全に回復した。

 魔力で強引に治療したのだろう。


 やつは冒険者を辞めた後だというのに、力はむしろ増している。

 こっちは少し強くなるにも手間をかけているというのに。


 全く、呆れた奴だ。


 マステマが前に出ると、大きく息を吸って地獄の炎を口から吐き出す。

 俺が相手をしたときは散々苦しめられた黒い火だ。


 カスガルはそれを見て取り乱すこともなく、両手を叩く。


 そうすると白く分厚い火の壁がマステマの黒い火を遮るように出現した。

 あれは規模は違うが、魔道学園で習った初歩の魔法……か?


 俺がやると俺の背丈ほどの火の壁が広がるのだが、カスガルが本気でやるとこうなるのか。


 こいつと同年代で学んだ魔導士は苦労しただろうな。


 マステマの黒い火が分厚い火の壁に衝突する。

 白い火の壁はみるみるうちに黒い火に削り取られていくが、それでも地獄の炎を堰き止めている。


 黒い火を吐き終わると、阻むように立っていた白い壁は綺麗になくなっていたが、壁に守られていたカスガルには届かなかった。


 その結果にマステマは不満なのが見て分かる。

 ちょっとだけ不機嫌な顔をしているからだ。


「魔王様が言ってた気がする。偶に人間でも強い力を持ったのが出てくるって」

「ほう。偶に、か」

「納得いかない。私の炎が防がれるなんて」


 そんなぽんぽんとカスガルみたいな奴が居て堪るか。

 魔王の時間間隔は人とは違うはずだ。


 人間界を暇な時に地獄から観察しているのだろう。


 カスガルがこちらに向けて手を構える。

 やつの魔法が周囲を火の属性に染め上げ、それが強力な魔法を更に強化する。


 つまりその場で動かずに火の魔法を使うほど強くなっていく。


 他の魔導士でも理論的には同じことはできるのだが、カスガルは規模が違う。

 白い火の矢が奴の周りに出現する。


「くるぞ」

「うん、分かってる」


 俺は剣を、マステマは大鎌を構える。

 火の矢は優に30はある。


 マステマが器用に大鎌を回しながら先に突っ込んだ。

 それを追いかけるように俺も前に出た。


 マステマは勢いよく火の矢を弾く。身長と同じ程のサイズがある大鎌が動くたびに掻き消していく。

 流石だ。


 俺に向かってきた火の矢を弾く。

 当たった感触が重い。

 ヴィクターの加護があってこれだ。


 普通の兵士からすれば絶望的な威力だろう。

 天剣を強く握りしめる。


「もっと引き上げろ」

「ここから先は負担が――」

「そんな事を言える相手か」


 ヴィクターは黙り、更なる加護を俺に与える。

 剣の魔力だけでは補いきれず、俺の負荷が増した。


 だが、まだ耐えられる。


 マステマは魔法を苦にせず先行している。

 あのペースなら遠からずカスガルに届く。


 更に近づくと大鎌を大きく振り上げ、カスガルに向かって振り下ろしながら手を放す。

 凄まじい速さで回転しながら大鎌が突き進んだ。


 幾つか火の矢とぶつかり、それを吹き飛ばす。強い力を込められているのか勢いは止まらない。


 追撃の為にさらに進もうとすると、地面から火が噴き出す。

 地面に魔法が仕掛けられていたか。足を止められた。


 あの勢いであれだけの質量のある大鎌が当たればカスガルでも無事ではいられない。

 しかし一向に動かず大鎌を見つめている。


 移動すれば有利な場を捨てることになるが……魔法で防ぐつもりか?


 カスガルが右腕を肩の高さまで上げ、手の先を大鎌に向ける。

 大鎌はマステマが自らの魔力から生み出したものだ。


 悪魔の魔力で編まれた武器はカスガルでも破壊できるとは思えないが。


 大鎌がカスガルに当たる。

 回転する大鎌を右手が掴む。


 どう考えてもあの勢いでは腕が吹き飛ばされるはずだ。

 そう、そのままなら。


 カスガルの右手は大鎌を掴み、完全に止めた。

 魔導士であるカスガルにそんな腕力はない。

 今の俺でようやくできるかどうかだ。


 力以外で止めたと考えるのが普通だが。


 周囲の温度が更に上がっている。

 カスガルの髪の色が赤色から蒼色に変化していく。


 あれはなんだ。見たことがない。


「お前には見せたことがなかったか。あの男の実験に付き合わされた時以来だが、これは疲れるんだ。長く持たないし」


 カスガルの右手から蒼い炎が漏れ出している。

 その火が大鎌を止めたのだ。


「……空は空。全ては、空だ。力は虚しい」


 カスガルはそう言うと、大鎌を火で包み、そのまま握りつぶした。

 同時に目も蒼く染まる。

 カスガルから感じる力が更に増した。


「火、水、風、土、そして空。火だけで空に届くか」


 マステマが言う。

 空。五番目の属性にして、魔導士が目指す到達点。

 人を超えた天使や悪魔のいる高みだ。


「つまり?」

「あの火は私に届く」

「チッ」


 こちらの一番の優位性が消失した。

 だがあんな状態が長く続くはずがない。


 次で、決着が付く。

 俺も出し惜しみはなしだ。天剣の加護を最大まで引き上げる。

 ヴィクターの強化により上限が増した。

 碌に持続せず、使えば動けなくなるだろう。


「これで終わりだ」

「お前に勝つとしよう」


















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