第123話 人類最強

 準備を済ませた俺達は王国連合軍に合流する。

 国の存亡がかかっている為か、女王が総大将として出陣しているのでその隣で進軍している。


 王国には若い兵士ばかりで、周囲にいる者は皆緊張していた。

 背中を叩いて激励してやる。


 帝国軍第三軍に関しては何も言うことはない。

 自分たちの姫様が襲われたのだ。もはや味方だろうと容赦はしないだろう。


 耐火装備は揃えられるだけ揃えた。

 例え火竜が相手であっても十分と言えるだけの装備ではあるが、カスガル相手では何もしないよりはマシと言ったレベルだろう。


「顔がこわばってるよ」


 マステマからそう言われ、頬を触ると確かにこわばりを感じる。

 俺自身がいつの間にか緊張していたようだ。


 マステマが左手で俺に頬に触る。

 思ったより暖かい手だ。


「そんなに怖い?」

「怖いさ」

「私よりも?」


 返答に詰まる。

 実際マステマと戦った時は死にかけた。

 一応切り札は用意していたからこそなんとかなったが。


 ……カスガルに対しても勿論、切り札はある。

 いつか戦う事になってもいいように。


 だが、どれだけ効果があるのかは何とも言えない。


「お前が一番だよ」


 そう言うとマステマがふふっと笑う。

 初めて会った時は美しいが決して笑顔にはならなかったのに今は良く笑うようになった。

 だがそれも良く似合っている。


 進軍から三日。


 ついに帝国軍の旗が遠くで見え始めた。

 大陸の覇者の名に恥じぬ兵の数だ。王国を飲み込んだ後は魔道国へと進軍するのだろうか?


 カスガルが居ればあの魔女のような女であるハインにも勝てるだろうな。

 大陸統一は帝国の悲願でもある。

 自分の代でそれを果たすという強い野心を現皇帝から感じる。


 歳は皇女様より8は上だったか。


 お互いに布陣を並べる。

 どれだけ優秀な軍師であろうと三倍差に届くほどの兵力差を野戦で埋めることは難しいだろう。


 だが、ハッキリ言ってこんなものは茶番でしかない。


 カスガルにとって数は脅威ではなく、マステマにとってはただの人間は脅威ではない。

 互いに相手がどれだけ数を揃えようが、意味がないのだ。

 仮にこれが100万の軍勢同士であっても。


 故に、決着があるとすれば軍の衝突によるものではなく、俺達とカスガルとの決着だ。


 アーネラとノエルが俺にマントや手甲をとりつける。

 それも終わると、二人は俺の前に来る。


「ご主人様、ご武運を」

「無事に帰ってきてください」

「ああ」


 二人は王国連合軍の陣内に置いていく。

 マステマは正装の黒い衣装だ。

 セピアも白い魔導用の服に身を包んでいる。


 マステマは角と翼は隠してあるものの、まともに戦えば確実に悪魔とバレるが仕方ない。


 俺達が王国軍から離れて前に出ると、帝国軍の先触れが同じく群から離れ前に立ちはだかる。

 ロイヤルガードではないが、かなりの手練れの騎士だろう。


「名高き天騎士アハバイン殿とお見受けする!」

「いかにも。俺が天騎士だ」

「ならば。いざ、尋常に勝負!」


 そう言って巨大な斧を持ち上げる。大した膂力だ。

 その斧を俺に向かって天から落とす。


 大岩ですら砕く威力があるだろう。

 だが、マステマが横から飛んで斧の刃先を掴んだ。


 それだけで斧が止まり、固定される。


 帝国軍の騎士が全力を斧に込めているのは紅潮した顔を見ればわかる。


「なんだ、この女子は……!」


 気持ちは分かる。

 見た目は少女に過ぎないマステマが、自分では歯が立たないほどの力を持っているのは意味が分からないだろうな。


 悪魔とはそういうものだ。


「投げ捨てておけ。死にはせんだろう」

「うん」


 マステマは俺の言葉に頷き、斧を持ち上げる。

 勿論、斧を持っていた騎士ごとだ。


「う、浮く?」

「ばいばい」


 マステマはそう言うと、斧を帝国軍の陣営へと放り投げた。

 放物線を描いて騎士が落下する。


 キャッチしたのは……、巨人殺しのフォフスか。

 ロイヤルガードの序列一位。

 やはり向こうについていたな。皇女様を襲った一人はあいつだろうと思っていた。


 掴んだ騎士を後ろに投げ捨ててこちらを見る。

 フッと笑いやがった。

 相変わらず不敵なおっさんだ。


 次はフォフスか? と思っていたが、カスガルが現れた。

 フォフスは以前マステマを見ている。戦って勝てる相手ではないと知っているのだろう。


 ……問題は最初からカスガルだけだ。


 カスガルの火は、最大火力に到達した場合マステマの防御を抜く可能性がある。

 人間の力では決して悪魔には届かないのは俺が散々証明したのだが、こいつだけは別だ。


「セピア、空から言った通りに。自分の命を最優先しろ」

「……うん。ねぇ、アハバイン。あれ、本当に人間なの?」


 セピアは優秀な魔導士だ。

 だからこそ相手の魔力を感知できる能力も高い。


 カスガルの膨大な魔力を感じているのだろう。

 今の俺も以前より遥かにカスガルの力が把握できる。


 カスガルの魔力が、俺の魔力とは比較にならないほど膨大な事もだ。

 むしろ、完全な状態のマステマに匹敵する。


 セピアが人間だとわざわざ俺に確認するほどの魔力。


「一応人間のはずだ」

「カスガル・ノアロード。お父様……ううん、あの男から聞いたことはあったけど、聞いてたよりずっと凄い力」


 セピアはそう言うと空へと移動する。

 これ以降セピアは俺の合図でカスガルに向かってひたすら水系統の魔法を撃ち続けて貰う。

 それまでは空に待機させる。


 マステマは茨の杖から魔力を回収して杖は仕舞った。


「……燃やされちゃう」

「ああ。あいつの火で燃えなかったものは今まで無かった」

「じゃあ私が最初だ」

「どうだろうな」


 俺とマステマが前に出る。

 カスガルも同じく前に出た。


「来たな、カスガル」

「ああ。不本意だが、でも今は少しワクワクしているよ」

「そうか。実は俺もだ」


 いつかこうなる運命だったのかもしれない。

 ニアからの連絡はまだだ。


 カスガルの魔力が更に高まるのを感じながら、俺は天剣を起動させた。


「それだ。一度、それと戦って見たかった」


 カスガルの目は冒険者だった頃に戻っている。

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