第122話 動乱の始まり

 帝国内に長居するのはリスクが高い。

 出来ればカスガルと会った事すら帝国軍にバレないのが理想だが、これは流石にバレているだろう。


 場合によってはカスガルを連れて王国に戻る事も考えていたのだが、今は叶わないようだ。

 これはニアに期待しよう。


 こっそりと帝都の隅から空へと移動する。

 一般人の目撃者には一応気を使ったから居ないと思う。




 俺達が王国に戻った辺りで、帝国からの使者が王国に辿り着いていた。

 内容は事前に予想したものから大きく逸れていない。


 サナリエ皇女の引き渡しと、帝国第三軍の撤収の協力だ。

 この内容は事実上の全面降伏勧告である。王国のおもたる戦力が無くなるからだ。


 勿論ラファ女王はそれを拒否する。

 帝国の使者は後悔するぞ! とラファ王女に詰めよっている最中だった。

 王国の騎士が剣を抜く前にマステマが帝国の使者の背中を蹴ると、そのまま井戸の中へと落ちていく。


「うるさいから蹴った」

「そうか」


 ラファ女王も失礼な使者の態度に内心怒りが溜まっていたようなので、まあいいだろう。


 帝国の使者を井戸から引き上げて放り出す。

 ガチガチと震えながら帰っていった。


 何か言おうとしたが、マステマの姿を見て諦めて帰っていく。


 王国内では帝国と戦うべきか、降伏するべきかの意見はまだ割れている。

 それでもラファ女王がああして毅然と断ったのは、残念ながら王国だけではそれが決められないからだ。


 だからこそ開き直って断っただけである。


 今の王国の軍隊としての主力は帝国第三軍であり、第三軍はサナリエ皇女の言う事しか聞かない。


 ラファ女王が仮にサナリエ皇女を引き渡して降伏を選んだとしたら、彼等がサナリエ皇女を確保して自分達だけで戦うと言い始めるのが目に見えている。


 それならば歩調を合わせるしかない。

 悲しいが、弱い側が合わせるのがある意味自然の摂理だ。


 そういう意味ではもし俺が死んだあとにマステマが強欲に振る舞えば人類は屈するしかあるまい。

 俺がいる間は抑え程度にはなっていると思う。


 帝国の使者が居なくなった後、王国も帝国も急速に戦争の準備に移行していく。

 皇族同士の争いにしては大規模になってしまったものだ。


 数日後、ようやく皇女様が目を覚ます。

 治療を担当していた司祭はぐったりとしていたので休んでもらった。


 後は俺が付いている間はヴィクターにでも治療させればいい。


「ふふ、天使に治療をしてもらえるとはたいした経験だな」

「ようやく元気が戻った来たようで何より」

「腹に穴が開いた時は流石にな。惜しい部下を失ってしまった」


 ロイヤルガードの一人が身を挺して皇女様を守って死んでいった。

 それだけの価値があると信じて。


「なぁ、そもそも皇太子と対立していた理由は何なんだ? 帝位につきたかったのか?」


 疑問に思っていたことを聞く。

 流石の俺でも皇族感のやりとりは分からないし、皇太子……現皇帝の事はあまり知らない。

 誘いを受けたことはあるが、あの頃は既に皇女側と接点があったのでうやむやになった。


「兄、いやあの男は野心が強い。抑えなく皇帝となれば大陸に覇を唱えようとするだろう。だがあの男は野心ほどの能力はない。現に私を潰そうとして失敗している」

「暴走の抑止力か」


 実際に会ったことはないので評価は難しいが、確かにこの現状が物語っているな。

 特にカスガルを引っ張り出したのは悪手だ。


 俺も本気で対処しなければならなくなった。

 帝国軍が動くまでに出来る準備を進めておこう。



 それからは慌ただしかった。

 セピアと共に軍事会議に参加する羽目になり、本来買わなくてもよかった耐火装備一式を買い集める。


 おそらく戦うになる場所は目星がついている。

 過去なんどか戦争が起きた場所があるのだ。


 広い平原で、そこで勝利すると周囲の都市を全て支配下に置くことが出来る。

 そこで勝利した側が大抵の場合戦の勝者となるといういわくつきの場所だ。


 今回も間違いなくそこでぶつかることになるだろう。


 といっても俺達はそこには参加しない。


 カスガルと戦う為だ。

 あいつが出てきたら俺達がそこへ向かう。


 カスガル相手には人の壁など意味が無い。

 数ではなく質でなければ止められないのだ。


 流石にアーネラとノエルは死ぬので連れて行けない。

 遠くから補助魔法を飛ばさせれば十分だ。


 セピアは連れて行く。


「カスガル・ノアロード……うん。お父様、ううんあの男から何度も聞いた。火の魔法を極めた魔導士だよね」

「多分お前が会うと驚くと思う」

「どういう意味?」


 セピアが首をかしげる。


「常識を疑うという意味だ。多分魔導士としての常識が壊れるぞ」

「ええ……なにそれ」


 セピアは順当な魔導士だ。

 万能型かつ高い魔力を持ち、将来名を残すだろう。


 カスガルは極めて尖った魔導士だ。

 火以外は殆どダメ。氷を作ろうとすると酒に使う程度の大きさしか生み出せない。

 だが、あいつは強い。


「お前にはひたすら水の魔法を使ってもらう。カスガルが火の魔法を使う度に場が火の属性に染まるからな。完全に場が呑み込まれると俺が死にかねん」

「属性場の話だね。まだ教えてなかったけどそうか、実地でしってるのね」


 セピアがカスガルと正面から魔法の打ち合いをすると、確実に死ぬ。

 あくまでサポートが仕事だ。


 直接戦うのは俺とマステマの二人。

 俺とあいつの一対一など、死んでも御免被る。


 そしてついに帝国軍が帝都から出発したと報告を受け、こちらも王国軍と帝国第三軍の連合9000の兵が王都から出発する。

 帝国軍は事前の予想より多く、25000の兵だ。







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