第121話 カスガル・ノアロードという男②
昔、皇女様と食事をした際に戯れに一度聞かれた事がある。
帝国で最も強いのは誰だと思う? と。
恐らく俺が自分の名前を挙げると思ったのだろう。
確か意地の悪い笑顔を浮かべていた。
実力に合う自信はあると自負してはいるが、俺は即答はしなかった。
しばらく悩んだ末に、絞り出すような声で答えたはずだ。
カスガルの前に最強はなく。カスガルの後にも最強はない。と。
その意見は天騎士として名を馳せた今でも変わっていない。
人間に限定しなければ流石にマステマだと思うが……。
カスガル・ノアロードという男を説明するならば、魔法以外はぱっとしない男、だ。
その魔法も火以外はてんでからきし。
ああ、あえていうなら料理は美味い。
それなりに、だが。
最初に出会った時、カスガルは人間不信に近かった。
まああの魔道国に居たのならば今なら納得できる。
そして能力も酷く偏っていたので冒険者になったはいいが碌に稼げておらず、飯を抜いていた有様だ。
そんなカスガルに声を掛けたのは俺だ。
食事をおごりながら勧誘したのを覚えている。
誘い文句は確か……。
「お前は気持ちよく魔法を撃つだけでいい。俺が場を整えてやる」
だったかな。
俺がカスガルと組んだのは何故かと問われれば、出会った時点でカスガルの火の魔法は完成していたからだ。
カスガルは覚えていなかったが、実は勧誘前に一度組んでいた。
圧倒的な火力で敵を蹂躙する。加減も知らないので素材を燃やしてしまっていたが、その強さは本物だ。
素材を燃やしたので大して稼げなかったがな。
だが、こいつと組めば必ず結果が出せると確信した。
そして、それからやがてレナティシアが加わり、一気に帝国最強のパーティーへと突き進んだ。
俺はカスガルが動きやすい様に随分気を使ったと思う。
リーダーこそあいつにしたが、実質的にパーティーを機能させていたのは俺だ。
貴族の面倒な相手をしたのも俺だし。
あいつは俺にないものを持っていた。
もしカスガルが居なければ、帝国最強とは呼ばれなかったかもしれない。
そうであってもそれなりに結果は出した自信はあるが。あいつの力で乗り切った事も多い。
特化している所為で出来なかったことも多いのだが。
「ねぇ」
「なんだ?」
カスガルの店から出て歩く間、少し色々と考えていた。
監視の類は感じられない。
マステマの声に応える。
「サナリエを傷つけた人間の王は近くに居るんでしょ?」
「皇帝、だがな」
「なら、今始末した方が楽?」
「始末するだけならまあな」
別に俺からすれば皇帝なんて怖くはない。
貴族の親玉であるというだけだ。
マステマを使わなくても俺でも殺せる。
だが、貴族というか権力者の厄介さは尋常ではない。
貴族が持つ特権はその貴族を殺しても消えない。
引き継ぐ者が現れるし、排除した者が引き継がなければならない場合もある。
「帝位を簒奪するなら別に今殺しても良いが、そんなのは御免被る」
オルブスト王朝なんて開くつもりはない。
せめて皇女様が帝都に居ればどさくさに紛れてヤってもいいのだが。
色々押し付けることが可能だった。
残念ながら我らがお姫様は王国のベッドの上で夢の中。
いつ目を覚ますかも分からない。
命には別状はないのでいずれ目を覚ます。
今新しい皇帝を殺せば次の後継者が皇帝の座を巡って内乱が起きる。
たしか皇女様以外は大した候補は居なかったはずだ。
恐らく相当な泥沼になるだろう。
そうすれば王国に手を出す余裕はなくなるだろうし、なんなら泥沼の後に攻め入っても良い。
そしてその後に残るのは荒廃し、分割された帝国だろう。
王国も衰退し、帝国も衰退すれば、しばらくは大陸自体が荒れるだろうなぁ。
出来ればそれは防ぎたい。
俺が好きに生きれるのは大陸がある程度安定しているからだ。
帝国には覇権国家として引き続き居て貰いたい。
勿論新しい皇帝は確実に引き摺り下ろすし、皇女様を皇帝にする。
これは確定だ。
カスガルは引退したのだから、そのまま放っておくのが一番安全だというのに。妻子を抑えて戦場に引きずり出すとは馬鹿が。
皇女様の戴冠にケチが付かない様に勝つ必要がある事をマステマに伝える。
歴史を含めて多くの文献を見たマステマは一応理解を示したようだ。
「人間ってめんどくさいね」
「そうなんだよ」
平民が力で王を排除すると国そのものが揺れてしまう。
俺に野心があれば別だが、ない。
おっと、今の俺は一応王国貴族か。
尚更騒ぎになってしまうな。
恐らくロイヤルガードの序列上位が常に皇帝を守っている筈だ。
それを突破するには天剣を使う必要がある。
流石にバレる。
叩き起こしたニアは俺のお願いに二つ返事で応えてくれた。
日頃恩を売るものだ。
人探しは獣人が圧倒的に向いている。
ニア程の実力があればそれほど待たなくても結果が出るだろう。
だが、それでもすぐとはいくまい。
カスガルと戦うのは避けられなさそうだ。
皇帝の目をこちらに向ける為にも、本気で戦う必要がある。
久しぶりに気が重くなってきたな。
なんせ、俺達がカスガルと戦わないと王国側の兵が全部燃やし尽くされてしまう。
元仲間で一応友人に大量虐殺をさせる訳にはいかないし、もしそうなると王国は破滅だ。
一体どれだけ俺が王国の債券を持っていると思っている。
俺も覚えていないが、それらを紙切れにするのは勿体ない。
気楽な冒険者稼業が遠い昔のようだ。
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