第120話 カスガル・ノアロードという男

 皇女様とロイヤルガードは重傷だ。

 医務室で治療を受けている。


 さて、どうするか。


 流石のアーネラ達もこれには動揺を隠せていない。

 いつも通りなのはマステマだけだ。


 選択肢は多いが、実際に選ぶとなると大分限られるな。

 間違いないのは、王国と帝国の間で戦争が起きることだ。


 皇女様が瀕死にさせられたのだ。第三軍はもう既に臨戦体制に移行してしまった。

 王国がどう動こうがもう第三軍は止められない。




 もし俺達が戦わない場合、王国にも帝国にも居場所がない。

 俺は皇女様と懇意にしていたから皇太子から見れば敵陣営と認識されているだろうし。


 そうすると小さな都市か大陸を移動する羽目になる。

 それはちょっとな。


 では戦う場合。

 はっきり言ってマステマをただ突っ込ませれば勝てる。

 だがそうすると後々いろんな問題が起きるだろう。


 マステマが悪魔である事もほぼ公然の秘密ではあるとはいえ、あんまり多くの人間に知られると困る。


 噂される程度に抑えておきたいところだ。


 勝ち方を選ぶとなると戦力差が厳しい所だが。

 ノエルとアーネラは流石に戦場には引っ張り出せない。

 裏方の方が実力を発揮しやすいだろうし。


 セピアは年齢を考えれば戦場に出すには早いが、実力を考えれば温存はありえない。


 俺とマステマとセピアの三人なら局地的には勝てる。

 シュバリエの称号もある事だしある程度戦う場所は選ばせてほしいものだ。


 最たる問題はカスガルだ。

 戦場に出てくるのか、あるいは出てこないのか。


 出てくるとしたら味方か敵か。


 それを確認しない事には手の打ちようがない。


 はっきり言ってあいつが参戦した方が勝つ。

 敵に回れば俺達が抑えに回る事になり戦力比が覆せなくなる。

 もし味方なら、敵に同情する。


 ……やはりあいつの動向は確認しないとダメだな。

 戦場に出ず店を続けてくれるのが一番良いのだが。


 帝国側からはまだ何の動きもないが、そろそろ手紙の一つは寄こす頃合いだろう。

 ラファ女王へ会いに行く。


 王の間は慌ただしいが、急ぎの要件で押し通らせてもらった。

 英雄扱いだからかすんなりといったな。


 ラファ女王は指示をこなしながら何人かの官僚と話している。


 俺に気付いて一旦中断した。

 悪いな。


 ラファ女王と話し、一度帝都に向かうことを告げる。

 流石に向こうも動揺したが、必要な事だと説得した。

 官僚は反対したものの、最後には頷く。


「分かりました。ですが必ず戻ってください。どうなるにせよ、今の王国にはあなた方の力が必要です」

「ああ、分かってる」


 王城から出た後、俺とマステマだけで帝都へと向かう。

 セピアは魔力の使い過ぎでまだ本調子ではないので置いていく。


 一刻を争う為、マステマが俺の後ろに回って俺を両手で抱く。

 見栄えは悪いが、この方が早いので仕方ない。


 衝撃に備えてヴィクターの加護を発動しておく。


「行くよ」


 マステマの声がした瞬間、強い衝撃が俺を襲った。

 周辺の景色がまともに見えないほどの加速で空を飛んでいる。


 これがマステマの最大速度か。

 凄まじい速度で比較対象すら思い浮かばない。


 空気の壁すらぶち抜いて、音が消える。

 マステマは平気な顔をしているが、もし俺が生身でこの衝撃を受けていれば死んでいたかもしれない。


 ……この状態のマステマをぶつければ凄まじい衝撃が起きるだろう。

 相手は何が起きたか分からないかもしれないな。


 あっという間に帝都に到着する。

 本来はそう簡単に行き来できる距離では無かったのだが。

 目立たないように人の少ない場所にそっと降りた。


 流石にこれは帝国側も想定すらしてないだろう。

 顔を見られない様に用意したフードを被る。


 少し怪しく見えるが、帝国内では俺は目立つ過ぎるからな。

 マステマはそのままでも大丈夫だろう。


 カスガルの店に向かう。

 帝都内は以前とあまり変わらないように見える。


 カスガルの店は裕福な上流階級の住宅地の近くだ。

 店が見えたのでそっと近づく。


 店には人気がない。

 どうやら開けていないようだ。


 裏に回ると、扉の鍵が開いていた。

 一度は手伝った勝手知ったる店だ。中に入る。


 火は落とされており、静まり返っている。

 だが、支配人室には灯りがついていた。


 誰かが居る。

 扉を閉めて支配人室に向かう。


「誰だ?」


 支配人室の前に立つと、カスガルの声が聞こえた。


「俺だ」

「その声は……。入れよ」


 カスガルの声に従い、支配人室に入る。

 薄い明かりの中でカスガルが椅子に座っていた。


「久しぶりだな」

「ああ。お前が魔道学園に行ったきりか。戻ってきたのか?」

「……なんといったものかな。今は王国に居る」

「そうか」


 カスガルはグラスに注いだ酒を煽る。


「店は閉めているんだな」

「ああ。皇帝陛下がお亡くなりになった後色々あって、な。」

「皇太子、今はもう新しい皇帝か。あいつに何か言われたのか?」

「そうさ。帝国を一つにするための戦争に参加してくれとな。帝国一の魔導士の力を借りたいだとさ」


 やはり打診があったようだ。


「どうするつもりだ」

「俺は、そうだな。戦争はどうでもいい。報奨だのに興味もない。だが……」


 そう言ってカスガルは顔を上げる。


「そうもいかないだろうな。この店を守るためにも」

「俺と戦う事になってもか?」

「ふふ。それは怖いな。だが良いかもしれないな。お前は昔から良いやつだったよ。恩ばかりある。魔法しかない俺とは違って、お前は何でもできたな。知ってるか? レナティシアは最初お前に惚れてたんだぜ。お前が振り向かないから頑張って口説き落としたが」


 カスガルの周囲の気温が上がる。


「お前は俺達が結婚すると言って解散した時もあっさり受け入れた。一度も争う事も無かった」

「揉める必要もなかっただろう」

「ああ、そうだな。だが、一度でいいからお前と戦って見たかったんだ」

「そんな理由で戦争に参加するのか?」

「まさか。レナティシアと子供の為でもある」


 そう言えば二人の姿がない。

 ……そういう事か。

 新しい皇帝は竜の逆鱗に触れたな。


「そうか、残念だ」


 支配人室から立ち去る。


「ああ。次会う時は敵同士だな」

「そうだな」


 カスガルの店から立ち去り、ニアに預けてある元自宅に移動した。

 気持ちよさそうに寝ていたニアを起こす。

 ニアには家賃分働いてもらうとするか。

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