第119話 現アリエーズ皇帝の死

 森の奥で大物を狩った後、セピアの要領の得ない囁きの魔法を受けて王都に戻る。

 セピアがひたすら慌てており、とにかく帰ってきてと連呼する。


 埒が明かない。

 途中でアーネラに切り替えさせて話を聞く。

 アーネラですら焦っているのが分かるが、流石に訓練されているだけあってセピアよりは冷静だ。


 <サナリエ皇女殿下が、皇女殿下が血塗れで王宮に運ばれて!>


 そこまで聞いた後囁きの魔法が途切れる。

 食糧庫に狩った獲物を置いて、すぐに医務室に向かう。


 王宮は騒然としていた。

 だが昨日までの雑多な感じとは全く別物となっている。


 この空気は戦争の空気だ。

 通路には血の跡が見える。


 医務室の入口にはフルプレートの騎士が立ちはだかっていたが、俺を見ると入口を開けた。

 シュバリエが役に立ったか。


 マステマと共に中に入ると、皇女様が確かに居た。

 腹に穴が開いてるようで、血塗れだが命に別状はないようだ。


 常に二人のロイヤルガードが付き添っていた筈だが……。

 奥で片割れが治療を受けていた。

 皇女様より酷い怪我だが、そこは騎士の中の騎士。意識ははっきりしている。


「何があった? 相棒はどうした」

「む……天騎士、か」


 返事をしたのはサナリエ・アリエーズ専属のロイヤルガードだ。

 重傷を負ったようだが、傷の表面はかろうじて塞がっている。


「皇帝陛下が崩御されたのだ……ぬかった。奴は皇女殿下の盾になって死んだ」


 どうやら片方はもう死んだらしい。


 数字持ちのロイヤルガードは帝国騎士の中でも頂点に位置する怪物たちだ。

 それも皇族の為に守りに重きを置く。


 そのロイヤルガードの片方が死に、もう片方がこの有様で護衛対象の腹に穴が開いている。

 そんなことが出来る相手は、人間なら限られる。


「皇太子殿下がこれほど強引に早く動くとは……」


 皇太子。皇女様と正面から権力争いをしていた継承権第一位の男だ。

 どうやら皇帝が死んですぐに皇太子が皇女様を襲撃したらしい。


 皇太子と明確に対立していたのは皇女様だけだったからな……邪魔だったんだろうな。

 国民の人気的には向こうの方が上だ。

 殺してしまえば後は適当なカバーストーリーでお涙頂戴すればいい。


 こんな直接的な手段に出るという事は元老院も掌握済みか。

 皇帝の死期を悟っていたに違いない。


 或いは……。


 なんにせよ、帝国内で皇女様が襲撃されて命からがら逃げた先がここ、という訳か。

 今王国には皇女様の影響が強い第三軍が駐留している。

 帝国内に居るよりはマシ、か。


 亡命になるのかな、これは。


 ラファ王女の居に穴が開いてないと良いが。


 皇女様の意識が戻る。


「天騎士は居るか?」

「居るよ、ここに」

「そうか」


 俺の腕を掴む。


「あれだけ偉そうなことを言っておきながらこの様だ。全くしてやられた」

「相手は同格なんだ、仕方ないさ」

「それなりに警戒はしていたが……初手で殺しに来るとは」


 俺が皇太子でも同じことをしたかもしれないな。

 この女は自分で思っているよりもずっと優秀で危険だ。


 治療している司祭があまり長く喋らない様に、と釘を刺してくる。

 俺は左手を上げて了承の意を伝えた。


「それで、どうする?」

「……私は死ぬつもりはない。それにあの男は王国再建には反対派だった。帝国にとっては益が無いと。私の生死にかかわらず、王国を潰しに来る」

「なるほど。やるんだな、戦争を」


 そこまで話した後、ラファ王女が慌てて入室してきた。

 慌ただしいことだ。


 ラファ王女が皇女様の手を握る。


「生きていて良かったわ。死んでたら身柄を引き渡すしかなかったもの」

「簡単には死ぬつもりはない、さ」


 皇女様がせき込む。

 押さえた手には血が付いていた。

 そこで司祭が強引に話を中断し、部屋から追い出された。


 マステマは途中で飽きて外で待っていたようだ。


「困ったことになりましたね」

「そうだな」

「……皇太子、いえ新皇帝はどうするでしょうか?」


 俺に相談するのか? と思ったが考えてみる。

 余り皇太子の方とは交流が無かったからいまいち人物像は掴めていない。

 だが、話を聞く限りかなり強引な人間だ。


 そんな人間が逃がした獲物をそのままにしておくだろうか?


 潰したい人間が潰したい国に逃げ込んだ。

 格好の口実なのではないか?


「まあ、まずは引き渡し要求だろうな」

「それで済めばいいですが」

「済まないだろう」

「ええ。そもそも第三軍が引き渡しを容認しないでしょうし」


 帝国軍第三軍。

 予算不足で解体の危機にあった第三軍を皇女様は自費で援助して立て直した経緯がある。

 その為第三軍は基本的に皇女様のシンパで構成されている。

 だからこそ王国に派兵されても文句も言わずに職務をこなしているのだ。

 身柄を引き渡すなんて言えば即暴動だろう。


 そんな連中が王国軍の代わりに王国を守っている。

 分かってはいたが今の王国には自治権が無いも同然だな。


 再建が進んでいるのは表面上でしかない。国としての再建はまだ遠いという訳だ。


「王国軍そのものは今どうなってるんだ?」

「かき集めて3000ですね」


 マステマ召喚以前は2万を超す兵力があった筈だ。

 純粋な被害に加えて再建の為に軍自体の縮小もあり、その兵力は規模に比べて乏しいものとなっていた。


 そして帝国軍第三軍は7000人を超える。


 ……よく軍による略奪だのが起きないなと感心する。


 ちなみに帝国軍は第三軍を抜きにしても総数4万を超える。

 各地に散らばっているので全軍集結はありえないが、帝都を中心に考えて2万は集められるだろうな。


 ああ、だが問題はそこではない。


 カスガルがどちらに付くのか。

 それが問題だった。

 介入しないならそれが一番いい。

 だが、もし敵に回るとすれば……命を懸けなければならないだろう。



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