第111話 地上への帰還

 はあ、結局あのラジエルという天使の遊びに付き合わされた訳か。


 あいつ等は人間の事を一体何だと思っているのやら。


「おいヴィクター」

「……なに?」

「知ってて連れてきたのか?」

「そんなことは無いよ。本当だよ」


 まあヴィクターが今更どうこうしてくるとは思ってはいないが。


 左手に何かある事に気付いて確認すると、リエスから貰ったネックレスだった。

 持ち主に回復を施すネックレスだ。王族が持つにふさわしいアイテムだろう。


 ラジエルの試練で結果的に得たが、試練の外に持ち出せるとは。


「アーティファクトだ」


 セピアがこちらに来てネックレスを見てそう言った。

 目が赤い。恐らく試練で泣いていたのだろう。


「私も試練をちゃんとクリアできていたら何か手に入ったのかな」

「さあな。あんな試練はもうこりごりだ」

「確かにそうかも。怖すぎるよ」


 ネックレスを仕舞う。


 果たしてあの王女は上手く逃げ切れたのだろうか。

 そして、その後無事に過ごせたのだろうか。


 古今東西、国が崩れればその王族は見せしめとして悲惨な目に合うのが定石だ。


 あの試練が現実の悲劇を再現しているならば今更祈っても仕方ないかもしれないが、幸運を祈る事にした。


 マステマがこちらに降りてくる。

 ラジエルとやり取りをしているのはここから見ていた。


 どうやらマステマが追い払ったらしい。


「ん」


 マステマが天使の核を渡してくる。

 ラジエルから何かを受け取っていたが、これを受け取っていたのか。


「これはラジエルの核か?」

「違うみたい」

「ふぅん」


 見た目はヴィクターのものと同じに見える。

 ヴィクターがわざわざ姿を現して核と俺を見つめてきた。


「なんだヴィクター?」

「もちろん、それは私にくれますよね?」


 ふむ。まあ強化出来るならそれに越したことは無いが。


「核が2倍で私の格も上がって出力も良くなりますよ。さあさあ」


 ヴィクターがうろちょろする。

 普段とは違う様子で、核を見て大分興奮しているようだ。


 最初に出会った時には、もっと威厳がある物静かな天使だったと思うのだが。


「マステマはどう思う?」

「いいんじゃない?」


 あまり興味はない様だ。

 アーネラに持たされた具を挟んだパンを食べながら返事をしてきた。


「じゃあ、ほら」

「信じてたよ相棒」


 そう言ってヴィクターは核を受け取ると、胸の辺りを少しはだけさせる。

 そして核をゆっくりと心臓の辺りに触れさせると、核がヴィクターの体に沈んでいった。


「ん、んん。はぁ」


 無駄に色っぽい声を出して、ヴィクターは核を取り込む。

 すると、変化が現れた。まず羽の枚数が増える。


 ラジエルと同じ4枚羽の天使になった。

 服装もマイナーチェンジではあるが、変化している。


 見て分かるほどに力が増した。


「ふぅ。あの核はすでに消滅した天使のものだったみたいですね。楽に取り込めました」

「そうか」


 天剣を確認すると、確かに先ほどまでとは違う力を感じる。

 強い力が中を巡っているようだ。


「それでその状態だとマステマとどっちが強いの?」


 セピアがそう言って二人を見る。

 俺は思っても言わなかったのに。セピアはまだこの辺の機微が足りんな。


「勿論私」

「この姿なら、遅れは取るつもりはありませんが」


 そう言って二人が睨みあいを始めてしまう。

 その所為で周辺の魔力が歪み始める。


 塔の天辺だから誰に見られるわけでもないが……。


「その辺でやめとけ。後でアーネラに絞られるぞ」

「それはやだ」


 そう言ってマステマの方が魔力を霧散させた。

 ヴィクターもそれを見て戦闘態勢を解く。


 実際のところ、マステマが7でヴィクターが3辺りか。

 今のマステマは魔力が全快している。


 普段の魔力量なら良い勝負になるだろうな。

 その場合ヴィクターが俺の魔力を吸い上げてしまうので、そもそも勝負をしないでくれという思いだが。


 ノエルとアーネラもこっちに来た。


「無事みたいで良かったです」

「あれが天使様……なんですね」


 ヴィクターも天使だが、本来の完全な天使を見るのは二人とも初めてだ。

 普通なら出会ったら死を覚悟しなければならない。


 疲れもようやく抜けてきた。

 立ち上がる。


 あの使徒との戦いは骨が折れた。

 このヴィクターとなら多分勝てるかな。


 マステマとなら間違いなく勝てる。


 もう出会いたくもないが。

 カスガル達と別れてからの方がトラブルが多い気がするな。


 トラブルメーカーはあいつだと思っていたのだが……。


 天空の塔をまた攻略しながら降りるのは面倒だった。

 なので飛んで地面に降りる事にする。


 マステマがアーネラを、俺がノエルを抱える。


 セピアは先行させて周辺に飛んでいる魔物を退治させておく。


 ノエルを身体に密着させて抱き抱える。

 最初に買った時はやや幼さが残っていたが、大分成長したな。


「えと、ご主人様、お願いします」

「ああ、分かってる」


 ノエルとアーネラの二人も飛行の魔法は使えるのだが、空にいる魔物が突っ込んできた時の自衛に少し不安が残るからこうした。


 マステマが先に降りていく。

 続けて俺も降りる。


 飛行の魔法で地面に落ちる速度を調整しながら、ノエルと風の感触を楽しんだ。

 登った時はそれなりに時間が掛かった天空の塔も、降りるときは早く到着した。


 地面に辿り着く。

 近くの集落は見事に無人になっていた。


 どこからどこまでがあの天使の仕込みだったのか……。


 ノエルを下ろす。


 魔道馬車は暇そうにしていた。

 セピア曰く待機モーションらしい。


 モーションってなんだよ。

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